「タイ・科学技術立国」への道のり

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古代遺跡やビーチ、スパイスやハーブの効いた料理。タイは訪れた旅行者の心をつかんで離さない。観光業はもちろん農業も盛んで、世界有数のコメ輸出大国という顔も持つ。そんなタイは今、科学技術の向上に力を入れている。タイ国立科学技術開発庁(NSTDA)が目指すのは、国内産業の研究開発を活性化し、内外の科学者にとって魅力ある国にするという科学技術立国だ。

「新たなイノベーションへの投資に加え、イノベーション自体を創出する。それがGDPや経済競争力、テクノロジーを向上させるのです」
タイ国立科学技術開発庁(NSTDA)長官、Narong Sirilertworakul博士のビジョンは明確だ。

1991年、タイ政府は、国内の各研究機関に散在するナレッジの集約を目指して、NSTDAを創設した。生物科学やナノ科学、素材、電子工学・エネルギーを専門とする複数の科学研究機関がその傘下に入った。
「NSTDAのもとに各研究機関を統合して、5つの研究の柱ができたわけです。研究者たちが垣根を越えて協働し、国のニーズに応えるソリューションを生み出す。それが私の狙いでした」。

国のニーズとは、タイ製品に付加価値をもたらすことだ。タイの経済の大半は天然資源に依存している。輸出経済となるとその依存度はさらに高まる。だが、輸出産業は必ずしもうまく機能できているとはいえなかった。

「農業輸出品の主力であるコメやゴムに、私たちは何の付加価値もつけずに売っているのです」とNarong博士は言う。

だが、何も手を加えていないということは、少しの改善でも大きな付加価値を生み出す可能性があるということでもある。

「スターチ(トウモロコシ由来のデンプン)を例にとってみましょう。スターチそのものは、非常に安価です。しかし、科学を応用すれば食品添加物のほか、環境負荷の少ない生分解性パッケージや建材、医薬品などの原料となり、飛躍的に付加価値が高められるのです」。

もちろんこうした好循環を生むには投資が必要だ。タイは2018年から2021年にかけて科学に対する支出をGDPの1%から1.5%に増やそうとしている。目標の達成には民間企業の協力が不可欠だが、「まずタイ政府が積極的に取り組む姿勢を見せる必要がある」とNarong博士は言う。

「私たちがインフラに投資して企業をサポートする。そうすれば、彼らは研究開発に再投資して革新的な製品を生み出せるようになるでしょう。もっとも、そのためには国外の研究者とも連携する必要があります。そのためにもNSTDAを国外の研究者にもっと知ってもらいたいと考えています」

NSTDA

タイの産業を支える分析試験サービス

そのためのプロジェクトの一つが、2015年に開設されたNSTDA特性評価試験サービスセンター(NCTC)だ。同センターは、物性評価や化学分析などの幅広い分析試験サービスを提供している。ラボには、島津製作所の液体クロマトグラフ質量分析装置(LC-MS)、ガスクロマトグラフ質量分析装置(GC-MS)、ICP(誘導結合プラズマ)質量分析装置(ICP-MS)、イメージング質量分析装置(IMS)、X線光電子分光分析装置(XPS)など、幅広い種類の機器が並ぶ。

NSTDA特性評価試験サービスセンター(NCTC)

島津製作所は同センターに装置を供給するだけではない。
「島津は、分析科学の技術やノウハウを共有し、NCTCの職員がテクノロジーの専門家になれるようサポートしてくれています。科学技術の習得はタイの産業発展において非常に重要な役割を果たします」(Natthaphon Wuttiphan NCTC所長)

両者のパートナーシップの結果は、数字に表れている。2015年、NCTCが受託した試験サービスの顧客数はわずか8件だったが、今や顧客数は600件、2019年のサービス件数は4,000件を数えるまでになっている。

「初年度の職員数は2人でした。1人がラボで分析業務に従事する専門スタッフで、もう1人が私自身です。2年目は5人に。それ以降は毎年5~10人ずつ増え、今では43人の職員がいます。今後5年間でこれを100人まで増やしたいと思っています」とNatthaphon所長は顔を輝かせる。

NCTCと島津製作所のパートナーシップはこれにとどまらない。タイ産業界の科学者に分析装置とその応用例に関する知見を深めてもらうため、共同で1dayセミナーを開催。好評を得てシリーズ企画となり、これまでに300人もの参加者を集めている。

「セミナー参加者はNCTCで私たちが使用している装置を実際に見て、手を触れることもできるのです」

科学者の国際ネットワーク構築を

島津製作所はNCTCへの装置提供だけでなく、科学者や研究者の国際ネットワーク構築をも手助けしている。時には、島津製作所との共同研究者をセミナー講師として招くこともある。2019年8月にはイメージング質量分析をテーマに大阪大学の新間秀一博士、同年11月には機能性食品をテーマに国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構(NARO)の山本(前田)万里博士なども登壇した。

Narong博士の目下の悩みは、タイ国内の科学者の少なさだ。現在、タイにおける科学者の数は、10,000人あたり17.5人だと言う。博士はこの数を、今後数年で25人まで増加させたいと考えており、NSTDAスタッフの10%を海外からの人材で占めたい、と語る。最先端の装置や企業とのコラボレーションは、研究そのものを促進するだけでなく、科学分野にさらに多くの人材を呼び込む力にもなるだろうと博士は見る。

まず狙いをつけているのが、カンボジア、ミャンマー、ラオス、ベトナムなどの近隣諸国である。「こうした国からは、多くの研究者がMD/PhD取得のためにタイを訪れています。NSTDAとしては、MD/PhDを取得した彼らが研究員として滞在を延長することを願っています。タイに長期滞在していた人々が自国に帰っていけば、国際ネットワークの拡大につながります」とNarong博士は期待をのぞかせる。

タイは世界第6位の天然生物多様性を誇り、15,000以上の植物種が存在する。前述の近隣諸国だけでなく、世界から多くの科学者がフィールドワークのためにタイを訪れているが、NCTCの研究施設を使えるとなれば、滞在の延長を考える研究者も増えるだろう。

「我々には、大きな目標があります。それは、タイの人々の生活の質を向上させること。タイの豊富な天然資源という強みに加え、島津製作所の分析科学のノウハウと幅広い機器があれば、その達成に近づけるに違いありません」(Narong博士)。

(写真左から)Narong Sirilertworakul博士(NSTDA長官), Natthaphon Wuttiphan NCTC所長
(写真左から)Narong Sirilertworakul博士(NSTDA長官), Natthaphon Wuttiphan NCTC所長
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株式会社 島津製作所 コミュニケーション誌