技術コラム

N-結合型糖鎖のMALDI-MS分析に有用な液体マトリックス

岩本 慎一

液体マトリックスは真空条件下でも液状の性質を維持するマトリックスです。固体マトリックスに比べると均質性の高いマトリックス-サンプル混合液滴を形成し、よりソフトなイオン化を実現します。

一般に、液体マトリックスは塩基性アミンと酸性化合物(例えば従来のマトリックスCHCA)を混合して作られます。

当研究所では、MALDIをより高感度でソフトなイオン化にするため、液体マトリックスの研究と開発を行ってきました。

Fukuyamaは、TMGとCAを混合してG3CAを開発しました。マトリックスにG3CAを用いて、硫酸化糖鎖やシアル酸糖鎖をMALDI-MS分析すると、2,5-DHBを用いた場合よりも試料分子の分解が少なく、S/N比が良好なマススペクトルが得られました[1]。

3-AQ/CHCAは当研究所の発明ではありませんが、広く使用されている液体マトリックスです。

Kaneshiroは、3-AQ/CHCAがMALDI試料プレート上でN-グリカンの還元末端を3-AQで誘導体化することを発見し、これを分析法として確立させました。3-AQで誘導体化されたN-結合型糖鎖は、固体マトリックス2,5-DHBを使用した場合よりも高感度で検出されました[2]。

また、FukuyamaはCHCAの代わりにCAを3-AQと混合して、3-AQ/CAを開発しました。3-AQ/CAは、3-AQ/CHCAと同様にN-結合型糖鎖の3-AQ誘導体化を示し、よりソフトなイオン化を実現しました[3]。

[Abbreviations]
2,5-DHB: 2,5-dihydroxybenzoic acid, G3CA: 1,1,3,3-tetramethylguanidinium (TMG,G) salt of p-coumaric acid (CA), 3-AQ/CHCA: 3-aminoquinoline/α-cyano-4-hydroxycinnamic acid, 3-AQ/CA: 3-aminoquinoline/ p-coumaric acid.

[Reference information]
[1] Fukuyama Y, Nakaya S, Yamazaki Y, Tanaka K : Ionic liquid matrixes optimized for MALDI-MS of sulfated/sialylated/neutral oligosaccharides and glycopeptides. Anal Chem 80:2171–2179. 2008. https://doi.org/10.1021/ac7021986

[2] Kaneshiro K, Fukuyama Y, Iwamoto S, Sekiya S, Tanaka K : Highly sensitive MALDI analyses of glycans by a new aminoquinolinelabeling method using 3‐aminoquinoline/α‐cyano‐4‐hydroxycinnamic acid liquid matrix. Anal Chem 83: 3663–3667. 2011. https://doi.org/10.1021/ac103203v

[3] Fukuyama Y, Funakoshi N, Takeyama K, Hioki Y, Nishikaze T, Kaneshiro K, Kawabata S, Iwamoto S, Tanaka K: 3-Aminoquinoline/p-Coumaric Acid as a MALDI Matrix for Glycopeptides, Carbohydrates, and Phosphopeptides. Anal Chem 86: 1937-1942. 2014. https://doi.org/10.1021/ac4037087

 

N-結合型糖鎖のMALDI-MS分析に有用な液体マトリックス

 

本コラムはLinkedInで2020年10月に掲載したものです。所属・肩書は掲載当時のものです。

岩本 慎一(いわもと・しんいち)

田中耕一記念質量分析研究所 副所長、博士(学術)。
1991年、株式会社島津製作所に入社。生体計測の研究開発チームにて、近赤外脳機能計測装置の開発や応用研究を行う。2003年の田中耕一記念質量分析研究所設立と同時に異動し、主にMALDI-MSの要素技術開発、応用研究開発に携わる。2014年、田中耕一記念質量分析研究所 副所長就任。現在の研究テーマは新しい質量分析装置に関する要素技術開発、微生物分析の手法開発、がんやアルツハイマー病の疾患バイオマーカーに関する研究開発など。

田中耕一記念質量分析研究所