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2020年4月7日 | プレスリリース 18桁精度の可搬型光格子時計の開発に世界で初めて成功
~東京スカイツリーで一般相対性理論を検証~

1. 発表者

  • 高本 将男 理化学研究所 開拓研究本部 香取量子計測研究室 専任研究員/理化学研究所 光量子工学研究センター 時空間エンジニアリング研究チーム 専任研究員)
    牛島 一朗 東京大学大学院工学系研究科物理工学専攻 助教)
    大前 宣昭 理化学研究所 開拓研究本部 香取量子計測研究室 研究員/理化学研究所 光量子工学研究センター 時空間エンジニアリング研究チーム 研究員)
    矢萩 智裕 国土交通省 国土地理院 企画部 測量指導課長)
    小門 研亮 国土交通省 国土地理院 地理地殻活動研究センター 宇宙測地研究室主任研究官)
    真貝 寿明 大阪工業大学 情報科学部 教授)
    香取 秀俊 東京大学大学院工学系研究科物理工学専攻 教授/理化学研究所 光量子工学研究センター 時空間エンジニアリング研究チーム チームリーダー/理化学研究所 開拓研究本部 香取量子計測研究室 主任研究員)

     

2. 発表のポイント

  • 18桁の精度(百億年に一秒のずれに相当)をもつ可搬型光格子時計の開発に世界で初めて成功した。
  • 東京スカイツリーの地上階と展望台に設置した2台の可搬型光格子時計を使って重力赤方偏移を高精度に観測し、一般相対性理論を検証した。本研究で得られた検証精度は、従来、1万キロメートルの高低差を必要とした衛星を用いた実験に迫る。
  • 高精度な可搬型光格子時計の実験室外運転の実証は、光格子時計の社会実装に向けた大きな一歩である。今後、プレート運動や火山活動などに伴う地殻変動の監視など相対論的センシング技術の実用化が期待される。

3. 発表概要

理化学研究所の高本 将男 専任研究員と東京大学大学院工学系研究科の香取 秀俊 教授(理化学研究所 チームリーダー/主任研究員)らの共同研究グループは、島津製作所と共同で18桁精度の超高精度な可搬型光格子時計を開発しました。東京スカイツリーの地上階と地上450メートルの展望台に設置した2台の時計の進み方の違いを測定し、この結果を国土地理院が測定した標高差と比較することで、一般相対性理論を従来の衛星を使った実験に迫る精度で検証することに成功しました。原子時計を人工衛星やロケットに搭載して、宇宙空間と地表の間で約1万キロメートルの高低差をつけることで測定された従来の宇宙実験に比べて、今回開発した可搬型光格子時計を使うことで、1万倍以上少ない高低差で、同等の実験が可能になりました。
一般相対論的効果の多くは「宇宙スケール」の現象として議論されてきましたが、18桁精度の原子時計では、わずか数センチメートルの「日常的なスケール」の高さの違いで時間の遅れが観測できます。この結果、従来の技術の範疇(注)では考えられることのなかった、新たな「相対論的センシング技術」が誕生します。これまで実験室環境で実証されてきた超高精度な光格子時計の小型化・可搬化と実験室外運転の実証は、この「相対論的センシング技術」の実用化に向けた大きな突破口です。
高精度な可搬型光格子時計は、プレート運動や火山活動などによる地殻の数センチメートル精度の上下変動の監視、GNSS(全球測位衛星システム)や高感度重力計と補完的に利用できる超高精度な標高差・重力場計測システムの確立など、将来の社会基盤への実装が期待されます。
本研究は、日本学術振興会(JSPS)科研費特別推進研究(JP16H06284)および科学技術振興機構(JST)未来社会創造事業「クラウド光格子時計による時空間情報基盤の構築」(JPMJMI18A1)の一部支援を受けて行われました。
本研究成果は、2020年4月6日(英国時間)発行の英国科学誌「Nature Photonics」に掲載されます。
(注)これまで、最高性能のセシウム原子時計(16桁精度)を使っても、数日測定を続けてやっと10メートルの高低差による時間の遅れを観測できる程度でした。このため、相対論的効果で標高計測を行うことの(他の測量手法に対する)優位性を見出すことは困難でした。

