遺伝子検査技術
― 全自動化リアルタイムPCR技術 ―

誰でも「手軽に早く」PCR検査ができるように

PCR検査は、抗原検査に比べ、より少ないウイルス量で検出でき、発症する数日前でも検出が可能となるため、潜伏期間が長く、その間も感染源となる恐れがあった新型コロナウイルスの検査に有効な手法として、検査体制の拡充が求められていました。

当社は、検体と試薬の混合、RNAの精製、反応容器の加熱・冷却、検出、解析と、さまざまな工程が存在するPCR検査において、RNAの精製を行わず、検体に直接PCRの反応液を添加して、ウィルスの検出・解析を可能とするAmpdirect技術により、PCR検査の簡便化と迅速化を実現しました。

Ampdirect技術を用いたPCR検査手順

Ampdirect技術を用いたPCR検査手順

しかしながら、PCR検査の工程のうち、検体と試薬の分注・混合する工程は、依然として、専門的な知識とスキルを要する作業となっており、検査拡充に向けて問題となっていました。

検体と試薬を分注・混合する作業も含めてPCR検査の工程を完全に自動で行う小型装置は存在していませんでした。

検体や試薬の取り扱いには技量を要するため、技師がいないクリニックなどでは専門の技師が確保された検査機関等に委託されるケースが多く、検査結果が出るまでに時間を要し、検査実施数が増えていかない現実がありました。

全自動化に向けて

当社は、以上のような状況を打破し、検査体制の拡充に貢献するべく、熟練した検査技術をもつ技師の手技を再現する、そして、操作を簡単化することで人為的作業ミスを防止するという課題を解決し、リアルタイムPCR検査の全自動化を実現しました。全自動化を実現させた、当社技術を紹介していきます。

熟練の技を再現して安定したデータ取得の実現へ

検査に精通した技師の方の手技を再現する上で、特に重要となるのが、数µLの微量な検体や試薬を分注・混合する点です。コンタミネーションを回避し、検体や試薬を精度よく分注・混合することは、性能のばらつきを抑制し、安定して正確な検査結果を提供する上で非常に重要となります。

コンタミネーションの回避に向けて

通常は、微量用分注チップが使用されますが、新型コロナウィルス等の感染性リスクが大きい検体が入る鼻咽頭拭い液容器の場合、容器が70mm程度の高さに対して検体が容器の底付近の10~20mm程度の深さにあります。

そのため、微量用分注チップでは、容器の中に深く入れる必要があるため、分注時の飛沫がチップを取り付けるノズルに付着するリスクが高まり、感染やコンタミネーションを引き起こす恐れがありました。

その対策として、当社は、試薬容器には微量チップを、検体容器にはロングチップを共に利用できる構造を採用しました。

チップ

性能のばらつきを抑える精度の高い分注を実現へ

唾液等の粘性の高い検体を微量チップで分注すると、検体が吸引できない、或いは少量となり、正確に分析できない場合が考えられます。
当社は、微量チップと比べて内径が大きいロングチップを使用することで、粘性の高い検体も、定められた量の吸引・吐出を実現しました。

チップ
チップ

また、通常であれば、検体の分注については、検査用の反応容器⑥にだけ行いますが、当社は、ロングチップでの分注が正確に行われたかを検査後に目視でも確認できるよう、検査用の反応容器⑥とは別の容器⑤に、今度は、検体と試薬とが混合されて生成されるPCR反応液と同じ量の検体を分注しています。

この動作により、検査完了後、この2つの容器を比較し、同量であれば、分注動作に問題がないことを目視で簡単に確認できるため、信頼性の高い検査結果だけを提供することが可能となります。

安定したデータ取得のために、試薬キットにも特徴があり、検査に必要量のみが充填されると、吸引の際に空気が混入される「空吸い」が起こるため、使用量に空吸い防止用の余分量が加えられています。
専用キットにより、個々の試薬だけでなく、これら試薬を混合した、混合試薬も空吸い防止用の余分量も含めて生成でき、検査に必要な試薬の正確な分注が可能となります。

