技術コラム

質量分析とは?

岩本 慎一

質量分析は、分子1個当たりの質量を測る技術です。分子の質量とは、化学で習う分子量とほぼ同じ意味です。

例えば、空気を質量分析すると何がわかるのでしょうか?

質量分析のデータには、窒素(分子量28)、酸素(分子量32)、二酸化炭素(分子量44)等の空気の成分が一度に検出されます。質量分析は分子の質量を教えてくれるだけですが、試料である空気から質量28、32、44の分子が検出されれば、それらがN₂、O₂、CO₂にあたることは容易に推定できるでしょう。

質量分析とは

このように質量分析は、分子の質量を測ることで試料中の成分を推定できる優れモノの分析技術なのです。

では質量分析はどのように行われているのでしょうか?

質量分析は、「イオン化」「質量分離」「検出」という3つの基本要素から構成されます。

イオン化とは分子に何らかの方法で電荷を持たせ、気体状態のイオンにすることをいいます。生成したイオンは質量と電荷の比である質量電荷比という物理量を持つことになります。

つづく質量分離では、イオンを真空容器内で電場や磁場によって分けることができます。イオンは電荷を持つため真空中の電場や磁場によって運動し、その運動の様子は質量電荷比によって決まります。

質量分離部で分けられたイオンは電子増倍管などによって検出され、観察可能な信号に変換されます。

ここで重要なことは、真空中の電場や磁場によるイオンの運動は、元の分子の化学的性質には全く関係なく、質量電荷比によってのみ決まるということです。つまり、電場・磁場をうまく設定することによって、注目しているイオンの質量電荷比を計測したり、あるいは特定の質量電荷比を持つイオンだけを選択的に検出したりすることが可能になるのです。

 

そしてノーベル賞へ

さて質量分析はおよそ100年前、英国で誕生しました。当時の質量分析計では、希ガスのネオンを真空管内で放電させることでイオン化し、生成したイオンを電位差によって加速、さらに磁場によって軌道を曲げることでネオン²⁰Ne(質量20)とその同位体である²²Ne(質量22)に質量分離し、写真乾板に焼き付けることで検出しました。現在の質量分析計は、当時とくらべものにならないくらい高度に洗練されていますが、3つの基本要素で構成されている点は変わっていません。

2002年にはJohn B. Fenn博士、Koichi Tanaka氏の2人の質量分析研究者がノーベル化学賞を受賞しました。授賞理由は『生体高分子の同定および構造解析のための手法の開発』です。1980年代、FennとTanakaはそれぞれ、エレクトロスプレーイオン化法(ESI)とソフトレーザー脱離イオン化法(SLD)を開発し、それによってタンパク質の質量分析が可能になりました。Tanakaの開発した技術は、マトリックス支援レーザー脱離イオン化(MALDI)質量分析へとつながっています。現在、バイオマーカー研究において広く行われているタンパク質の網羅解析「プロテオミクス」において質量分析計は必要不可欠なツールと言われています。しかしそれも、ESIとMALDIといったイオン化技術の誕生なしには考えられません。

革新的なイオン化技術は、分析科学のカバー領域を劇的に拡大する可能性を秘めているのです。

質量分析とは

 

 

本コラムはLinkedInで2020年4月に掲載したものです。所属・肩書は掲載当時のものです。

岩本 慎一(いわもと・しんいち)

田中耕一記念質量分析研究所 副所長、博士(学術)。
1991年、株式会社島津製作所に入社。生体計測の研究開発チームにて、近赤外脳機能計測装置の開発や応用研究を行う。2003年の田中耕一記念質量分析研究所設立と同時に異動し、主にMALDI-MSの要素技術開発、応用研究開発に携わる。2014年、田中耕一記念質量分析研究所 副所長就任。現在の研究テーマは新しい質量分析装置に関する要素技術開発、微生物分析の手法開発、がんやアルツハイマー病の疾患バイオマーカーに関する研究開発など。

田中耕一記念質量分析研究所