4.発表内容

高精度な原子時計は、高精度に同期された時刻を必要とする高速大容量通信や衛星測位など現代社会の基幹技術です。現在、セシウム原子時計によって国際単位系の1秒が定義され、5千万年に1秒のずれに相当する精度が実現されています。この精度を100倍以上改善する光格子時計(注1)(図1)は、次世代の「秒」の定義の有力候補として注目され、世界中で研究が進んでいます。その精度はおよそ百億年に一秒のずれ(18桁の精度(注2))に相当します。
このような高精度な原子時計では、地上でわずか数センチメートルの高さの違いで、アインシュタインの一般相対性理論(注3)から導かれる時間の遅れによる周波数の変化「重力赤方偏移」効果(注4)が観測可能になります。時計周波数の重力赤方偏移を利用した標高差の計測は、時計の新しい応用「相対論的センシング技術」として注目されています。しかし、高精度な原子時計は実験室内のみで稼働できる複雑な装置となっていました。高精度な原子時計の小型化・可搬化と実験室外でも安定に動作できる堅牢化は、「相対論的センシング技術」の実用化の課題となっていました。
研究グループは、実験室で使用していた大型光学定盤上のレーザー装置を含む光学系を集約し、制御系を含めてボックス化しました。それにより、実験室環境で実現した時計の精度を劣化させることなく、システムの小型化・可搬化を実現し、実験室外の環境でも18桁精度を実現できるような可搬型ストロンチウム光格子時計を開発しました(図2)。また、長時間安定に動作できるように合計17台のレーザー装置の周波数制御の自動化を図り、かつインターネット経由で遠隔操作が可能なシステムを構築しました。
研究グループは、可搬型光格子時計を東京スカイツリーの地上階と展望台の2か所に設置し、約450メートルの標高差を与えました。これらの2台の光格子時計の周波数差を測定することで、重力赤方偏移を求めました。この一方、GNSS測量、水準測量、レーザー測距などによる標高差測定と相対重力計による重力測定を組み合わせることで、2台の時計のおかれた地点間の重力ポテンシャル差(単位質量あたりの位置エネルギー差)を求めました。こうして求めた重力赤方偏移と重力ポテンシャル差を比較することで、一般相対性理論の検証実験を行いました。
図3に実験の概要を示します。原子の共鳴スペクトルが、450メートル標高差でおよそ21ヘルツ分ずれていることが観測されました。それぞれの時計で、スペクトルのピークに常に共鳴するようにレーザー周波数を制御し、共鳴周波数の差を数日にわたって平均化することで、高精度に時計の周波数差Δνを計測しました。およそ1週間の平均化によって、展望台の時計が地上階の時計よりも相対周波数がΔν/ν=(49,337.8±4.3)×10-18だけ高い(時間が早く進んでいる)ことが計測されました[図4(b)]。その後、2台の時計を理化学研究所に持ち帰り、同じ高さに設置して測定した結果、相対周波数差は(-0.3±4.7)×10-18、つまり、計測に使った時計は18桁の精度で一致していることが検証されました[図4(c)]。
一方、2台の時計の標高差Δhを、GNSS測量及び水準測量とレーザー測距の2つの方法で測定するとともに、相対重力計を使って重力加速度gを測定しました。この結果から、2台の時計の重力ポテンシャル差gΔh/c2=(49,337.1±1.4)×10-18を得ました。
一般相対論によれば、重力赤方偏移は、重力ポテンシャル差に等しくなります(注5)。時計で得られた重力赤方偏移と、従来の測定手法によって得られた重力ポテンシャル差を比較することで、この予言を(1.4±9.1)×10-5の精度で検証しました。この成果は、およそ1万キロメートルの高低差を利用するロケット/人工衛星を使った相対論検証実験に迫る精度です。従来よりも1万倍高精度な原子時計を使うことで、宇宙実験に比べて1万倍以上少ない高低差で、同等の実験が可能になりました。
このような高精度な可搬型光格子時計を使えば、GNSS測量では検出が困難な数センチメートル精度のプレート運動や火山活動による地殻の上下変動の監視や、数時間から数年という時間スケール(注6)で起こる地殻変動(標高変化)を精密に観測できるようになります。また、GNSSや高感度重力計と補完的に利用できる超高精度な標高差計測・測位システムの確立や、地下資源探査、地下空洞、マグマ溜まりの検出など、光格子時計は将来の社会基盤となる可能性を秘めています。今後、光格子時計の実用化に向けて、さらなる時計の小型化、可搬化が加速され、新たな測地技術への応用が期待されます。

 

5.発表雑誌

雑誌名:「Nature Photonics」
論文タイトル:Test of General Relativity by a Pair of Transportable Optical Lattice Clocks
著者:Masao Takamoto[1,2], Ichiro Ushijima[3], Noriaki Ohmae[1,2], Toshihiro Yahagi[4], Kensuke Kokado[4], Hisaaki Shinkai[5] & Hidetoshi Katori[1,2,3]*
[1] Quantum Metrology Laboratory, RIKEN, Wako, Saitama 351-0198, Japan.
[2] Space-Time Engineering Research Team, RIKEN, Wako, Saitama 351-0198, Japan.
[3] Department of Applied Physics, Graduate School of Engineering, The University of Tokyo, Bunkyo-ku, Tokyo 113-8656, Japan.
[4] Geospatial Information Authority of Japan, Tsukuba, Ibaraki 305-0811, Japan.
[5] Osaka Institute of Technology, Kitayama, Hirakata, Osaka 573-0198, Japan.
DOI番号:10.1038/s41566-020-0619-8
アブストラクトURL:https://www.nature.com/articles/s41566-020-0619-8

