遺伝子検査技術
― 遺伝子検査を「もっと早く・簡単に」 ―

新型コロナウィルスに代表されるウィルスによる感染症への対策や、創薬或いは遺伝子組換え食品の開発等、遺伝子検査は様々な場面で必要とされており、その用途が多岐にわたることから検査の迅速・簡便化は非常に重要です。当社は、コロナ禍以前より、遺伝子検査の迅速化・簡便化に向けた研究開発を継続してきました。ここでは、当社技術に対する思いや遺伝子検査の発展に向けた当社の担う役割について担当者から話を聞くとともに、当社の遺伝子検査技術について紹介します。

  • 遺伝子検査技術への想い

    当社技術者に、当社技術への想いや、遺伝子検査の発展に向けた当社の役割を聞きました。

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    四方 正光
         

    新型コロナウイルス検出試薬キット 開発担当
    分析計測事業部 バイオ・臨床ビジネスユニット ビジネスユニット長
    四方 正光

    遺伝子検査は、分野によりその解釈や目的が異なる場合はあるが、遺伝子を構成するデオキシリボ核酸(DNA)やリボ核酸(RNA)の検出及び解析を行う点では共通である。ヒトを対象として検査を行う場合、ゲノムDNAやそこから転写されたRNAの塩基配列解析を行うことで疾患に罹患していることや、将来特定の疾患に罹るリスクを把握できる。また、ヒトに感染する病原体を対象とする場合、病原体に特徴的な遺伝子を検出することでその病原体に感染しているかどうかを推定することができる。このように、遺伝子検査の用途は多岐に渡り、その重要性も近年高まっている。

    遺伝子検査を行うには、まず生体試料より核酸を精製し、対象遺伝子をPCRで増幅し、増幅の有無を判断するか、或いは増幅したものを用いて更に塩基配列等の解析を行うが、PCRまでは共通した作業工程となる。ただし、核酸精製工程は非常に煩雑な工程を繰り返す必要があるため、作業者に技量が要求される点、作業に時間を要する点、或いは多試料の同時処理が難しい点などの課題が存在する。

    精製作業を行わずに、生体試料を直接PCR用の反応液に添加してPCRを行うことができれば、これらの課題が解決するため、当社では長年に渡り試料から直接PCRを行うための試薬技術の試行錯誤しながら開発を行ってきた。Ampdirectと名づけられたこの技術は、生体試料に含まれる様々なPCR阻害物質の影響を抑制するための添加剤を反応液に加えることで、試料から核酸を精製することなくPCRが実施できることが特徴であり、作業の簡便化や迅速化を図れるだけでなく、核酸のロスも防ぐことができる。

    その一方で、PCRによって増幅した核酸を、核酸に特異的に結合する蛍光色素を利用して検出することがあるが、血液を直接添加した場合は、この蛍光色素の光が血液に吸収されるため、目的の遺伝子は増幅しているが検出ができないという問題も存在する。このように、検査対象によっては精製工程が避けられない場合も存在するため、当社は、より簡便に短時間で核酸精製を行うシステムの技術開発にも注力してきた。

    また、PCR後に増幅した核酸を検出する方法では、ゲル電気泳動法がよく用いられるが、当社では全自動電気泳動装置の技術開発にも注力している。この装置は、増幅した核酸のサイズを迅速かつ正確に分析することができるため、様々な用途で用いられている。

    当社は、直接PCR技術と簡易核酸精製システムを双璧として、核酸を検出及び解析する方法においても独自の技術を保有しているが、今後も遺伝子検査の様々なニーズに応えられるよう、日々応用技術の開発に取り組んでいく。

            
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    新型コロナウイルス検出試薬キット 開発担当
    分析計測事業部 バイオ・臨床ビジネスユニット
    高岡 直子

