島津賞 ~Shimadzu Prize~

最新の受賞者情報

2024年度島津賞

大阪大学 産業科学研究所 教授

永井 ( ながい ) 健治 ( たけはる ) 氏(55才)

受賞者には、表彰状・賞牌・
副賞500万円を贈呈
研究業績
蛍光/生物発光計測技術の開発による生命機能の解明研究
推薦学会
日本生物物理学会
受賞理由
生体分子や細胞が、体の中でどのように働くかの理解には、分子を発光させての観察が非常に有効であるが、蛍光イメージングは励起光の光毒性などの様々な弊害がある。永井氏は励起光を用いない生物発光で、その物理化学的性質を巧みに利用した改変により、独創的な発光性タンパク質を数多く開発してきた。中でも、高光度かつ様々な色に光る生物発光タンパク質やそれらに基づく発光バイオセンサーの開発は革新性が高く、生体分子から個体レベルまでの各階層におけるバイオイメージングへ応用されている。
加えて発光情報を最大限に活用するイメージング装置も多数開発し、特に多細胞システムのマクロ動態と生命システムを構成する個々の細胞のミクロ動態を同時観察可能なトランススケールスコープは、存在確率が0.1%に満たないユニークな特性を有する細胞が駆動する生命現象の解析を可能にし、従来看過されてきた希少な細胞に着眼することの重要性を浮き彫りにするなど、新しい研究分野を切り拓いた優れた研究業績を高く評価した。

