新着情報

2020年10月9日 | 新着情報 論文紹介:アルツハイマー病の前臨床期における認知機能低下と血漿Aβバイオマーカー値の関連性を発見

オーストラリアのAustralian Imaging, Biomarkers and Lifestyle (AIBL)、国立長寿医療研究センター(NCGG)と当研究所からなる研究グループは、認知機能正常の高齢者を被験者としたコホート研究を実施し、研究グループが開発した免疫沈降-質量分析(IP-MS)法により測定された血漿アミロイドβ(Aβ)バイオマーカーと認知機能低下との間に有意な関係が見られることを発見しました。
これまでに血液中のAβと認知機能の変化との関連性は示されておらず、本研究結果はアルツハイマー病の高リスク者を特定するのに血漿Aβバイオマーカーが有用である可能性を示しています。
本研究成果はJournal of Alzheimer’s Diseaseに9月29日に掲載されました。

研究の概要

アルツハイマー病は、脳へのAβ異常蓄積という病理学的変化と、進行性の認知機能低下という臨床症状を特徴とします。脳のアミロイド蓄積は、アミロイドPET画像と脳脊髄液アミロイド検査によって、アルツハイマー病発症の数十年前からはじまることがわかっています。このいわゆる前臨床期はアルツハイマー病の病態を研究するうえで貴重かつ重要な期間ですが、アミロイドPETは検査費用が高く、脳脊髄液検査は侵襲性が高いことから、認知機能正常の高齢者を対象に行うことは限定的です。
近年、著者らはIP-MS法で測定した血漿中のAPP669-711/Aβ1-42比とAβ1-40/Aβ1-42比を組み合わせた血漿Aβ Composite Biomarker(ここでは血漿Aβバイオマーカーと呼びます)を開発しました。このバイオマーカーは、PET検査に基づく脳アミロイド蓄積の有無に関する精度が約90%、感度特異度を表すROC解析においてはAUC=94~96%と高い値が示されました[文献1]。
本論文の研究では血漿Aβバイオマーカーとアルツハイマー病の臨床症状である認知機能低下との関連性を調べることを目的としました。

AIBLとNCGGの独立したコホート研究から、合計213名の認知機能正常の高齢者に対して、アミロイドPET検査と採血を行いました。さらに各被験者に対して、神経心理テストを1.5年間隔で5回(AIBL)、または1年間隔で4回(NCGG)実施し、「エピソード記憶」、「実行機能」、「言語機能」、「注意機能」についてスコア化しました。採血した血液は血漿化され、MALDI-TOFMSを用いたIP-MS法による血漿Aβバイオマーカー測定を当研究所で行いました。そしてアミロイドPETによる脳のAβ蓄積レベルおよび血漿Aβバイオマーカー値と、各認知機能スコアの変化との関連性を調べました。
その結果、IP-MS法で測定された血漿Aβバイオマーカー値は、「エピソード記憶」および「実行機能」の低下と有意な関連性を示し、その影響の大きさはアミロイドPETによる脳のAβ蓄積レベルと「エピソード記憶」および「実行機能」低下の関連性と同等であることがわかりました。
この結果はIP-MSによる血漿Aβバイオマーカーがアルツハイマー病の高リスク者の特定や、臨床症状の進行を予測するのに有用である可能性を示唆しています。

図1

図1)血漿Aβバイオマーカー値がポジティブなグループ(赤のライン)は、エピソード記憶(A)、実行機能(B)の低下の速さと関連性があり、言語機能(C)、注意機能(D)では関連性が見られなかった。(グレーの影は95%信頼区間を示している)(本論文より引用)

図2

図2)アミロイドPETによる脳のAβ蓄積がポジティブなグループ(赤のライン)は、エピソード記憶(A)、実行機能(B)および言語機能(C)の低下の速さと関連性があり、注意機能(D)では関連性が見られなかった。(グレーの影は95%信頼区間を示している)(本論文より引用)

発表誌:

Yen Ying Lim, Paul Maruff, Naoki Kaneko, James Doecke, Christopher Fowler, Victor L. Villemagne, Takashi Kato, Christopher C. Rowe, Yutaka Arahata, Shinichi Iwamoto, Kengo Ito, Koichi Tanaka, Katsuhiko Yanagisawa, Colin L. Masters, Akinori Nakamura
"Plasma Amyloid-β Biomarker Associated with Cognitive Decline in Preclinical Alzheimer’s Disease"
Journal of Alzheimer's Disease, 77, 3, 1057-1065, 2020
DOI: 10.3233/JAD-200475

 

【参考文献】

1) Akinori Nakamura, Naoki Kaneko, Victor L. Villemagne, Takashi Kato, James Doecke, Vincent Doré, Chris Fowler, Qiao-Xin Li, Ralph Martins, Christopher Rowe, Taisuke Tomita, Katsumi Matsuzaki, Kenji Ishii, Kazunari Ishii, Yutaka Arahata, Shinichi Iwamoto, Kengo Ito, Koichi Tanaka, Colin L. Masters, Katsuhiko Yanagisawa
"High performance plasma amyloid-β biomarkers for Alzheimer's disease"
Nature, 554, 249-254, 2018
DOI: 10.1038/nature25456