島津奨励賞 ~Shimadzu Research Promotion Award~

最新の受賞者情報

2024年度 島津奨励賞
(3名を選出)

埼玉大学
大学院理工学研究科

教授

豊田 ( とよた ) 正嗣 ( まさつぐ )

理化学研究所
開拓研究本部

上級研究員

今田 ( いまだ ) ( ひろし )

大阪公立大学
大学院医学研究科

准教授

植田 ( うえだ ) 大樹 ( だいじゅ )

受賞者には、表彰状・トロフィー・副賞100万円を贈呈
受賞者
埼玉大学 大学院理工学研究科 教授 
豊田 正嗣 氏(44才)
研究業績
植物の機械刺激応答を可視化するリアルタイムイメージング技術の開発
推薦者
島津財団関係者
受賞理由
植物は、重力や接触、食害などの様々な機械刺激を感知し、適応しながら生存しているが、豊田氏は、超高感度発光測定装置や遠心顕微鏡、広視野・高感度イメージング技術などの独自のイメージング装置を開発し、植物の常識を覆すような反応をリアルタイムで可視化してきた。
これらの成果により、植物は、動物のような専用の感覚器や神経系とは異なる、動植物に共通して存在する因子であるカルシウムイオンによる信号伝達やグルタミン酸受容体などに、師管や原形質連絡のような植物独自の器官や構造を組み合わせることで、接触や食害など、様々な機械刺激を感知し、瞬時に情報処理していることを明らかにした。さらに、これらのリアルタイムイメージング技術を、オジギソウやハエトリソウのような敏感に動く植物の刺激応答、揮発性物質を用いた植物間コミュニケーションの研究にも応用し、植物の“長距離情報伝達”や“感覚”のような驚くべき能力を次々と解き明かし、生物学における新しい研究の潮流を生み出していることを評価した。
豊田氏の島津奨励賞受賞については、下記でも紹介されています。
埼玉大学HP
研究内容
植物は、雨風や重力、昆虫や動物による接触や食害などの様々な機械刺激を感知し、適応しながら生きています。例えば、雨や風によってなぎ倒された植物は、重力の方向を感じて茎などの器官を屈曲させることで姿勢を立て直ことも、その例です。さらに一部の植物は、昆虫や動物に触れられたり、食べられたりした時に、その情報を全身に伝えて大きな防御反応を引き起こすことで、外敵から身を守っています。しかし、動物のような特殊な専用の感覚器や神経系、脳をもたない植物が、どのような仕組みを用いて機械刺激を感知し情報処理を行い、刻一刻と変化する環境に応答しているのかは、長い間、大部分が謎でした。
豊田氏は、無重力や過重力環境下で植物の微弱な信号を捉えることができる超高感度発光測定装置や、遠心過重力環境下の細胞動態を観察できる遠心顕微鏡(NSK Ltd.との共同開発)、植物の全身を高速に流れる信号の映像化を可能とする広視野・高感度イメージング技術を開発し、植物の機械刺激応答に関する独創的な研究を進めました。
その結果、植物は、普段刺激に反応していないように見えますが、昆虫による接触や食害など外部からの機械的刺激を感知し伝達する機構を、多くの動植物で進化遺伝的に保存されているカルシウムイオンによる信号伝達やグルタミン酸受容体などと、師管や原形質連絡のような植物独自の器官や構造とを巧妙に組み合わせて実現し、リアルタイムに処理していることを明らかにしました。
さらに、これらのリアルタイムイメージング技術を、食虫動作など敏感な運動性を有するハエトリソウやオジギソウに応用したところ、それらの植物の動作においても、一般的な植物種が保有する前述の機械的刺激感知機構を利用して様々な反応をしていることを明らかにし、植物学における⻑年の謎に解答を与えました。
最近では、植物体内を流れる信号だけではなく、揮発性物質(匂い物質)を用いた植物間コミュニケーションの可視化にも成功しています。このように、同氏は、これまでの植物学の常識を覆すような成果を次々と発表し、植物の“長距離情報伝達”や“感覚”に関する、生物学における新しい情報伝達の概念を打ち立て、新しい研究の潮流を生み出しました。