    従来PCRを行う際には、検体中に含まれる生体物資などの多種多様な阻害物質を精製したDNAやRNAを使用する必要があり煩雑でしたが、検体中の阻害物質の影響を抑制しDNAやRNAを精製することなくPCRを行うことが可能なAmpdirect(PCRバッファー)を1990年代に開発・製品化しました。

    開発当時のメンバーから「精製不要で簡便にPCR可能」なノウハウを引き継いだメンバーが、時短化や多項目リアルタイム同時検出化の改良を加えたノロウイルス検出試薬などを発売してきました。新型コロナウイルスの「Ampdirect 2019-nCoV検出キット(体外診断薬)」もこの流れをくむ製品です。

    新型コロナウイルスキットでは、これまで扱ったことがない鼻咽頭拭い液や唾液などの微量検体中から検出感度を確保するためのアレンジが必要ではありましたが、ノロウイルスキット開発の知見を応用することで製品化のハードルは越えられると手応えを感じ、メンバー一丸となり短期間での製品化を達成することができました。現在も多くの方にご使用いただいており、感染拡大防止の一助になっていること実感しています。

            
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    密閉系核酸抽出技術 開発担当
    分析計測事業部 バイオ・臨床ビジネスユニット
    村松 晃

    対象試料から夾雑成分を除去する核酸抽出工程は、正確な遺伝子検出反応を行う上で必須のフローとなっている。この工程は、作業が煩雑であり、1検体の核酸抽出であっても30分以上を要することがふつうである。リアルタイムPCRや次世代シーケンシングを用いた検出技術の発達により、 検出反応自体は迅速化が図られているものの、検出以前の前処理がボトルネックとなり、遺伝子検査全体のスループットを下げている現状がそこにはあった。

    私たちは、管状の容器と疎水性ゲル、磁気ビーズの組み合わせにより、密閉系内で素早い液置換が可能であることを見出し、迅速で簡便な核酸抽出システムへの適用を試みた。前例のない系であったため、管状の容器に充填する試薬の組成や液量、管状容器の形状などの最適化には試行錯誤を繰り返し、実に5年以上の歳月をかけてEluNAとして世に送り出すに至った。これまで特定の場所で、時間をかけ、知識と経験のある作業者にしかなされてこなかった核酸抽出工程を、この技術が「いつでも」「どこでも」「誰にでも」行えるシンプルなものへと変えることで、遺伝子検査の効率化および遺伝子検査自体のさらなる普及に 寄与すること願っている。

            

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遺伝子検査の迅速化へ

遺伝子検査は、「検体採取」、「前処理」、「DNA増幅/検出」、「解析/表示」の工程からなり、当社は20年以上、遺伝子検査に関わる研究・開発を行ってきました。これまで培ってきた経験・ノウハウにより確立された、遺伝子検査の迅速化・簡便化を実現する当社独自の技術を紹介します。

(1)Ampdirect™技術(前処理工程)

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    検体から直接PCRできる技術:Ampdirect™ Technologyについて紹介します。

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    遺伝子検査では、組織や白血球などに含まれるDNAやRNAや、血液中の病原体(ウイルスや細菌など)が保有するDNAやRNAの特定の塩基配列をPCR反応により増幅させることで、標的とする遺伝子の検出や多型情報の解析等を行います。

    PCRは、検体にプライマー、DNAポリメラーゼ、dNTPsからなる試薬(PCR反応液)を加えて行いますが、検体中には増幅を阻害する因子である、正電荷物質(特定のたんぱく等)や負電荷物質(特定の糖、色素等)が存在しており、正電荷物質がDNAやRNAに吸着し、負電荷物質がdNTPsやDNAポリメラーゼに吸着することで増幅を阻害します。

  •      

    そのため、固相抽出法、スピンカラム法や磁気ビーズ法によって核酸の精製を行うことが通常の方法として用いられますが、精製作業は担体に核酸を吸着させる工程や、遠心分離等の操作で吸着した核酸を洗浄する工程など、複数の工程を行う必要があり、非常に煩雑であり、作業完了に一定の時間(例:30分)を要すため、作業者に大きな負担を強いるものでした。