専用キット

また、試薬を調製する際は、その順番にも工夫をこらしており、粘性の高い試薬(酵素等)が入った容器に粘性の低い試薬を順に分注していくことで、粘性の高い試薬の分注を行う頻度を減らし、分注精度を高めています。

試薬

さらに、試薬混合の際や検体と試薬の混合の際は、吸引と吐出を繰り返しますが、気泡発生の可能性があり、この気泡が原因となって、吸引の際に空気が混入される「空吸い」が起こる可能性があります。そこで、吸引・吐出のスピードを調整することで、気泡発生を回避しています。

これまで熟練した技術をもつ技師の方が行っていた作業を、当社は人手を介さず、再現することができました。マニュアルによる性能のばらつきを自動化により解決し、安定した検査結果の提供に貢献していきます。

簡単操作で人為的作業ミスを0へ

蓋の開栓・閉栓も自動で

漏出防止、コンタミネーション回避の観点から、検査中は検体、検体処理液、PCR反応液が分注される容器は蓋の開閉を行う必要があり、これまでは、感染対策の観点からも専門検査に精通した検査技師の方が手作業で行われていました。

開栓閉栓ユニット

当社は、開栓ツメ部を回転駆動するように制御する開栓閉栓ユニットと、試薬の入った容器を収容するPCRチューブ保持部を水平方向(XY軸方向)にリニア駆動するように制御する搬送ユニットを設けて、回転駆動とリニア駆動が協調することにより、容器の開栓及び閉栓を実現しました。

容器の開栓時は、開栓閉栓ユニットに設けられた開栓ツメ部を、容器に設けられた突起部分に当接させ、反時計回りに回転することで、容器の蓋をスムーズに開くことが可能となります。

開栓閉栓ユニット
       

容器の蓋部分の開栓動作が行われる場合の開栓ツメ部および容器の動作を模式的に示す様子は以下の通りです。

       
       
容器の蓋部分の開栓動作
       

一方、閉栓の際は、蓋が容器に嵌合して完全に閉じるよう、開栓ツメ部を2段階に動作させています。

開栓ツメ部

1段階目は、開栓ツメ部の突起部分が蓋に接触しながら蓋のヒンジ側に向かって回転します。
これにより、蓋を容器に対して、適切に嵌合させることができます。

開栓ツメ部

さらに、当社は、蓋が完全に締まらず、容器から浮いた状態となる場合も想定し、2段階目の動作として、開栓ツメ部の端部が蓋に接触しながら、今度は蓋のヒンジとは逆の方向に向かって回転させます。この動作により蓋を上から強く押さえつけることができるため、1段階目の閉栓後に蓋が開いた場合も含めて、確実に蓋を閉じることができます。

ワンクリックで検査ができる簡便さを!

検査を行う際は、検体や試薬の入った容器の配置だけでなく、検体に関わる患者情報を入力する必要があります。検査数が増加するにつれて、検体の取り違えや、患者情報の入力ミスも発生しやすくなります。

       
       
図解
       

そこで、電子カルテとPCR検査装置とを中継・連携するソフトウェアを構築することで、電子カルテ上で検査オーダーを発行できるとともに、読み込まれる患者情報についてはバーコードを発行し、このバーコードの読み取りだけで検査装置に自動でセットすることができるようになりました。

       
       
図解
       

そのため、検査を行う際、作業者の方は、事前に印刷されて検体容器に張り付けられたバーコードを読み取り、検査開始を入力するだけで、作業は完了するため、検査開始前の作業が簡便化し、作業ミスの発生防止に大きく貢献しています。

検査開始前だけでなく、検査終了後も作業を簡単に

検査終了後は、検体容器や、試薬容器だけでなく、分注に使用したチップも廃棄する必要があり、さらにチップの廃棄部分については、コンタミネーションや感染予防の観点から清掃を行う必要もあり、作業者の方にとって、煩雑な作業となっていました。