6.用語解説

注1)光格子時計
2001年、香取 秀俊 東京大学 大学院工学系研究科 准教授(当時)が考案した次世代の原子時計。まず、「魔法波長」と呼ばれる特別な波長のレーザー光を干渉させて作った微小空間(光格子、図1)に、レーザー冷却された原子を1つずつ捕獲し、原子同士の相互作用が起きないようにします。次に、これらの原子にレーザー光を当て、光を吸収する「原子の振り子」の振動数を精密に測定します。この光の振動を数えて、1秒の長さを決めます。光格子全体には多数の原子を捕獲できるので、それらの「原子の振り子」の振動数を一度に測定して平均をとることで、短時間で時間を決めることができます。

注2)18桁の精度
時計の精度は、ある時間経過した後の時間のずれで評価します。例えば、月差10秒の腕時計なら、(10秒)/(ひと月はおよそ2,600,000秒)から計算される、およそ4×10-6が時計の精度です。これを指数の数字を取って、6桁の精度の時計といいます。18桁の精度は、およそ百億年の間測定するとやっと1秒ずれる精度です。このような時計の精度は、時計の振り子の振動数の精度で決まります。

注3)一般相対性理論
アルベルト・アインシュタインによって築かれた現代物理の基本理論の1つです。物質のまわりに生じた時・空間のひずみとして重力場を表現します。重力の強いところでは時間はゆっくり流れることも一般相対論から導かれることの1つです。

注4)重力赤方偏移
重力が強いほど時間の進み方が遅くなるという現象。重力場中での光の波長が伸びる(低い周波数にシフトする)ことから「赤方偏移」と呼ばれています。重力赤方偏移の検証は、異なる慣性系間での実験を比較することを意味しており、「重力場中の実験と等加速度運動する系での実験は区別できない」とするアインシュタインの等価原理を検証することに相当します。この等価原理が破れていると、一般相対性理論の出発点が危ぶまれることになります。本研究では、その意味で「一般相対性理論の検証」という言い方をしています。

注5)今回の実験のように重力ポテンシャル差が十分小さいとき、極めていい近似になります。

注6)数時間から数年(以上)という時間スケールでセンチメートル精度の計測が可能なことも、光格子時計を使う相対論的センシング技術の特長です。光格子時計では多数の原子を使うことで(注1)短時間(数時間)で高精度な標高計測ができます。この一方、原子時計の刻む時間は不変であることから、長期(数年、それ以上)の計測の安定性が保証されます。このように、数時間から数年(以上)という時間スケールでセンチメートル精度が維持されることは、従来の水準測量や、GNSS測量にはない特長です。

 

7.添付資料

図1    光格子時計の模式図

図1    光格子時計の模式図

原子(球状)がレーザー光の干渉で作られた微小空間(光格子(卵パック状))の中に捕獲されている。光格子は魔法波長と名づけられた特別なレーザー波長で構成されている。原子の基底・励起状態は、光格子レーザーによって同じ大きさのエネルギーシフトを受けるため、光電場中にあるにもかかわらず、原子の振り子の振動数が変化しない。

 

 

図2    開発した2台の可搬型光格子時計

図2    開発した2台の可搬型光格子時計

開発した2台の可搬型光格子時計。レーザー冷却されたストロンチウム原子を光格子中に捕獲し、低温に冷却した恒温槽の中で時計遷移を高精度に分光する。時計分光用真空槽、レーザーボックス2台、レーザー分配器からなる。時計分光用真空槽は、磁気遮蔽シールド内に構築されており、設置場所での環境磁場ノイズを除去できるようになっている。それぞれの時計は、レーザー分配器で分岐された光ファイバーでつながれており、時計分光、狭線幅冷却、光格子用のレーザー周波数を共有できるようになっている。レーザーボックスの上部には光学系、下部はレーザー電源、制御系のシステムが搭載されている。

 

 

図3 東京スカイツリーでの一般相対論検証実験の概要

図3 東京スカイツリーでの一般相対論検証実験の概要

地上階と展望台に設置した2台の可搬型光格子時計を光ファイバーでつなぎ、時計遷移の周波数比較を行う。一方、2台の時計の標高差を従来の測量手法(GNSS測量およびレーザー測距)によって計測する。時計遷移を分光して得られたスペクトルでは、標高差450メートルに相当する約21ヘルツの周波数シフトが観測された。

 

 

図4 東京スカイツリーに設置した2台の時計の標高差および周波数差の測定結果
 
図4 東京スカイツリーに設置した2台の時計の標高差および周波数差の測定結果

(a) 時計比較、GNSS測量、レーザー測距によって得られた重力ポテンシャル差。各々のデータが誤差内で整合していることが示された。
(b) 地上階と展望台に設置した2台の光格子時計の重力赤方偏移。
(c) 同じ高さに設置した2台の時計の周波数差。2台の時計が18桁精度で一致していることが示された。