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シリーズあしたのヒント
女性活用ジャーナリスト 研究者 中野 円佳 氏

女性の働き方改革で誰もが働きやすい職場に

あしたのヒント01

深刻な人材不足時代が迫っているなか、優秀な人材を確保したい職場に大きな穴が開いている。
どうすれば流出を食い止められるのか。企業の知恵と度量が試されている。

国が本気になる深刻な人材不足

日本の4割超の企業で正社員が不足している。
帝国データバンクの調査で、こんな実態が明らかになった。近い将来、数百万人単位で人材が不足するとの推計もある。人材不足は企業だけでなく国の存亡すら左右しかねない喫緊の課題だ。
背景には若年人口の減少があり、少子化傾向に改善が見られない限り、新卒で十分な労働力を確保することはまず難しい。そうなると育児や介護、治療などさまざまな事情から仕事を離れる優秀な人材を会社につなぎとめる必要がある。世の中が短時間で生産性を上げる働き方改革に躍起になっているのは、人材の取り合いのなか、将来的にはワークライフバランスを実現した会社に人が流れてしまい、会社自体が存続できなくなるからだ。
もし全員が定時で帰ることができれば、育児や介護など制限のある社員と無い社員の差はほとんど無くなり、同じ時間でどれだけ成果を上げたかが問われ、評価が平等になる。また、勉強など自己研鑽の時間が取れるだけでなく、読書や映画鑑賞、人と会うといった仕事以外のことから刺激を受けることで、一人ひとりがよりアイデアを生み出せる、イノベーションを起こせるような人材に育つ可能性を秘めている。

女性の働き方から変えなければならない現状

働き方改革は社員全員の課題だが、最大の焦点は、さまざまなライフイベントを越えていかなければならない女性だ。新卒時に高いモチベーションを持っていても、出産時にキャリアを中断せざるをえない。育休から復職しても、残業が難しいどころか時短勤務をしなければ保育園に間に合わず、家事や育児が回せない。定時後の会議や飲み会への不参加で情報もなく、早く帰る女性が家事や育児を済ませることで仕事に専念できる夫や、同期入社の男性社員は着々とキャリアを積み重ね、次第に昇進にも差がついていく。上司も、本人に能力があってもフルで働く周囲に遠慮して評価を下げてしまう。その結果、子持ちでは一人前の仕事はできないと思い込み、長期キャリアを描けなくなる。こういったマミートラックにはまることで、働く意欲が低下したり、やりたい仕事ではないが時間の融通が利く職場へ異動を願い出たり、退職や転職を選んでしまう。特に営業職は自分で時間を決められない職種ゆえに、どの業界でも事態は深刻だ。
「妊娠前から女性だけが『子どもができても営業続けるの?』と問われる。周囲は心配しているつもりでも、何度も問われることで、『やっぱり無理なのかな』と自己暗示にかかり、キャリア修正を考え始める。本当は、営業職の女性が続けられる職場こそが、誰もが働きやすい職場なのですが……」
とは、女性の働き方、ダイバーシティが専門のジャーナリスト中野円佳氏。日本経済新聞の記者として報道の一線で働くなか、育休中に入学した大学院での修士論文を『育休世代のジレンマ』として出版。男性なみに働くことを求められ、出産・育児で悔しさを覚える女性が少なくないことを指摘し、大いに波紋を呼んだ。

