VOL.54 表紙ストーリー

VOL.54表紙
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「蒸気機関の父は?」との問いにジェームズ・ワットを思い浮かべる人は多いと思いますが、その称号を与えられたのが発明者のトーマス・ニューコメンではなく、ワットだったのはなぜでしょうか。

18世紀初頭、英国では家庭用燃料として石炭の需要が急増していました。炭鉱では坑道の湧水が問題となり、汲み上げにはニューコメンによって発明されたばかりの蒸気式ポンプも使われていましたが、普及にはほど遠く、従来の馬による汲み上げが圧倒的な支持を得ていました。

ワットは蒸気式ポンプの熱損失問題を解決し、ポンプの効率化を実現しました。しかし普及のカギはほかにあったのです。馬が1分間に1フィート(約30センチ)持ち上げる水量の平均(33,000ポンド=約14,969キログラム)の仕事量を「1馬力」と定義し、「自らのポンプは馬10頭以上にも相当する。飼葉も要らず、石炭で休みなく働く!」とアピールし、評判の馬と競い合いのデモンストレーションまで行いました。「馬力」という新しくキャッチーな単位は瞬く間に市民権を得て蒸気式ポンプはシェアを拡大していきました。

誰かに話したくなるフレーズや口ずさみたくなるメロディ、ジョーク、ファッション……。人から人へと模倣されやすいものを「ミーム(meme)」(模倣子)と呼びます。これは、1976年に出版された『The Selfish Gene(利己的な遺伝子)』の中で英国の進化生物学者リチャード・ドーキンスによって命名されたものです。

生存と進化を支える生まれつきの行動や欲求などの形質を、親から子へと複製・伝達する単位「遺伝子(gene)」。対してミームは、後天的に親や社会から評価され、媒介者を通じて模倣と変異を繰り返しながら、ウイルスのように伝達・拡散される習慣やアイデア、情報といった文化的要素の単位として定義されました。

ドーキンスは、どちらもそれぞれの複製・存続という観点から人間や文化の進化を理解する上で極めて重要な要素であると主張しています。

しかし、ミームという新しい単語はその意味に反して「誰もが知る」ほどには拡散されませんでした。氷河に閉ざされたように眠っていたその言葉が目を覚ますことになったきっかけは、インターネット時代の到来でした。1993年、米国の弁護士兼作家マイク・ゴドウィンが『Wired』誌において、オンラインコミュニティ上でアイデアやフレーズが急速に複製・拡散される様子を「インターネット・ミーム」と呼んだことでふたたび注目され始めます。インターネットの普及とともに、ジョークやパロディ、リミックスなど遊び心あふれる画像や動画の意図的な改変が盛り上がり、加速度を増していきます。2008年にはそれらを記録・解説するWebサイト「Know Your Meme」が誕生。ミームは、より純粋な模倣・変異・拡散に特化したポップカルチャーに形を変えて爆発的に世界中に広がりました。

ドーキンスが「媒介者の存在が必要でウイルスのように模倣され変異する」と定義した「ミーム」自体が、数十年のときを経て見事にミーム化されたのです。

新しく生まれてくるもの。掘り当てられるもの。さて、つぎはどんなミームが世間を賑わすのでしょうか。

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