ブロッコリーの木、クロワッサンの雲、ホチキスの針のビル……。だれもがよく知るものを別のものへと置き換える「見立て」の作品で人気のミニチュア写真家・見立て作家の田中達也さん。毎日作品を発表しているSNSには、共感と驚きの声が世界中から届き続けている。
※WEB版では本誌でご紹介できなかった未公開エピソードも掲載しております。
共感の中にある「気づかなかった」を探して

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ミニチュア写真家・見立て作家の田中達也さんが運営するInstagramのアカウントは、フォロワーの約7割が海外のユーザーだ。また、親子で楽しんでいる人も多い。まさに国境も世代も超えて支持されているわけだが、それには理由がある。
「世界の多くの人が共通して〇〇だと認識できる、日常でごくありふれたものを使い、見たことがありそうな風景や、何をしているかが一目でわかるシーンを描くようにしています」
ブロッコリーを木や森に見立てた作品群は、その最たるものだろう。同じ野菜でも、例えばキュウリは形もサイズも土地によって異なるが、ブロッコリーは、世界のどこに行っても大体同じ。ハサミや定規などの文具類、フォークやナイフといった食器類も同様だ。そうした世界共通のものを使い、自然や衣食住、映画のワンシーンなど、共感を得やすいテーマを表現する。
「『ずっと見ているのに気づかなかった! そうきたか』と。見る人たちに驚いたり悔しがったりして楽しんでもらうのが好きなんです。だから、おなじみのものを何に見立てるかが勝負です」アイデアの種は、広く行き渡っているもの、つまり普遍の中にこそあると、常に見立ての視点で日常の風景を眺め、スーパーマーケットやホームセンターに通い、海外を訪れれば日本や他の国との共通点を探す。そうして集めたものの中から、これはというものを1モチーフ1アイデアに落とし込んで作品に仕上げる。
とはいえ、すべての作品が支持されるとは限らないという。
「シンプルに見立てを成立させたほうが共感されやすいです。見る人の想像力が入り込む余地があるほうがいいのかもしれませんね」
表現すべきことがある
作品づくりには、SNSのコメントも大いに参考にしているという。
「人の意見は、自分では気づけなかった別の道を提示してくれますから。人気YouTuberのインタビューを見ることがあるのですが、やはり熱心に視聴者からのコメントを読んでいることがうかがえます。工夫しようと思えば、おのずといろいろな声に耳を傾けるようになるのだと思います」
とりわけ海外からのコメントは参考になるという。日本の生活様式も海外では非常識の場合があるからだ。
「爪切りと切った後の爪を並べたら、それは人に見せるものではないとか、フカヒレを出したら、フカヒレを食べるなんて野蛮だとか。文化の違いから批判されることもあるのですが、それも含めて学びだなと思います」

世界中のだれでも、どこからでも見られるSNSを発表の場にしているからこそ、控えるべき表現もある。日々寄せられるコメントを参考にするうちに、世界中の人ができるだけ明るい気持ちになれる、そして子どもにも見せたいと思ってもらえる題材を考えるようになった。
一方で、批判を恐れずに表現すべきこともあると、力を込める。
「人権問題や平和への願いなど、人の力で変えられる可能性のあることは、作品にするべきだと思っています」
代表的な作品が、「NO WAR 戦争反対」(2022年2月26日)だろう。田中さんの作品は、ウイットに富んだタイトル自体も楽しいのだが、この作品のタイトルはストレートな表現となった。

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「メモ帳をボロボロの建物に、鉛筆をミサイルに見立てました。それまでの一連の楽しい作品群の中に、いきなりズドンと異なるテイストの作品を入れることで、予告も無く突然日常が変わってしまう、それが戦争なんだ、戦争は残酷なものだと感じてもらえれば。作品単体ではなく、毎日出す作品の全体の流れを含めて表現できたのは、SNSだからこそです」
アイデアは無尽蔵
作品の内容とともに驚かされるのは、2011年から一日も欠かさず作品を投稿し続けていることだろう。数にして5000件余り。常人ならとっくにアイデアが枯渇しそうなものだが、「アイデアが尽きることはない」と田中さんは言う。
「アイデアが枯渇しないのは、アイデアを出し続けているからこそです。ストックがあるからとアイデアを出すことを止めてしまえば、そこで尽きてしまいます。まずは惜しみなく出し切る。一度頭の中を空っぽにして自分を追い込むことで、新しいアイデアが生まれてきます。料理人が既存の食材を組み合わせて新しい料理を創り続けるように、これまで使ったモチーフやアイデアを組み合わせることもあります。毎日続けることで、これは見立てに使えるかも、といった勘がさらに働くようになっていることも大きいです」

