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カシオ計算機株式会社/山形カシオ株式会社

プライドG

一体化された時字(上:成膜前、下:成膜後)
※時字(アワーマーク)は文字盤の時間を表す目盛り。

実に世界の80人に1人が、Gショックを持っている―。
まもなく累計1億本を迎える稀有なヒット商品の開発現場には、
妥協を許さないものづくりの哲学があった。

腕時計の革命

もし歴史の教科書に時計史の章があったら、1983年は明治維新なみに重要な年として何重にもマーカーを引く必要があるだろう。この年に誕生したカシオのGショックは、「落としたら壊れる」という腕時計の常識を根底から覆した。
外装をウレタンで包み、ショックに弱い内部の機構は点で支えて浮かせるという誰も考えつかなかった方法で衝撃を大きく緩和。試作品は3階から落としてもびくともしなかったという。発売されるや瞬く間に世を席巻。以後、耐寒、防塵、防泥など、あらゆる過酷さへ挑戦し、そのたびに世間を驚かせてきた。いまやGショックの名は、時計の枠を超えてタフさの代名詞にもなっている。
「同じようなものを作っても、発売当時を知る上司たちは納得しないし、お客様も、今度はどんな驚きがあるのかとワクワクされています。その期待に応えられるアイデアが出れば楽しいですが、出ないときの産みの苦しみは相当なものです」
と語るのは、製造元であるカシオ計算機株式会社でGショックの商品企画を担当する斉藤慎司氏。背負うプレッシャーの大きさとは裏腹に、その顔は輝きに満ちている。
斉藤氏の言葉通り、発売からまもなく35年を迎える今もGショックが進化の歩みを緩めることはない。年に100本以上の新モデルがリリースされ、そのたびに斬新なデザインや新たに搭載された機能が世界で話題となる。
もっとも、その裏にある苦労に陽の目が当たることはまれだ。心をくすぐるデザインや、驚くような機能を限られたスペースに盛り込むには、時として新たな技術を開発するところから始める必要もあるのだ。

時針は、小さすぎてロボットアームでは扱えない。手作業でセットしてスパッタリング装置にかけていく。

デザインの理想と設計の限界に挑戦

同社が得意とする技術のひとつが樹脂素材の加工だ。金属のパーツを樹脂に置き換えていくことで、軽量化が図られ、衝撃に対する強さも増してきた。同社のグループ会社で、全世界のカシオのマザー工場である山形カシオ株式会社は、極めて精密な金型加工技術を有している。ここで、ミクロン単位の精度で微妙な凹凸を正確に刻み込んだ金型を作製し、微細な時計のパーツを次々と樹脂化してきた。
近年発売されたモデルでは、時字といわれる文字盤の目盛り(アワーマーク)で、人知れず革新が起こっていた。通常であれば文字盤の上に金属製の時字を一つひとつ植え付けていく。Gショックはタフさを印象づけるためにこの時字がひときわ大きく力強くデザインされている。だが、大きくすればするほどその重量は増し、衝撃で文字盤から脱落する恐れが増す。時字は部品点数が多いので、なおさら脱落のリスクが高い。
デザイナーの理想と設計の限界というジレンマを解決するために打った手は、文字盤と時字が一体化したパーツをつくり出すことだった。できあがった樹脂パーツの形は、一見時計の部品とはとても思えない。しかし、その「とてもそうとは思えない」形を考え出す発想が、Gショックの躍進を支えてきたのだ。
「ほかの時計メーカーにはできないことに、どんどんチャレンジしていこうというのがファーストモデルから続くGショック、カシオの文化。お客様にもそれを期待していただいている。開発の手をゆるめるわけにはいきません」(カシオ時計事業部外装開発部第二外装開発室井口元室長 )。

スパッタリングで成膜された時計の針。針の重さはムーブメントの負荷に関わるので、軽量化が強く求められていた。

妥協はできない

もちろん、成形した樹脂そのままだと表面はプラスチックそのものだ。そこでここに加飾という工程が加わる。通常はメッキが用いられ、ニッケルや金の膜が表面に貼られることで、金属のような高級感が得られるわけだ。
だが、開発部隊は、ここでも容易に満足しなかった。実は、山形カシオで行われている金属膜の成膜には、島津製作所の高速スパッタリング装置が使われている。
スパッタリングも、金属膜をコーティングするメッキ技術の一つだが、薄く成膜できるので、部品のエッジをきれいに仕上げられる。しかも成膜工程の温度や時間を調整することで、微妙な色合いも調節できる。
もともと山形カシオではメッキ工程を外部の企業に委託し製造していたが、Gショックならではの特別な色の出し方を研究したいとの思いから、開発向きの小型な島津製を導入したのだ。
「ここの部署は、基本時計の新モデルの立ち上げに携わるので、いつも新しいことへの挑戦があります。その中でも今回は、使ったことのない装置でしたから、非常に悩みました」
とは時計製造部品質技術課の若木一郎リーダー。実際にスパッタリング装置と向き合った同課の堀裕次氏も、
「アルミを成膜するだけでいいシルバーは、比較的簡単にできましたが、ゴールドや、くすんだグレーを出すのは本当に大変でした。私自身、スパッタリングは初めてでしたし、肝心の成膜中の様子は装置の中に隠れて見えませんから、温度を変えたり、時間を変えたり、半年間ほとんど毎日試行錯誤していましたね」と、口をそろえる。
「色一つとっても、大規模なマーケティングから得られた人気色だったりします。ちょっとくらい違っていても、個体差があってもいいのではと思われるかもしれませんが、そこは譲れないんです」(品質の評価を担当したカシオ第二外装開発室の小谷内絵梨氏)。
Gショックらしい微妙な色合いを実現するため、島津製作所も要望を受けて、反応時間を1秒刻みで設定する仕様だったものを、0.1秒刻みで設定できるよう改良した。その甲斐あって、どうにか新製品発表に間に合わせることができた。現在は他の新しい色を出そうと、さらに条件を探っているところだという。
「Gショックといえばタフで使い勝手がよくて、身近な時計ですが、ものづくりへのこだわりという点では、最高峰のひとつだと自負しています。Gショックに携わるすべての人間が、『ものづくりに妥協はない』と思っていることが私たちカシオの誇りです」(山形カシオ時計製造部開発課粟野祐介リーダー)
カシオのプライドには、Gショックを超える力強さがあった。

カシオ計算機株式会社 羽村技術センター時計事業部

外装開発部第二外装開発室 室長

井口 元氏(上段右)

外装開発部第二外装開発室

小谷内 絵梨氏(上段中)

商品企画部

斉藤 慎司氏(上段左)

山形カシオ株式会社 カシオ事業部 時計製造部

開発課リーダー

粟野 裕介氏(下段右)

品質技術課

若木 一郎氏(下段中)

品質技術課

堀 裕次氏(下段左)