    そこで当社では、DNA増幅の阻害因子である正電荷物質・負電荷物質の作用を中和する物質に注目し、従来のPCR用反応液にこれらの中和物質を加えることで、精製作業を行わずにDNAやRNAの増幅を可能とする技術を確立しました。

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    図:一般的なPCR反応液とAmpdirectを用いた場合の反応例

    図:一般的なPCR反応液とAmpdirect™を用いた場合の反応例

            
  • DNAやRNA等の核酸増幅の阻害因子を中和反応する物質を含むPCR反応液(バッファー)の実用化を行い、検体から直接PCRできる技術の総称としてAmpdirect™ Technologyと名付けました。また、核酸抽出が困難な検体においてもタンパク質分解酵素を含む溶解液を追加するだけで、煩雑な核酸の抽出・精製作業を必要とせず、検体直接PCRが可能となります。

            
            
    図:検体直接PCRのイメージ

    図:検体直接PCRのイメージ

            
            

    貴重な微量検体においては抽出や精製時のロスが少なくなることや、核酸抽出時の作業者によるばらつきの軽減にも繋がることが特長と言え、PCRによる安定した核酸増幅を行うことができます。

  • Ampdirect™技術により検査の迅速・簡便化を実現した事例

    研究用製品

    以下に記載されている技術、製品等は研究用です。医薬品医療機器法に基づく体外診断用医薬品あるいは医療機器として承認・認証等を受けておりません。治療診断目的およびその手続き上での使用はできません。

    ウィルス検出(対象:ノロウイルス)

            
            
    ノロウイルス検出試薬キット Ver.2 -プローブ法- シリーズ

    ノロウイルス検出試薬キット Ver.2 -プローブ法- シリーズ

            
  • 病原体検出(対象疾患:ヘルペス・梅毒・トキソプラズマ症)

            
            
    ヘルペス・梅毒・トキソプラズマ症 病原体検出キット

    ヘルペス・梅毒・トキソプラズマ症 病原体検出キット

            
            

    <共創>
    本件は、国立大学法人東京医科歯科大学の望月學先生,清水則夫先生,高瀬博先生,外丸靖浩先生,国立研究開発法人理化学研究所の杉田直先生,国立大学法人大分大学の中野聡子先生との共同研究成果を、一部利用して開発致しました。

  • 受託分析

    SNP解析 (対象:RNF213 p.R4810K多型)

    RNF213遺伝子p.R4810K多型(RNF213という遺伝子がコードするタンパク質の4810番目のアルギニンがリジンに変異する遺伝子多型、以下「本多型」)は、脳梗塞のうち、脳の比較的太い血管の動脈硬化を主因としたアテローム血栓性脳梗塞と強い相関のある遺伝子であることが最近明らかにされました。当社の遺伝子検査技術によれば、脳梗塞を発症した患者の血液から約1時間という非常に短い時間で、RNF213 p.R4810K多型の有無を検出することができ、島津テクノリサーチが医療機関から研究目的に限定した本多型検出のための受託分析を行っています。

    注:RNF213 p.R4810K多型とは、RNF213という遺伝子がコードするタンパク質の4810番目のアルギニンがリジンに変わる多型のことです。
    注:野生型とは、自然集団の中でもっとも高い頻度で見いだされる表現型の遺伝子であり、変異型とは、遺伝子型が野生型から変異した遺伝子のことです。

    <受託分析に関するプレスリリースについて>
    https://www.shimadzu.co.jp/news/press/z5afoby196xns6x7.html

    <共創>
    国立研究開発法人国立循環器病研究センター様との共同研究により、本多型の検出方法を確立いたしました。

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(2)密閉系核酸抽出技術(前処理工程)

