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シリーズ挑戦の系譜

だれもが速く正確に量れる天びんを

分析計測事業部 天びんビジネスユニット 天びんグループ 主任 服部康治(右)、副グループ長 浜本弘(中央右)、主任 藤田耕介(中央左)、主任 本田弘毅(左)他
担当課長 楠本哲朗、主任 加藤昌央、主任 辻出裕之、河合正幸、島津エンジニアリング 山本功、島津エンジニアリング 前田真一が開発に関わった

研究開発や品質管理で活躍する電子天びん。
その革新をもたらした挑戦を追う。

雌伏のとき

「もう少し速くなりませんか」
製薬メーカーの顧客の要望に、分析計測事業部天びんビジネスユニット天びんグループの浜本は頭を抱えた。
2013年の初頭のこと。顧客と自分の間には10年前に自身が送り出した電子天びんがあった。
顧客が指摘したのは、試料の計測にかかる時間だ。試料を計量皿に置き、計測値を読み取り終えるまでにおよそ7秒かかる。装置の構造的な特性によるものだが、それでも発売当時は前機種に比べ格段に速いと称賛されたものだった。しかし、時代の流れには抗えず、次第に遅れが指摘されるようになってきた。例えば、創薬の初期段階では何千何万という途方もない数のサンプルを作り、あらゆる可能性を試す。1つの合成材料の計量に7秒待つということは、1万種類なら7万秒、2万種類なら14万秒、待ち時間の合計は実に2日間というロスになる。顧客が嘆くのも無理はなかった。
電子天びんは、理科実験で使う両端に計量皿がある天びんと同じように、てこの原理を使って計測するが、試料との釣り合いをとるのは分銅ではなく、電磁力である点が違う。試料の重さに比例して、台の下にあるコイルに流れる電流量を変えて釣り合わせる。その時の電流量を計測して質量値に換算する。2003年に浜本が送り出したモデルは、0.1ミリグラム単位という極微量の質量まで量ることができた。
しかし、電子天びんには一つ課題があった。内部の電子回路で発生するノイズが電流量を数値に変換するセンサーに影響し、計測の速さや精度が低下するのだ。そのため計量皿に試料を載せても機構が安定するまでは計測そのものを終えることができなかった。
もちろん、島津も手をこまねいていたわけではない。2003年のリリース当時から改良は続けられ、2008年からは、当時入社1年目だった藤田が装置内部のノイズ低減に本格的に取り組んだ。ICの一つひとつに至るまで、部品から発生するわずかなノイズを確かめ、回路基板との相性を見ながらノイズの少ない装置を組み上げるという地道な作業だった。
「異なる特性、材質の部品をさまざまに組み合わせ、途方もない試行錯誤を繰り返しました。傾向を見つけながら進めていったとは言え、根気のいる研究でした」(藤田)
藤田の努力が実ったのは2013年10月。ついに大幅な低ノイズ化を実現した電子回路が姿を現した。それは安定性と応答性を大幅に引き上げた新モデルの開発を大きく引き寄せるものだった。そこに、基盤技術研究所の信号処理技術に関する協力を得て、わずかな質量変化と外乱とを的確に判断するデータ処理技術が加わり、応答性が格段に向上したのである。

計測を一番大事にする

要素技術の開発と同時に市場調査も進めていた。そこで得られた大きな要望の一つが静電気への対応だ。創薬現場では、先のスピードの問題に加え、一万分の1グラム単位という極微量でコントロールしていかなければならない。計量皿とその周囲に発生する目には見えないごくわずかな静電気の影響で、サンプルが張り付いて残ってしまうことは、どんなに微量であっても極めて大きな障害となっていた。また、計量皿に落とすときに飛散してしまったり、静電気が飛んでスパークすることもある。加えて、計量皿も静電気に引っ張られて、計量値の表示が安定しなくなる。ノイズ以上にやっかいな問題だった。
これまで静電気の除去は別売りのイオナイザーという装置で対応していたが、新モデルでは天びん本体へのイオナイザーの組込みを実現した。
一方で、製品の品質管理で使用する自動車や食品業界からは「使いやすさ」の面でもさまざまな意見が出された。ディスプレイには様々なマークがあったが、直感的に何を示しているかがわかりづらい。加えて、測定したい対象によってg、mg、%など、単位を切り替えられるが、ふとした拍子に単位が変わってしまった時、どう元に戻していいかわかりづらいというのだ。こうした現場に携わるオペレーターの多くは、電子天びんの操作に慣れておらず、研究開発のエキスパート向けにデザインされたインターフェースでは不親切と言わざるをえなかった。
こうした業界のニーズを鑑み、開発チームは仕様を検討。議論の末に「素早く、正確な計測と言語表示によるわかり易さ」を優先するという方針でまとまった。
「タッチパネルを搭載して、操作をもっと直感的にすることも考えました。ですが、それにももちろんコストはかかります。限られたリソースをどう配分するか考えた時、最低限の使いやすさを確保しつつ、計量作業が取説を見なくても誰でも素早く正確にできる性能や機能を充実させることこそが島津らしさではないかという結論に達したのです」
と、浜本は当時の決断を振り返る。
ディスプレイに有機ELが採用されたのもこの方針によるものだ。タッチパネル液晶よりも広視野角で視認性がよく、低コストで目的とするユーザビリティの向上を実現できる有機ELを選んだのだ。
また、「島津製作所の天びんとは何か」を考え抜いて、出した答えが分析機器との相乗効果だった。作りたい溶液や合成物質の作り方をあらかじめ登録する〝レシピ〟 機能を搭載。ユーザーがレシピを呼び出せば、計測する試料の量や加えていく順番がディスプレイにガイダンス表示され、必要なpHや量を選択できる。これらのアプリケーションは、高速液体クロマトグラフなど分析の前処理を効率化するもので、総合分析計測機器メーカーである島津の強みを活かしたアイデアだった。
「化学合成も材料の量と手順が分析の信頼性にとって重要です。材料が何か確認して、電卓で一つひとつ量を計算しなければなりませんでしたが、レシピ機能があればその必要はありません。専門家でなくても正しく簡単に作業できます」(浜本)

すべて天びんが教えてくれる

開発開始からおよそ3年がたった2016年7月、製品としての完成度を高めた新型電子天びん、APシリーズが発表された。計量皿に試料を載せて計測結果が出るまで、わずか1.5秒。従来品から5.5秒短縮されたことで、何万回と行う計量のストレスは驚くほど軽減された。
「性能に対するご評価はもちろん、さまざまなアプリケーションがついたことで、とても使いやすいというお声もいただいています。でも、まだまだ電子子天びんは進化の途中です。測定誤差を生む環境要因を天びん自体が検知して警告したり、ネットに接続したりAI機能とロボットを組み合わせてお客様の作業を大幅に効率化できる天びんがあってもいい」
販売促進担当の服部は、電子天びんの未来に思いをはせる。
速さと正確さ、島津にしか創ることのできない天びんの挑戦は、決して止むことはない。

高速かつ信頼性の高い計量を実現した分析天びん APシリーズ

高速かつ信頼性の高い計量を実現した分析天びん APシリーズ