(出典)Nat. Commun. 13,14、Sci. 361、Plant J. 76、Plant Physiol. 146

受賞者
理化学研究所 開拓研究本部 上級研究員 
今田 裕 氏(42才)
研究業績
光融合プローブ顕微鏡技術の開発と分子系における量子変換の研究
推薦者
過年度島津賞受賞者
受賞理由
今田氏は、光を使った計測法の空間分解能の限界を克服するため、原子分解能を持つ走査プローブ顕微鏡(SPM)とナノ光学技術を融合させた独自の計測手法を開発した。この手法を用いて、原子・分子レベルで起こる様々な量子(光子・電子・プラズモン・分子振動・フォノン・スピン)間の変換現象の研究を精力的に展開している。これまでに発光やラマン散乱、励起子生成、分子間エネルギー移動、光電流生成といった現象を1分子レベルでかつ原子スケールの空間分解能で精査することに成功している。これらの研究成果は、エネルギー変換、分光計測、発光デバイス、受光デバイス、センサー、光触媒反応、化学分析など多岐にわたる応用分野の原理に関わるものである。このように従来の計測技術では到達し得なかった新たな計測領域を開拓し、次世代のエネルギー変換機能の創出に寄与する基盤を築いた。これら、これまでの業績だけでなく、同氏が築いた基盤が、量子変換研究の発展への寄与が期待されることを評価した。
研究内容
発光や光電変換、光化学反応といった様々なエネルギー変換現象は、励起状態から基底状態へ戻る過程において、様々な量子状態(光子・電子・プラズモン・分子振動・フォノン・スピン)の間でダイナミックに変化ながら生じます。その中で、例えば、非発光性の過程を抑制すれば、そのエネルギーが発光に利用されることで発光効率が向上し、逆に非発光性過程の一つである電子移動を促進すれば光電変換効率の向上、すなわち太陽電池の効率や光検出器の感度の向上等が期待できます。すなわち、励起状態における量子変換の制御により、発光素子や太陽電池などの機能発現やエネルギー利用効率の向上が可能となります。
従来、量子変換の研究にはレーザー光などを用いた分光法が広く用いられますが、空間分解能の制限から、不均一な物質の平均的な情報を取り扱わざるを得ず、原子・分子ごとのエネルギー状態を調べることは困難でした。
そこで、今田氏は、原子レベルの空間分解能で物質を観察できる走査プローブ顕微鏡(SPM)をベースとして、ナノ光学技術を融合し、ナノスケールの空間分解能とエネルギー分解能μeVという精密分光を両立させる独自の計測手法を開発することで、量子変換のナノサイエンスを開拓・推進してきています。この研究は、SPMだけ、もしくは光学技術だけではアクセスできなかった、全く新しいサイエンス領域と言えます。
これまでに、光と物質の相互作用やエネルギー変換・移動機構の詳細を、単一分子レベルというナノスケールで解明するだけではなく、多くの新しい量子変換現象を発見し、光融合SPMを用いた研究を先導しています。同氏の研究は、エネルギー変換、分光計測、発光デバイス、受光デバイス、センサー、光触媒反応、化学分析など多岐にわたる応用分野で、その原理の研究を推進し、さらには性能向上に寄与するものとして、広範な応用や実社会に大きなインパクトを与えると期待されています。

(出典)Science, 373 (6550), DOI: 10.1126/science.abg8790

今田氏は記事公開時点では所属をGwangju Institute of Science and Technologyに移しています(理化学研究所にも在籍)