  • 血液を試料とした遺伝子検査において、煩雑な核酸(DNA)の抽出・精製作業から研究者を開放する、密閉系核酸抽出技術を紹介します。

  • PCRにより増幅した遺伝子は、二本鎖DNAに結合することで蛍光を発するインターカレーターや、5′末端を蛍光物質、3′末端をクエンチャー物質で修飾したオリゴヌクレオチド由来の蛍光を検出することで、遺伝子型や病原体の検出・定量を行うことができます。
    しかし、全血のように赤血球を含む検体ではヘモグロビンに蛍光が吸収されるため、正確な蛍光シグナルを量を検出できない場合があります。このような検体では、蛍光検出に干渉する夾雑物から核酸の精製・抽出作業が必要となります。

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    図:蛍光が夾雑物に吸収される様子

    図:蛍光が夾雑物に吸収される様子

            
  • そのため、当社は、蛍光の検出・定量をする上で問題となる夾雑物を、自動で短時間に除去できる方法を確立しました。本方法では、カオトロピック塩存在下でのシリカの核酸結合性を応用し、シリカコーティングした磁性粒子と、ゲルと洗浄液が交互に充填された核酸抽出カラムを用いて、核酸の抽出と精製(夾雑物の除去)を完了します。

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    図:核酸抽出カラム

    図:核酸抽出カラム

            
  • 核酸抽出カラムは、特許取得(特許第5578241号、特許第5804148号、特許第6088651号、特許第6332012号)による当社オンリーワン技術からなり、複数種類の洗浄液と溶出液とがゲルで分画された状態で封入され、廃液の出ない密閉系カラムとなっています。
    洗浄液には、グアニジン塩酸塩が含まれており、カオトロピック反応により、シリカコーティングされた磁性粒子と核酸との間に疎水結合が形成され、核酸だけを吸着させることが可能となります。
    溶出液は、グアニジン塩酸塩の濃度が洗浄液と比較して低くなっているため、磁性粒子から核酸が分離され、精製された核酸だけを回収することができます。
    洗浄液や溶出液を分画するゲルは、チキソトロピックな性質(揺変性)をもつため、磁性体粒子せん断力を与えられると、ゲルがゾル化し流動化し、磁性体粒子はゲル内を移動することができます。また、磁性体粒子が通過した後、せん断力から解放されたゾルは、すみやかにゲル状態に戻るため、ゲルには磁性体粒子通過による貫通孔が形成されることはなく、洗浄液や溶出液が混ざることはありません。

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    図:核酸を精製する工程

    図:核酸を精製する工程

            
  • 核酸抽出カラムに注入された検体と磁性粒子は、外部からの磁場操作(磁力源)により、洗浄液と溶出液に運搬されることで、核酸の抽出・精製が自動で完了します。そのため、一般的な核酸の精製方法と比較して、検査者の負担と作業時間が大幅に改善されました。

  • 関連製品

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(3)リアルタイムPCR技術(DNA増幅/検出工程)

  

リアルタイムPCR法では、特定塩基配列に結合する蛍光物質から発せられる蛍光シグナルに基づき、PCR によって増幅したDNA量を経時的(リアルタイム)に定量し、標的遺伝子の有無や、検体中における標的遺伝子の濃度を定量しています。
標的遺伝子(塩基配列)だけを増幅するため、増幅に要する時間を短縮することができ、迅速検査が必要な場面に最適です。また、Ampdirect技術と組み合わせることで、分析の迅速・簡便化も実現します。

  

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(4)電気泳動技術(DNA増幅/検出工程)

当社の電気泳動技術は、独自のマイクロチップ技術と自動分析技術を組み合わせることで、迅速かつ高精度な分析が可能となりました。従来のアガロースゲル電気泳動法に比べ、高い分離能と高感度検出を特長としており、今までは識別困難であった微小な鎖長差の識別や、微量な核酸(DNA、RNA)の検出が可能になりました。

      

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(5)全自動化リアルタイムPCR技術

特別なスキルを必要とせず、検体、試薬、容器等をセットするだけでPCR検査を可能とする、当社独自の全自動化リアルタイムPCR技術を紹介します。