VOL.45 表紙ストーリー

VOL.45表紙
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テーブルの上に黄色く熟したバナナがあれば、食べたことのある幼い子どもの目には「甘く・おいしく・食べられる」と知覚されます。そのバナナに手が届かないとき、もし「分厚い本」が目に入れば、格好の踏み台として映るでしょう。

「物や環境は、元から持っているさまざまな“可能性(使い方や振る舞い方)”を提供(アフォード)しており、人や動物は視覚をはじめとする全ての感覚情報をもとに、提供された使い方や振る舞い方をピックアップして行動している」。アフォーダンスとよばれるこの概念をもとに、人が物から受け取る“可能性”を示唆する手がかりの重要性を説いた米国の認知学者D・ノーマンは、この手がかりをシグニファイアと名付けました。

メーカーや国によって水栓ノブは形状が違いますが、たいていの場合、ひねったり上げ下げすれば水を出すことができます。ドアやドアノブも形状を見て、押す・引く・スライドのアクションを起こすことができます。

しかし私たちは、生活の中でシグニファイアを受け取り、蓄積し、日々アップデートしているため、従来の情報とかけはなれたデザインや表示には、戸惑いを覚えたり、誤解や誤操作といったミスリードにつながったりすることがあります。たとえば、もしも機械のON/OFFボタンが同じ色で表示されていたり、赤いONボタンと黒いOFFボタンだったら、緊急時に間違えず、とっさに黒いOFFボタンで機械を止めることができるでしょうか。

シグニファイアは、暗黙の了解が前提となるような共有性の高い集団(地域や国、組織、年代)のなかでしか通じない、合図や表示が原因で機能しないこともあります。カナダから日本を訪れた記者が、コンビニのおにぎりの包装をうまく開けられず、「助けてください」とSNSで発信したことが話題となりました。パッケージにはガイドとなる番号や開け方の図解もわかりやすく掲載されています。それでも日本市場に特化し、試行錯誤の末に出来上がった包装は、特殊さも手伝って、経験のないカナダの記者にはシグニファイアが機能しなかったのかもしれません。

もしあなたが、誰にも見られたくない淡い思い出の保管場所に「分厚い洋書」を選ぶならおすすめできません。現代のカジュアルな書斎に置かれた重厚な「洋書」自身が、スパイ小説ファンや名探偵でなくとも「なにかの隠し場所」のシグニファイアとして機能しているからです。そして、本に挟まれた「古い手紙」からは「読むべきではない」というアフォードのほかに「破りすてることができる」が提供されることも忘れてはいけません。

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株式会社 島津製作所 コミュニケーション誌