技術コラム

教科書には載っていないマトリックスの話(2)

川畑 慎一郎

続いて、これまで開発されてきたマトリックスを振り返ります。次表では時系列に沿ってマトリックスとその開発者とを挙げました。また同時代の、質量分析にかかわる重要な出来事も併記しています。

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教科書には載っていないマトリックスの話(2)

 

実に多くの個性的なマトリックスが提案されてきました。今でも第一線で使用されているものもあれば、全く無名のまま埋もれているものもあります。

この年表を眺めていると、1989年にBeavisらがタンパク質を容易にイオン化できるマトリックスSA(sinapinic acid)を開発したことが現在につながるMALDI法の礎になったように思われます。さらにその直後にはDHB(2,5-dihydroxybenzoic acid, 1991年 Strupat)・CHCA(α-cyano-4-hydroxycinnamic acid, 1992年 Beavis)が報告され、生体分子のMALDI測定において今日でも真っ先に名前が挙がる3つの定番マトリックスが出揃いました。時期を同じくしてMALDIを搭載したMS機器が矢継ぎ早に上市され、相乗効果で「生体分子の質量分析」という分野が一気に花開きました。そのようなわけで、1989年はMALDIにとって拡大成長の始まりと位置づけられると思います。

後年にはさらに個性あふれる様々なマトリックスが出てきます。合成高分子用マトリックスDIT・POPOP・DCTB・TPB、低分子用マトリックスF20TPP、液体マトリックス 等々、百花繚乱です。特に1996年は、既存技術の延長ではなく全く新しい発想に基づくマトリックスである合成高分子用マトリックスPOPOPと赤外レーザー用マトリックスIce(氷)とが発表されました。個性の深まりとさらなる発展の幕開けと言えるでしょう。

今回はマトリックスの開発史を簡単に振り返ってみました。散発的に見える技術開発にも営々とした大きな流れがあったことを感じていただければと思います。

 

【より詳しく関連技術を知りたい方は・・・】

MALDI-MS Technical Reports
MALDI Matrix List

 

本コラムはLinkedInで2020年6月に掲載したものです。所属・肩書は掲載当時のものです。

川畑 慎一郎(かわばた・しんいちろう)

田中耕一記念質量分析研究所 マネージャー。修士(工学)。
1990年、株式会社島津製作所に入社。一貫して質量分析装置(主としてMALDI-MS)のアプリケーション開発に携わり、2011年以降は田中最先端研究所および田中耕一記念質量分析研究所においてヘルスケア分野への展開に取り組む。
趣味は古い光学顕微鏡いじり、遺跡めぐり。

田中耕一記念質量分析研究所