受賞者
大阪公立大学 大学院医学研究科 准教授 
植田 大樹 氏(35才)
研究業績
医用画像への科学計測としての人工知能の応用研究
推薦者
日本医学放射線学会
受賞理由
植田氏は、医療現場におけるAIを活用した画像診断支援の研究開発において、多くの成果を挙げている。特筆すべき成果として、MRI画像から脳動脈瘤を自動検出するAIシステムの開発が挙げられ、これは日本初の深層学習を用いた医療機器として承認を受けた。また、胸部レントゲン写真から肺がんを検出するAIも開発・実用化され、これら2つのシステムは現在500以上の医療機関で活用されている。
さらに、通常は専門的な検査が必要な心臓・肺機能の評価を、胸部レントゲン写真のみから可能にするAIシステムも開発。これにより、特殊な検査装置のない医療機関でも患者の状態評価が可能となった。加えて、レントゲン写真から生物学的年齢を推定し、慢性疾患のリスク評価を行うAIも開発。これらの研究は権威ある医学誌に掲載され、複数の賞を受賞している。
また、医療におけるAI活用における公平性の確保のための指針提言も行い、医療現場での実践的な活用に貢献する研究業績を評価した。
研究内容
植田氏は、医療現場において人工知能(AI)を活用した画像診断支援の研究開発を行い、多くの成果を上げています。特に注目すべき成果として、脳の血管にできる瘤(こぶ)を発見するAIシステムの開発が挙げられます。このシステムでは、MRI画像から脳動脈瘤を自動的に見つけ出し、医師の診断精度を向上させることに成功しました。従来の診断では見落とされる可能性のある小さな動脈瘤も高い確率で発見できるようになり、早期発見・早期治療に貢献しています。この研究は、放射線医学分野で最も権威のある国際誌「Radiology」に掲載され、日本医学放射線学会から最優秀論文賞を受賞した他、日本で初めての深層学習(AIの一種)を用いた医療機器としてプログラム医療機器承認を取得しています。また、胸部レントゲン写真から肺がんを見つけ出すAIの開発にも成功しました。このAIは、見つけにくい場所にある肺がんの発見をも支援し、医師の診断精度を向上させることが実証されたことで、医療機器として承認さ、現在、500以上の医療機関で使用され、診断に貢献しています。
さらに先進的な研究として、植田氏は胸部レントゲン写真だけで心臓の機能や肺の機能を評価できるAIシステムを開発しました。通常、心臓の機能を調べるには心エコー検査が、肺の機能を調べるには呼吸機能検査が必要ですが、このAIを使えば、一般的な胸部レントゲン写真からこれらの機能を高い精度で推定できます。これにより、特殊な検査装置がない医療機関でも、患者の心臓や肺の状態を評価できる可能性が開かれ、この研究は、世界的に著名な医学誌「Lancet」のデジタルヘルス版に掲載されました。加えて、胸部レントゲン写真から人の生物学的な年齢を推定するAIも開発しています。このAIが推定した「身体の年齢」と実際の年齢との差が、高血圧や慢性腎臓病、骨粗しょう症といった様々な慢性疾患のリスクと関連することを明らかにしました。この研究は「Lancet」の健康長寿版に掲載され、医用画像人工知能研究奨励賞の受賞など医学分野で高く評価されています。
また、医療分野でのAI活用における重要な課題として、公平性の問題にも取り組み、AIが特定の性別や年齢層、人種などで精度に偏りが出ないようにするためのデータの収集方法や、AIシステムの適切な評価方法などについての提言を行いました。この研究はAIを医療現場に適切に導入するための指針として注目されています。
このように、放射線医学とAI技術を組み合わせた新しい分野を切り開き、実際の医療現場で役立つ技術を次々と生み出しています。特に、従来は専門的な検査が必要だった情報を一般的な検査であるレントゲン写真から得られるようにした点は、医療の効率化とアクセス向上(適切な医療が必要とする人に提供される手段がある状態)に大きく貢献する成果として高く評価されています。

AIによる「乳頭とまぎらわしく、肋骨と血管が重なり発見しにくい肺癌」検出補助の例

(出典)Sci Rep 12, 727 (2022). DOI: 10.1038/s41598-021-04667-w

(年齢は、いずれも当年度事業開始日である2024年4月1日時点のものです)

島津奨励賞とは

2018年度新設の賞で、科学技術、主として科学計測に係る領域で、基礎的研究および応用・実用化研究において独創的成果をあげ、かつ、その研究の発展が期待される45歳以下の研究者を表彰します(毎年3名以下)。受賞者には賞状、トロフィ、および副賞100万円を贈呈します。