永井氏の島津賞受賞については、下記HPでも紹介されています。
大阪大学HP大阪大学産業科学研究所HP
研究内容
生命科学研究において広く普及している蛍光イメージング法では、顕微鏡に備わる対物レンズで励起光注1を試料上に集光することによって生じる蛍光シグナルを観察します。しかしながら、この試料上へ集光した励起光は、光毒性をはじめ細胞活動に様々な影響をもたらす場合があります。
また、細胞には蛍光性を有する分子が多数内在し、それらが放つ自家蛍光が明瞭な観察を妨げてしまいます。このような蛍光イメージングが内包する課題を解決する方法として永井氏は「生物発光」の利用に着眼しました。生物発光は、発光酵素(生物発光タンパク質注2)が発光基質分子を酸化することで生じる発光であり、励起光の照射が不要であるため、光毒性や自家蛍光などの問題が生じないと考えられます。しかしながら、蛍光と比較すると生物発光の発光強度は弱く発光色の種類も少ないためイメージングへの応用は限定的でした。そこで同氏は、生物発光タンパク質内にある発光団の励起状態のエネルギーを蛍光タンパク質注3の発色団に直接移動させる励起エネルギー移動注4を利用することで、発光反応の過程で熱として放出されるエネルギーを光に変換し、発光量を既存の生物発光タンパク質に比べて10倍以上増大したNano-lanternを開発しました。これにより、従来は麻酔で静置させ、数分のカメラ露光を要したマウス個体内のがん組織イメージングを、自由行動下でリアルタイムに行うことに成功しています。
また、蛍光波長の異なる様々な蛍光タンパク質と融合することでNano-lanternの多波長化も実現し、これらの遺伝子を細胞に導入することで、1細胞レベルの5色マルチカラーイメージングや1分子発光イメージングにも成功しました。さらに、Nano-lanternに基づくATP注5指示薬も開発し、自家蛍光が極めて強い葉緑体内で生じる光合成に依存したATP産生の可視化に成功し、ATPの合成速度が二つのフェーズから成ることを見出しました。加えて、細胞膜電位に応じて発光色が変化するLOTUS-Vも開発し、2色の光照射により神経の活動を操作しながら膜電位の変化を可視化することや、蛍光法で実現できなかったワイヤレスなライブ脳活動計測により、自由行動中にある複数のマウスの脳活動計測を行い、一次視覚野注6の神経活動が個体接触に応じて優位に上昇することを発見しています。
さらに、発光バクテリアの生物発光システムを改変して従来必要とされてきた発光基質分子の投与を必要としない5色の自動生物発光遺伝子システムNano-lantern-Xを開発し、発光バイオイメージングの応用範囲を大きく拡張しました。他方、誰でも簡便に操作が可能なオールインワン発光顕微鏡システムIXplore™ Live for Luminescenceを産学連携により開発してエビデント社から上市し、発光バイオイメージング法の普及に貢献しました。
用語解説
注1 励起光
この場合、蛍光体から蛍光を発生させるために観察対象に照射する、蛍光より波長の短い光のこと。蛍光体は励起光からエネルギーを吸収し、元の状態に戻るときに蛍光を発生する。
注2 生物発光タンパク質
ルシフェラーゼとも呼ばれ、発光基質分子であるルシフェリンが酸化する際に生じる化学エネルギーで光るタンパク質。生物発光タンパク質はホタルやキノコ、ヒカリコメツキムシ等の甲虫、クラゲやエビなどの海洋生物から得られ,蛍光タンパク質同様,レポーターアッセイ(遺伝子研究に用いられる)や機能性プローブ(特定のタンパク質に目印を付ける分子)の開発に利用されている。
注3 蛍光タンパク質
特定の波長の光(励起光)を吸収して蛍光を発するタンパク質のこと。蛍光タンパク質の代表的な例として、下村脩博士のノーベル賞受賞で有名な緑色蛍光タンパク質(GFP)がある。GFPの場合青色の光を吸収して緑色の蛍光を発する性質を持ち、光照射だけで蛍光を発する。従って、蛍光タンパク質の遺伝子を細胞に導入することで細胞に蛍光性を付与することが可能であり、この性質を利用して生命科学分野においてレポータアッセイや機能性プローブなど広く使われている。
注4 励起エネルギー移動
概ね10nm以内に近接した2個の発光団の間で生じる相互作用により、一方の励起エネルギーが他方に無輻射的(発光や発熱等を経由せず、直接)に移動する現象のこと。
注5 ATP
アデノシン三リン酸。筋肉の収縮など、エネルギーの貯蔵・利用にかかわる重要な生体分子。
注6 一次視覚野
ヒトの大脳皮質に位置し、視覚情報の初期処理を行い、物体の位置を特定する役割を担う脳部位。
受賞業績の概念図
島津賞(2024年度)受賞者<永井健治氏>のプロフィール
主な略歴
1998年 3月 東京大学大学院博士課程医学系研究科脳神経医学専攻 博士(医学)取得
1998年 4月(〜2001.3) 理化学研究所・基礎科学特別研究員
2001年 4月(〜2001.11) 理化学研究所・脳科学総合研究センター・研究員
2001年 1月(〜2005.3) 科学技術振興機構・さきがけ研究者
2005年 1月(〜2012.2) 北海道大学・電子科学研究所・教授
2012年3月(〜現在) 大阪大学・産業科学研究所・教授
2012年4月(〜2022.9) 北海道大学・医学研究科・客員教授
2012年4月(〜現在) 理化学研究所・生命機能科学研究センター・客員主幹研究員
2014年3月(〜2017.9) 大阪大学・産業科学研究所・副所長
2015年8月(〜2019.8) 大阪大学・副理事
2017年4月 大阪大学 栄誉教授 称号付与
2017年4月(〜2019.3) 大阪大学・産学共創本部・イノベーション共創部門長
2018年1月(〜現在) 大阪大学・先導的学際研究機構・超次元ライフイメージング研究部門長
2020年4月(〜2024.3) 大阪大学・産業科学研究所・副所長
2022年1月(〜現在) 奈良先端科学技術大学院大学・客員教授
2022年10月(〜現在) 北海道大学・電子科学研究所・教授(クロスアポイントメント)
2023年9月(〜現在) 株式会社LEP・代表取締役社長
主な受賞歴
2013年 木原記念財団学術賞応用科学賞
2014年 日本学術振興会賞
2018年 日本光生物学協会賞
2019年 大阪科学賞
2020年 日本顕微鏡学会論文賞
2021年 山崎貞一賞
2023年 中谷賞大賞
2023年 日本顕微鏡学会論文賞

島津賞とは

島津賞は、科学技術、主として科学計測に係る領域で、基礎的研究および応用・実用化研究において著しい成果をあげた功労者を表彰します。表彰は毎年原則1名で、表彰者には賞状、賞牌、および副賞500万円を贈呈します。