TOF型質量分析装置の高精度温度制御システムの発明

本発明は、生化学などの分野で分子や原子の重さを測る「TOF(飛行時間)型質量分析装置(MS)」に関するものです。従来のTOF-MSは、装置周辺の温度変化の影響を受けやすく、安定した測定を行うことが困難でした。装置の中の金属部品(フライトチューブ)が、周囲の温度の影響で伸縮(熱膨張/収縮)することが原因です。

従来は、フライトチューブを温めた空気のバリアで断熱し、外の温度変化から守ることで温度を一定に保つように制御していました。本発明では、「フライトチューブを断熱するのではなく、積極的に伝熱する」という発想の転換により、従来よりもフライトチューブ全体の温度を素早く均一かつ一定に安定させることが可能な真空中の高精度温度制御システムを確立しました。

本発明を搭載した質量分析装置は、高精度な測定を安定して行うことができるため、新薬開発や化成品の開発、食品安全検査などの幅広い分野で人々の生活文化の向上に貢献しています。

発明者

 

受賞に関するコメント

あらゆるユーザが容易にかつ効率的に分析できる使いやすい製品の実現を念頭に装置開発を続けて参りました。
本受賞を励みに、今後も益々社会に貢献できる技術開発に取り組んでいきたいと存じます。
開発および受賞にあたり、ご支援とご協力をいただいた皆様へ、深く御礼を申し上げます。

受賞 令和5年度 近畿地方発明表彰「文部科学大臣賞」
令和6年度 全国発明表彰「発明賞」


発明者 工藤 朋也
(株式会社島津製作所 分析計測事業部)

TOF型質量分析装置の課題

 

TOF-MSでは、真空中に置かれた「フライトチューブ」と呼ばれる金属の筒の中で、イオン化した試料を飛行させます。軽いイオンほど高速移動して、早く検出器に到達します。重さの違いでイオンの飛行時間が異なることを利用して質量分析を行います。

フライトチューブの長さが変化してしまうと、イオンの飛行時間が変わってしまい、重さを正確に測定することができなくなってしまいます。イオンが飛行するフライトチューブが一定の長さに保たれていることが重要です。

当社は、LCMS-9030で非常に高い分析性能(質量安定性)の実現を目指していました。わずか0.05℃の変化でも熱膨張/収縮してしまうフライトチューブを、いかに周囲の温度変化(外乱)から守り、伸縮させないかが課題となりました。

 

フライトチューブを高精度に温度制御する本発明

 

従来の温度制御システム

従来は、真空チャンバの外側で温めた空気を循環させてバリアを作る(断熱する)ことで、フライトチューブを外乱の温度変化から守っていました。

しかし、ヒータから遠い場所の空気は冷たく、それに伴い真空チャンバやフライトチューブの温度も下がるなど、実際は均一の温度になっていませんでした。

また、真空断熱されたフライトチューブが魔法瓶のようになっているため、フライトチューブの温度が安定するまでに長時間かかるという課題がありました。

さらに、装置内の熱源(サンプルをイオン化する部分)や装置外の熱は、空気のバリアでは防ぐことができずに、支持部材を通じてフライトチューブに伝わってしまうことが問題でした。

本発明の温度制御システム

そこで、フライトチューブを断熱するのではなく、積極的に伝熱する方向に発想を転換しました。

図のように、フライトチューブとの熱的距離が最も近い真空チャンバの最適な位置に、複数のヒータと温度センサを取り付けることにしました。真空チャンバとフライトチューブをつなぐ支持部材を通じて、ヒータの熱がフライトチューブに伝わります(①)。

また、真空チャンバ内壁面に輻射率が向上する特殊な表面処理を施すことで、赤外線(輻射熱)によってもフライトチューブを温めることができます(②)。

さらに、装置内の熱源に近い支持部材には熱伝導率が高い材料を、フライトチューブに近い支持部材には熱伝導率が低い材料を使用することで、ヒータの熱を逃さずにフライトチューブに伝え、ヒータ以外の熱をフライトチューブに伝えない工夫をしました(③)。

このように、複数のヒータとセンサの最適配置と、真空チャンバの表面処理、そして支持部材の熱伝導率の最適化によって、フライトチューブ全体の温度を素早く均一かつ一定に安定させることが可能になり、難易度の高かった真空中の高精度温度制御システムを確立しました。

本発明を搭載した質量分析装置は、設置環境によらず長時間安定した計測精度が得られるため、新薬開発や化成品の開発、食品の安全検査などの多くの分野で信頼性の高いデータ提供を実現しています。

本発明を搭載した「LCMS-9050」製品情報