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食の安全分析センター

食の王国の大軍師

食の王国の大軍師01

食の安全・安心や健康機能性など高付加価値化の推進に貢献する、一般社団法人 食の安全分析センター

「どげんかせんといかん」とかつての知事が声を張り上げていたのも今は昔。
宮崎県は、農産物で巨大なブランドを作り上げ、全国に名を轟かせている。
その立役者の一人である農学者が打つ次の一手は?

安全・安心な食の旗印に

宮崎県は、全国でも有数の食料供給県だ。ピーマンや大根、キュウリの出荷量は全国屈指で、ブロイラーは全国1位、乳牛、肉牛、豚なども日本有数の生産量を誇る。
味もさることながら、安全・安心を大きく打ち出していることが特徴だ。付着した微生物から産生される毒素、野菜の表面に残された残留農薬の影響を徹底的に検査して、安全であることを全量検査して出荷する体制を敷く。県の農業試験場が中心となり、従来の残留農薬検査では2週間ほど時間がかかっていたものを、約2時間で終了する「宮崎方式」と呼ばれる手法を確立。この方式によって、宮崎県は、全国の自治体がうらやむブランドを手に入れるに至ったのだ。
2015年1月には、2時間で440成分の残留農薬を分析していたこの技術をさらに改良し、50分で500成分の分析が可能な世界最先端の分析装置を、島津製作所をはじめ、大阪大学、神戸大学と共同で開発。この装置と分析技術を生かし、同年10月、県の農畜産物や加工食品の分析を受託する「一般社団法人 食の安全分析センター」を島津製作所と共同で設立した。
「県の農産物の安全・安心をさらに高めるだけでなく、海外から輸入される食品のチェック機構として、あるいは海外へ輸出する食品のブランド化にも役立てられたら」
同センターの理事長を務める、宮崎大学副学長の水光正仁教授は期待をかける。

食の王国の大軍師02

植物はかしこい

水光教授は、食品の機能性分析の第一人者だ。
「植物は実にかしこい。自身の生育を有利にする成分を自らつくり出し、それを食べる者にも、健康増進や病気の予防など、よい作用をもたらすことができるのです」と目を輝かす。
同センターでは、食品の持つ機能性の評価も行う予定で、すでに安全・安心というブランドを確立している宮崎産の食品に、健康という付加価値を加えられることとなる。まさに鬼に金棒だ。
機能性の研究として教授が最近着目しているのが、宮崎県を代表する農産物の一つ、キンカンだ。
「古くから『風邪をひいたらキンカンを食べろ』と言われてきましたが、本当に効くのか、なぜ効くのかが科学的に調べられたことはなかった。キンカンは、宮崎県が圧倒的なシェアを持つ農産物。ぜひとも調べてみたかったんです」
研究結果は、予想をはるかに上回るものだった。顕微鏡でのぞいてみると、キンカンの汁で免疫細胞の一つ、NK細胞が大きく活性化していることが確認できた。これがウイルス感染細胞を攻撃して、増殖を抑えていたのだ。NK細胞の標的はウイルスにとどまらない。がん細胞をもたちまち取り囲んで攻撃し始める様子が、観察できた。
分析してみると、β-クリプトキサンチンという物質が効いていることがわかった。これは柑橘類の果皮に多く含まれるカロテノイドの一種で、皮ごと食べるキンカンであれば、より多く摂り込むことができる。動物実験の成績も上々だった。ストレスを感じると免疫機能が落ちることはよく知られているが、キンカンを食べさせたマウスは、拘束した状態で強度のストレスにさらしても、自由に動いているマウスと同じだけの免疫力を備えていた。

人は輪で強くなる

驚いたのは、医学部の協力のもとで、現在臨床実験が進んでいることだ。通常、食品の栄養分の研究に、医学部が協力することは少ない。機能性においては、医薬品のほうが、はるかに効果が高いという認識が根付いているためだ。だが、ここでは事情が違った。
「宮崎大学は、研究成果を地域に還元することに大変力を入れています。医学部の先生方もそれを理解してくれて、一気に動き出したんです」
と水光教授は微笑むが、研究の中心に立つ教授自身が周到に準備し、情熱的に働きかけたことは想像に難くない。
これまで数多くの研究プロジェクトを成功に導いてきた教授が、最も大切だと話すのが、「人の輪」だ。
「人がうまく輪をつくると、大きな力を発揮できます。その輪をどこにどうやってつくるかを考えるのは、非常におもしろい」
宮崎県が、食の王国として認知されるようになるまでにも、教授の陰での働きが奏功したケースは多い。その豊富な知識とマネジメント力を請われて、他県からアドバイスを求められることも少なくないという。だが、宮崎県都城市出身の教授は、郷土愛を隠そうとしない。
「私は宮崎を愛していますからね。他県にアドバイスさせていただくことはできますが、家を移すことはないでしょう。こうした経営的なことは、その土地の特性や人の気性、どこに誰が居て、どんな研究をしているかといった情報に精通していなければ、できるものではありません。もし私が移り住んで、落下傘部隊のように降りていっても、きっとうまくいかないでしょう」
遅くても5年後には、食の安全分析センターから、食品の機能性に関して目覚ましい成果を報告したいと意欲を見せる。
それが生涯の目標かと水を向けると、やや考えて、こう言葉を続けた。
「研究者は欲張りですからね。一つやり遂げれば、必ず次のことをやりたくなる。おそらく一生、その繰り返しです」
食の安心・安全のために、水光教授の研究者人生は、まだまだ続きそうだ。

食の王国の大軍師03

大阪大学、神戸大学、宮崎県と共同で島津製作所が開発した超高感度分析装置超臨界流体抽出/超臨界流体クロマトグラフシステム「Nexera UC」の1号機

食の王国の大軍師04

国立大学法人宮崎大学理事・副学長
一般社団法人 食の安全分析センター 理事長

水光 正仁(すいこう まさひと)

1979年、九州大学大学院農学研究科博士課程修了。同年、宮崎大学助手、1990年、同助教授、97年、教授を経て、2005年副学長に就任。日本生物工学会理事・企画委員長など学会の要職を歴任。2015年からは一般社団法人食の安全分析センター理事長も務める。

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