シリーズあしたのヒント教育評論家 親野智可等氏が語る、チームビルディングに有効な“褒めの力”

  • LinkedIn

「褒めることが苦手」と嘆くマネージャーは少なくない。
褒めることは、人の成長にどんな効果をもたらすのか、チームビルディングに有効なのか。
その有用性について発信し続けている教育評論家に聞いた。

褒めることで生産性が高まる

褒めることは人の成長に大きく影響する。教師として長年教育現場に身を置き、現在は教育評論家として活動している親野智可等さんは自信を持って語る。

「教育現場で伸びていく子は、家でよく褒められていることが多いのです。褒められていると『自分はできる』という自己肯定イメージを持つので、何か壁があってもチャレンジできます。そして『できる』と思って取り組むと、本当にできるようになるものです。逆に否定的な言葉を投げかけられていると『自分なんかどうせダメだ』となってしまい、能力があってもチャレンジをしなくなって、結果、成長できないんですね」

もっとも、かつての日本社会は、仕事の現場はもちろん、教育現場でも褒められることが少なく、「できないことを直す」文化、減点主義的であった。そんな“褒められない文化”で育ってきた世代にとっては、部下を持つようになったからといって、褒めて伸ばすような接し方をするのは難しいことかもしれない。

だが、そこはぜひ考えを改めてほしいと親野さんは強調する。人間は自己イメージに基づいて自分をつくっていくため、自分について肯定的なイメージを持つことは、その後の成長に大きな効果がある。そして、それは大人に対しても当てはまるという。上司から肯定的な言葉を投げかけられていれば、失敗を恐れず前向きに仕事に取り組めるようになるはずだ。

親野 智可等

「褒めることは心身ともに健康で満たされた状態を表すウェルビーイングにつながります。そして幸福度が高い状態で仕事に取り組めていると、創造性は3倍高まるといわれています。ハーバード・ビジネス・レビューに掲載された研究結果でも、生産性は31%、売上は37%高く、欠勤率は41%、離職率は59%低いということが明らかになっています」

どれもマネージャーにとっては垂涎の成果。褒めることでウェルビーイングが高まるのであれば、見逃すことはできない。また、投資家などからの企業評価にも、ウェルビーイングは強く影響している。

個人をしっかり見ることが褒めるコツでもある

褒めることに慣れておらず、褒めるのが苦手な人たちに親野さんが勧めるのは「部分的に褒める、場面で褒める、先に褒める」の三つだ。

「どんな人でも部分的に分解してみると、必ずよいところがあります。字が上手ではない子でも、偶然きれいに書けた字や、部分的にきれいに書けた部分を見つけて褒めるとできるところに目と意識がいき、字を丁寧に書けるようになります。場面の例では、いつも喧嘩している兄弟に『あなたたちは喧嘩ばかり』と叱り続けると、『自分たちは仲が悪いんだ』と思ってしまいます。でもTVを並んで観ているときに『一緒に観て仲がいいね』と小さなことでも褒めることで、『仲がいい兄弟なんだ』とよい変化が起きることがあります」

親野 智可等

三つめは、ちょっと不思議かもしれないが、実際に教育の現場で効果があるという。

「給食のシチューをうまく注ごうと苦戦している子に、たとえこぼれていても『こぼさずにできるね』と褒めると、こぼさなくなるということもよくあります。褒められると、その通りにしようという意識が強く働くようになるのです」

どのような褒め方をするにしても、大切なのは相手をよく観察すること。もし細かい部分、場面までしっかりと把握せず、単に口先だけで「うまいね」「すごいね」などと言ってしまうと、言葉を信頼してもらえず、逆効果になってしまう。

そういう意味で、世代や性別、学歴などの属性でくくって人を見ることも、その観察眼を曇らせる原因となる。親野さんは「どんな分野でも一流の指導者は一人ひとりをしっかり観察している。だからこそピンポイントで伝えることができる」と強調する。それはビジネスの世界であっても変わらない。一流の経営者やリーダーが優れた観察眼を持っていることは、よく知られた事実だ。

褒めることと共感することは人間関係のマスターキー

もう一つ、親野さんが力説するのが「共感を示す」ことだ。子どもが何か嫌な思いをしたり、相談してきた際には、何にも増してまず共感することが大切なのだという。

「まず、『そうだね』『嫌だったね』と100%受け入れ、共感することです。受け入れられた安心感で信頼関係が形成され、その後のアドバイスも届きやすくなります。ついついアドバイスを先行してしまいがちですが、話を聞いてもらえないという関係のままアドバイスだけ与えても耳に入りません」

その意味で共感と褒めることは共通しているという。自身が肯定された状態であればこそ、少し厳しいアドバイスであっても聞く耳を持ってもらえるのだ。ビジネスの場でも、「先に共感と褒めるをたっぷり。Yes, Butではなく、Yes,Yes, Butが大切」だという。

親野 智可等

さらに、「とにかく順番が大事です」と強調する。厳しい指摘を行った後に褒めても、指摘したことのフォローのように聞こえてしまう。若い頃に、叱られながら「なにくそ」という反骨心で仕事を覚えてきたような上司は、つい自分の経験と同じように部下にも接してしまいたくなるかもしれないが、叱るという行為は、相手に「自分は認められていない」という不信感を与えてしまう。この不信感を先に持ってしまうと、その後に続くアドバイスを素直に聞くことができない心理状態に陥るのだ。

そして昔から言われている「叱られ慣れたほうがよい」や「叱られて伸びる」についても、親野さんは強く否定する。

「叱られ慣れると強くなるとか、伸びるというのは迷信です。また、『この部下は叱った方が伸びる』などと勝手に思い込むのもやめた方がいいです。人の内面などわかるはずがないですし、その部下の人生に最終責任を取れるはずもないのですから」

否定的に叱られると、頭では「自分のために叱ってくれている」と理解しても、心が閉じてしまい素直に受け入れることができない。また、自己肯定感も下がるのでレジリエンス(回復力)も弱くなる。叱ることのリスクは想像以上に大きいのだ。

親野さんは、人の心を開かせる効果がある“褒めたり共感を示したり”することが「人間関係のマスターキーになる」と断言する。褒めることが苦手な職場の文化を断ち切り、ウェルビーイングの高いチームをつくり上げることこそ、現代のリーダーに求められる資質といえるだろう。

※所属・役職等は取材時のものです。

親野 智可等 親野 智可等
教育評論家親野 智可等(おやの ちから)

本名、杉山桂一。長年の教師経験をもとに、子育て、親子関係、勉強法、学力向上、家庭教育などについて具体的に発信している。全国各地の学校や幼稚園・保育園のPTA、市町村での教育講演会のほか、教員向けの研修会、オンライン講演の経験も豊富。SNSやメールマガジンでの発信も積極的に行っており、人気マンガ『ドラゴン桜』の指南役としても著名。『子育て365日 親の不安がスーッと消える言葉集』(ダイヤモンド社)など著書多数。

この記事をPDFで読む

  • LinkedIn

記事検索キーワード

株式会社 島津製作所 コミュニケーション誌