潮目が変わり始めた

男女雇用機会均等法から10年後の1995年には、共働き世帯数が専業主婦世帯数を逆転し、いまやダブルスコアに迫ろうとしている。しかし、国立社会保障・人口問題研究所の調査によれば、妊娠時に就業していた女性のうち出産後(1歳時点)に就業を継続していた割合は38%にすぎない。実に6割の女性が離職しているのだ。
新聞記者時代から女性のキャリアを見つめてきた中野氏は、依然厳しい状況であることを認めながらも「ここ数年、潮目が変わってきている」と指摘する。一億総活躍社会を旗印にした行政からの指導、優秀な人材を確保しておきたい企業の思惑もあって、キャリアアップのルールを見直そうとする動きが出てきているのだ。
「少し前まで、女性社員は子どもがいることを足かせと見られたくないために、仕事上ではあたかも子どもがいないかのように振る舞っていました。しかし、今は会社も社員も子育て経験を強みにしていける雰囲気が出てきました。個々の社員の強みが増すだけでなく、女性社員の活躍がその会社の働きやすさの表れとして評価され、経営上長期的に有利になる面もあります」
一方、会社の支援制度が法定以上に整っている企業が増え、制度も限界になってきたという。以前と違い、子育てと活躍をトレードオフと考えず、両方実現したいと考える若手が増えてきた。そういった社員に今後会社ができることは、本人が自律的にキャリアアップできる「きっかけ」を与えること。一時的に子育て最優先期間があったとしても、スキルアップしつつ元に戻れるよう、充実した制度の中からライフステージに応じて選択できれば、それぞれが個性を発揮できるようになるという。

上層部のコミットが 改革を進める

そうした空気を感じられる機会となったのが、中野氏も実行委員会のメンバーとして携わる異業種合同プロジェクト「新世代エイジョカレッジ」だ。若手営業職女性が労働生産性向上の実証実験を行い、半年後に自社の役員などに改善提案をした。
各グループのアイデアはどれも興味深い。キリンのチーム「なりキリンママ」の実験では、お弁当作りから始まり、他社のバディチームが就業時間中に「お子さんが熱でお迎えを」と連絡するなどを顧客の前でも実行。実験をやっている事情を説明することで、顧客からも理解を得ることができた。結果、大事なのはコミュニケーションであり、その都度工夫すればできることがわかったという。さらに名刺に「子育て中」など、各自が抱えるバックグラウンドが一目でわかるシールを貼り、話のきっかけを作ることを提案。社内だけでなく顧客とのコミュニケーションにポジティブな効果が得られるとみたためだ。
また、顧客都合での残業や休日出勤への対応として、1人ではなく中堅と若手の2人で対応するという実験を実施したチームもあった。効率が悪くなるどころか「手厚く対応されている」と顧客の反応は上々。技の伝承が自然にでき、若手が横にいることで中堅が頑張るため、むしろ生産性は上がったという。
これらには重要な共通点があると中野氏は強調する。
「経営層のコミットにより実験をすることで、現場の管理職が成功体験を積むことです。実施前は反対していた上司も、この活動を特区として認めた結果、最終的には成果発表で、絶賛してくださった方もいたそうです。まず実験を実施するときにトップがお墨付きを与えるのは働き方改革の実現を目指す職場の必須要件といえるでしょう」
改革を実現するためには、失敗しても元に戻らないこと。トライ&エラーを繰り返し、小ネタから実験して成功体験を積みあげながら前に進む。それらを部門のトップ、さらには会社のトップがサポートしリスクを許容することが重要だという。
世の中が今一斉に動き出そうとしている働き方改革こそ、マネージャーの理解力と決断力が求められるといえそうだ。

女性活用ジャーナリスト 研究者

中野 円佳(なかの まどか)

東京大学教育学部を卒業後、日本経済新聞社に入社。金融機関を中心とする大手企業の財務や経営、厚生労働政策などの取材を担当。育休中に立命館大学大学院先端総合学術研究科に通い、同研究科に提出した修士論文をもとに2014年9月、『「育休世代」のジレンマ女性活用はなぜ失敗するのか?』(光文社新書)を出版。15年4月より企業変革パートナー株式会社チェンジウェーブに入社。東京大学大学院教育学研究科博士課程在籍。厚生労働省「働き方の未来2035懇談会」委員、経済産業省「競争戦略としてのダイバーシティ経営(ダイバーシティ2.0)の在り方に関する検討会」委員