それでも毎日となると、さすがに休みたい日もあるだろうと邪推したくもなるが、休まず続けられるのは、やりたいことをしているからと言い切る。
「もともとミニチュアが好きですし、収集癖もあるんです。現在ミニチュアだけで10万体ほど所有しています。大好きなものの収集が仕事になるなんて、これほど楽しいことはありません。また、以前は広告などのデザイナーをしていたのですが、ミニチュアなどの小道具を整理し、作品を作って写真に収めるのは、情報を整理し、見せ方を考えて誌面を構成するデザイナーの仕事そのものです。ミニチュアを撮ると、肉眼では気づかなかった発見があるのもおもしろい。好きなことが集約されているのが、いまの仕事なのです」
「見立て」が「mitate」になるとき
そもそも「見立て」は日本文化の伝統的な技法だ。そのルーツは『古事記』までさかのぼれるとも言われる。砂や小石で水の流れを表した枯山水の庭や、食べものでは金塊や小判の代わりの栗きんとん、日の出をイメージした紅白かまぼこといったお節料理にも用いられている。
海外でも、たとえばクロワッサンは17世紀、ヨーロッパに攻め入ったオスマントルコ軍の象徴である三日月をかたどったという説があるなど、似た例はある。しかし、日本語の「見立て」にぴったり当てはまる言葉が見当たらないと、田中さんは言う。

「見立て」は「工夫」とも言い換えられるという。
「予算が無い、材料が無い。ならば、何で代用しようかと考えることも見立てです。もともとのプランでは実現しないことも、見方や考え方を変えて代案を出し、乗り切ればいいのです」
その言葉を体現したこともある。ドバイ出張からの帰国後、コロナ対策のため、急遽ホテルでの隔離が決まり、翌日発表する作品の準備が無かった。ここで「隔離中なので投稿できませんでした」というのは違うのではないかと発奮。ホテルの備品を使った作品を作り、「ホテル隔離展」と題して投稿したのだ。
見立て続ける田中さんが感じているのは、「見立て」は「見立て」という言葉でしか表せないのではないか、ということだ。ならば、haikuやsushi、emojiのように、ローマ字表記でmitateとなってもいいかもしれない。
「海外でmitateが当たり前のように使われるようになって、辞書に載ったら面白いですよね。インターネットでmitateという言葉を調べると、その意味とともに僕の名前と作品が出てくる、それがいまの目標です」
日本の文化がまた一つ、世界標準になろうとしている。

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田中さんは、木を表現するなら、丸や三角の形状のものに棒を組み合わせる、といったように、よく目にするものを単純化し、そこから当てはまるものを考える。また、同じものが並んでいるものも見立てやすいという。
「スマートフォンのアラーム画面は、丸いボタンがたくさん並んでいますよね。日常の中で丸がたくさん並んだ状況は何があるだろうと考え、飛行機の窓を導き出しました」
小道具の形もポイント。サングラスをパソコンに見立てた作品は、四角いサングラスだからこそ成り立つ。さらに、見立てるモチーフと人形のサイズ感も大切にしている。
「ピタッとハマるときは、人形を置いた瞬間、うわっと毛穴が開くような感覚になります」
題材や小道具はどれも見慣れたものだけに、一つや二つならだれでも思いつきそうに見える。しかし、そこに独自性があるからこそ、世界中で支持されている。では、田中さんの独自性とは。
「一人の人間が普遍とは何かを考え、表現し続ける。その積み重ねこそが、僕の独自性なのかもしれません」
※所属・役職は取材当時のものです。


- ミニチュア写真家・見立て作家田中 達也(たなか たつや)
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1981年熊本県生まれ。Instagramのフォロワー数360万人以上(2022年8月現在)。作品展では、どの方角からでも写真が撮れる円形アクリルケースなど独自の仕掛けや工夫が好評。2022年6月、初の絵本『くみたて』(福音館書店)発売。
WEBサイト 「MINIATURE CALENDAR」では発表作品をカレンダー形式で閲覧できる。
https://miniature-calendar.com/(外部サイトへ)
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