そこで、使用済の分注チップを廃棄する専用BOXを設け、装置から取り外しできる構成を採用しました。
構成図はこちら

また、分注チップの廃棄と、廃棄後の清掃を行いやすいよう、廃棄プレートと廃棄トレーの2部品で構成されています。

廃棄プレートは、傾斜面に貫通孔となっているガイドが設けられており、チップに重力が作用すると、傾斜面に沿って下っていくことになるため、チップを立てた状態で保持でき、検査で使用された全てのチップを確実に廃棄BOXに廃棄することができます。

構成図

これらの技術により、検体、試薬、反応容器等を準備・セットし、検査開始を入力するだけで、検体の分注や試薬の調製混和からPCRと蛍光測定までを全自動で行えるようになり、PCR検査の知識や経験の乏しい方でも検査を行えるようになりました。さらに、検査前に加えて、検査後の作業も簡便化したため、人為的作業ミスの防止も実現しています。

PCR検査がもっと身近な存在へ

当社は、誰でも簡単に検査が行えて正確な結果を提供できる、全自動リアルタイムPCR技術を確立しました。今後も、この全自動化技術により、検査体制の拡充に貢献していきます。

技術者の思い

開発者
分析計測事業部 技術部
篠山 智生

PCR検査を行う際には、検体および試薬の精密分注・混合攪拌・熱処理等の複雑な手順を確実に行う必要がある。これらは作業者の経験や手技に依存している部分が大きく、検査を広く普及させるにあたっての障壁となっていた。

当社ではこれを解決すべく、これら一連の前処理工程を全自動化することによって、迅速確実かつ容易に検査結果を取得するための技術開発に取り組んだ。反応容器の開閉や分注チップの装着・廃棄のような、人の手であれば容易に行える動作を装置内で確実に再現するに当たっては、様々な試作・検証・修正のサイクルを繰り返して作りこむ必要があった。一方で、分注や攪拌工程において人の感覚に頼っていたような部分を分析・数値化し、最適な形で装置動作に盛り込むことによって、安定した前処理工程の実現と検査精度の向上を実現できた。

さらに装置開発全般においては、既存の様々な装置開発を通じて獲得した各種要素技術を直接・間接的に活用または再利用することにより、短期間での開発達成につなげることができた。直感的に操作可能なソフトウエアとも相まって、PCR検査実施のハードルを下げることができたのではないかと考えている。

開発者
分析計測事業部 ラボメカニクスビジネスユニット
花房 信博

島津オリジナルのAmpdirect技術を用いた新型コロナウイルス検査試薬キットは研究用試薬として2020年4月に発売後、同年9月に体外診断用医薬品の承認を得た。本キットはRNA抽出作業を不要とする特⻑があり、⺠間検査会社や400床以上の医療施設の検査室にてご利用頂いている。しかし発売当時、国内のPCR検査体制の拡充は遅れており、この社会課題を解決するにはクリニックや中小規模の医療施設において簡便/迅速にPCR検査を自前で実施できるシステムが求められていた。

そこで、この医療現場のニーズに対応できるよう全自動で本RT-PCRが実施可能な装置を半年後に上市する目標を掲げ、全社横断的な協力を得て開発をスタートした。短期間開発故に、現場の検査技師が行っている手作業の動作をそのまま忠実に自動化するのが早いと判断し、社内外の既存技術をできるだけ流用し必要な機構は新規に開発した。また、狭いクリニック等にも設置できるよう各構成をシンプルにしてコンパクト化に努めた。

さらに作業者がストレスなく使用できる外観デザインと、人的ミスやコンタミネーションを起こさないよう検体、試薬、消耗品のセット方法やS/WのGUI画面を簡便かつ解り易くなるよう設計した。本装置は医療機器クラスⅠの届出を行い、約半年後の2020年12月に発売し、多くの医療機関でご使用頂いている。今後も医療現場の様々なニーズに応え、社会課題の解決に貢献していきたい。

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