ユーザーインタビュー ラミナー型レプリカ回折格子

高次高調波用分光器 ~その設計・製作に求められる回折格子の要件とは~

1980年代後半に発見された高次高調波は、93年にその発生原理が解明されて以降、新しい光技術として飛躍的な進展を遂げてきました。軟X線領域におけるコヒーレント光源としての開発に始まり、その応用範囲はアト秒光科学からさらに様々な領域に広がっています。東京大学の岩崎教授1・本山助教2らのチームは、高次高調波発生装置を分光器まで含めて自作し、先端的な研究に取り組んでいます。

1 東京大学大学院理学系研究科付属超高速強光子場科学研究センター 教授
2 東京大学大学院理学系研究科科学専攻量子化学研究室 助教
所属は取材時(2021年11月)のものです。

 

光の力を強く、短くデザインする

自然界の物質の構造や性質の多くは、これまで光によって解明されています。その光を扱う技術が近年急速に発展してきました。1990年代後半から実用化された高次高調波は、高強度なフェムト秒レーザーパルスを、希ガスなどの気体中に集光した際に発生する光であり、入射レーザー光の奇数倍の光子エネルギーを持ちます。例えば波長800nmのフェムト秒レーザーパルスを用いた場合、25次高調波として波長32nmの極端紫外光が発生します。
「我々の研究室では高次高調波、すなわち強く・短くデザインされた光と物質の相互作用をテーマに研究を進めています」と、岩崎教授は研究概要を説明します。
高次高調波は、コヒーレンス性、短波長性、短パルス性などに優れています。しかも実験室レベルの小型装置で発生可能であり、使いやすさの面などに大きなメリットがあります。 
凝縮された光が存在する時間幅は5~30フェムト秒レベル、この高次高調波を使った岩崎教授らの具体的な研究内容は、大きく次の3つです。
第1は光で物質の反応を誘起する反応場の構築、第2は光で極短時間を切り取る新しい分光法の開発、第3が機構理解、すなわち光と分子の相互作用の解明です。

高次高調波を活用した新たな技術開発

2019年6月、岩崎教授らのチームは高分解能時空間集光計測の新技術を開発しました。軟X線領域の高次高調波を発生させ、その光をナノメートルサイズに集光して試料に照射、これにより固体試料の微小領域で発生する光励起プロセスを、高い時間分解能で計測できるようになりました。以前からこの原理自体は知られていたものの、曲率の大きな非球面ミラーの高精度加工が難しく、思うような集光を実現できなかったのです。
「そこで新たに高精度な回転楕円ミラーを用いた集光装置を独自に開発しました。このシステムを活用すれば、半導体中の電子移動や磁性体中のスピン波の伝搬など、ナノメートルスケールで起こる超高速現象の実時間計測が可能になります」と、本山助教は期待を語ります。

図1 回転楕円ミラー i

図2 高次高調波発生装置 ii

さらに2020年5月には、フェムト秒レーザー光の高次高調波を用いた薄膜の微細加工に成功します。極端紫外域の高次高調波は、早くから微細加工の有力な光源として注目されていました。けれども極端紫外域では、そもそも集光レンズなど透過型の屈折光学素子がなかったのです。
そこで岩崎教授らのチームは、高精度な集光ミラーを用いた集光装置を独自に開発します。これを用いて近赤外域のフェムト秒レーザー光の高次高調波を、回折限界まで集光して試料に照射した結果、サブマイクロスケールでの微細加工を実現しました。

図3 サブマイクロメートル集光極端紫外光照射セットアップ:
   極端紫外域の高次高調波生成と回転楕円ミラーによるサブマイクロメートル集光 iii

 

研究目的に最適化するための装置の自作

研究室では独自に高次高調波の集光技術を開発し、超高速現象の分析や微細加工に応用しています。いずれも実験用の装置は、独自で開発したものが使われます。高次高調波の発生装置は様々なパーツから構成される中、岩崎教授らのチームは分光器まで自作します。その理由を岩崎教授は「研究用装置を自分たちで作る場合、市販品では用途に思い通りにフィットしないケースが多いのです。例えば途中に顕微鏡を組み込んだ装置を作ろうとする場合、市販の分光器はまず使えません。そのため分光器の設計から自分たちで考えて作り込むのです。分光器の製作自体は、それほど難易度が高くはありません」と語ります。
岩崎教授らの高次高調波発生装置は、実験室内で使えるコンパクトなものです。そのため比較的大きなサイズの多い市販の分光器では、うまくサイズの合わないケースがあります。
実験目的に応じて、常にベストな装置を開発、もしくは既存の装置に改良を加え続けるのが岩崎教授らのスタンスです。そして分光器を自作する際のキーパーツが回折格子です。
 

分光器用回折格子に求められる要件

分光器の分散素子には、プリズムや回折格子が使われます。それぞれ一長一短がある中で、近年は回折格子を使うケースが増えています。その理由は、回折格子の分散特性の良さにあります。さらに実験用分光器を自作する場合に、重要なのはサイズだと本山助教は強調します。
「サイズはデリケートな問題で、小さすぎてもダメだし大きすぎても使えません。斜入射で光を入れるので外形寸法や波長範囲、回折効率を綿密にチェックします。提供された回折効率データに記された回折効率などの数値を参照しながら様々な計算を行い、最も要望に近いものを絞り込んでいくのです。そんな中でたどり着いたのが、島津製作所の軟X線領域用ラミナーレプリカ回折格子でした」
ラミナー回折格子は矩形状溝からなり、一般に次の3つの特長を備えています。

  1. 軟X線領域での反射率を大きく取れる。
  2. 溝の深さで回折効率のピーク波長を制御できる。
  3. 余分な偶数次光の回折効率を抑制できる。

さらに本山助教は「高次高調波の拡がり角にマッチするサイズが揃えられている点、波長レンジを微調整したいときに最適なマウント情報を提案してもらえる点、回折効率データから検出効率や実験に要する時間を見積もれる点」などの使い勝手のよさを語ってくれました。
加えて岩崎教授らが使う軟X線領域用ラミナーレプリカ回折格子は、ホログラフィック法による迷光の少なさ、そして非球面波露光法による収差補正機能による高分解能を特長としています。
「島津製作所の製品群については、我々が使っている波長範囲のすべてがカバーされていることと、精度の良い製品が確実に手に入るなど納期も含めた入手のし易さも高く評価しています。必要な製品を継続的に入手できるのは、今後も研究を進めていく上で大きな安心感となりますね。このあたりは数多くの納入実績を持つ島津製作所だからこそ、できることなのでしょう。もちろん研究予算が限られている中では、低コストであるのもありがたい。これはレプリカならではのメリットだと思います」と岩崎教授は語ってくださいました。

軟X線領域用ラミナーレプリカ回折格子について詳しくはこちら

 

図4 ラミナーレプリカ回折格子

 

本山央人,他:回転楕円ミラーによる高次高調波集光システムの開発,2017年度精密工学会春季大会学術講演会講演論文集,961-962(2017)
H. Motoyama, A. Iwasaki, Y. Takei, T. Kume, S. Egawa, T. Sato, K. Yamanouchi, and H. Mimura, "Broadband nano-focusing of high-order harmonics in soft X-ray region with ellipsoidal mirror" Appl. Phys. Lett. 114, 241102 (2019).
ⅲ  2020年5月15日 東京大学打学院理学系研究科 プレスリリース「フェムト秒レーザー光の高次高調波によって薄膜の微細加工に成功! ― 極端紫外光の回折限界集光が拓く微細加工の最前線 ―」
https://www.s.u-tokyo.ac.jp/ja/press/2020/6853/

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