持続可能な社会への切り札に
ナノレベルの触媒技術で世界を変える研究者

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触媒は、不思議だ。それ自身は変化をせずに、ある物質を他の物質に変化させてしまう。
触媒技術により環境・エネルギー問題の抜本的な解決に挑む研究者に話を聞いた。

触媒技術のイノベーションは世界を一変させる

自身は変化せず、ある反応物の化学反応を促進し、新たな生成物を生み出す物質、それが触媒だ。

たとえば、水素と酸素を混ぜても何も起こらないが、そこに銅を入れて熱を加えると水素と酸素が反応して水が生成される。このとき、触媒となった銅は反応の前後で物質的に変化せず、何度も繰り返し使える。
触媒は持続可能な社会実現の切り札と言われる。地球や人類にとって有害な物質を減らしたり、逆に有益な物質に変えたりできる可能性があるからだ。

「落ち葉を燃料用エタノールに変換したり、CO2から美味しいお酒をつくり出したり。そんな世界が実現するかもしれません」と話すのは、大阪大学大学院基礎工学研究科の満留敬人准教授。気鋭の触媒研究者だ。

満留 敬人

満留准教授が触媒の研究を始めたのは、21世紀に入ったばかりの頃。当時、化学界では大量生産・大量消費の結果、環境問題などの弊害を引き起こした前世紀の反省から、現代のSDGsの源流でもある「グリーンケミストリー(環境に優しい化学)」が提唱され始めていた。グリーンケミストリーの12原則の一つに「触媒反応の利用」も含まれる。学生時代、グリーンケミストリーの第一人者であった金田清臣氏(現大阪大学名誉教授)と出会い、同氏の考えに心を動かされた若き満留氏は、迷わず触媒研究の道を選んだ。
「当時、世界ではまだコストや効率ばかり重視した生産活動が主流でしたが、近いうちに環境やエネルギーの危機的問題に直面する、と金田先生は予見されていました。これは研究のための研究ではなく、世界を変える研究だ、と目を開かされる思いでした」

満留准教授が注力するのは、ナノサイズ(1nm=10億分の1m)の粒子を用いた触媒技術だ。金属はナノレベルまで小さくすると、通常とはまったく異なる性質に変化する。たとえば金(Au)を、ナノサイズの粒子にすると、黄金の輝きは赤紫色に変化して触媒として働く力を帯びる。サイズや形を少し変えてやると、異なる触媒反応を起こしたり、ほかの金属との合金にすることでも、違った反応が起きたりする。

「言ってみれば宝探しです。一つの物質でも無限に近い方法を試せるわけで、これまでの研究の蓄積から得た知見や直感を頼りに、まさに手探りで研究を進めています」

世界が100年考え続けた「夢の反応」を実現

満留 敬人

満留准教授の数多い研究成果のなかでも、もっとも注目を集めている研究の一つが、「温和な条件下」でのアミド還元に世界で初めて成功したことだ。

アミドは自然界にありふれた物質だが、還元すると医薬品や電子材料などに用いられる化合物アミンとなる。そのため約100年前から世界中の研究者が水素を使ったアミド還元触媒の開発に挑んできた。だが、数少ない成功例はいずれも非常に高圧かつ高温の過酷な条件を必要とした。実用化には程遠く、「温和な条件下」での実現が切望されていた。2005年に米国大手医薬品企業などが参集したグリーンケミストリー会議では、「夢の反応」として上位の研究ターゲットに掲げられたほどだ。
「『無理に決まっている』という声が方々から聞こえてくるなかで、自分がやってやろうという気持ちでトライしました。はなから一発で夢の反応を当てる意気込みでしたが、当然ながら連戦連敗でした」
決して当てずっぽうで取り組んだわけではない。既存の研究を調べ上げて、まだ試されていない金属元素の可能性を追求し続けた。

3年ほどが経過したある日、白金とバナジウム酸化物を組み合わせた触媒で、ガスクロマトグラフの分析結果が普段とは異なる数値を示した。それまでの約3000通りの実験結果では、いずれも反応率が3%程度のいわゆる誤差の範囲内。しかし15%という結果が出たのだ。

満留 敬人

「この数値を見た瞬間、これだ!と全身から針が飛び出してくるような衝撃がありました。すぐに苦労をともにしたメンバーと研究室行きつけの居酒屋に行き、テーブルにチャート紙を置いて歓喜の乾杯をしましたね(笑)」

さらに試行錯誤を繰り返すなかで、逆転の発想が舞い降りた。これまでは下地となるバナジウムの上に白金粒子を載せていたのに対し、バナジウム自体も粒子状にして白金を覆うという手法をとり、触媒機能が発現する白金-バナジウムの界面積を最大化したのである。
この方法が当たった。数値は一気に向上し、最終的に「1気圧・70℃」という極めて温和な条件下で、99%の収率でのアミン生成に成功したのである。

研究結果を公表すると、すぐさま海外を含め数十社から問い合わせがあり、現在はある企業と実証実験を進めている。

図:満留准教授ご提供
ナノサイズの白金にバナジウム酸化物の粒子をデコレートすることで両金属の界面積を最大化し、触媒作用を最大限に引き出すことに成功した。周囲から「不可能だ」といわれる状況でも、イマジネーションを働かせて次の方法を試すことで革新的な技術を生み出し続けている。 図:満留准教授ご提供

イマジネーションが常識を覆し
より良い未来を引き寄せる

現在、満留准教授の研究室には全国から熱い視線が注がれ、数多くのプロジェクトが並行して進められている。なかでもスケールが大きいのが、鉄を触媒として活用する研究だ。自然界に豊富に存在する鉄に、潜在的に備わる未知の性質を引き出して、入手困難なレアメタルを超えることが狙いだ。
「鉄は触媒の活性が著しく低いと考えられています。まずはその常識は本当だろうかと疑うことから始め、鉄触媒のボトルネックをナノ技術で解消することで、これまでの常識を覆します」

研究室
満留准教授自身が触媒として作用する研究室には、学生たちが自ら考え、研究を推進していく自由闊達な空気にあふれていた。

満留准教授がイメージする「触媒の究極の形」は、持ち運べるサイズの化学プラントの実現だ。インターネットで触媒の入ったカートリッジを気軽に購入し、卓上型プラントで必要なものを欲しいときに生成する。
「スイッチを押すと触媒反応が始まり、身の回りにある液体や気体から、有益な燃料や食料が生まれる。私はものづくりというものが、研究室や工場だけじゃなく、日常に溶け込んでいる世界をつくりたいんです。そのために自分に何ができるのか、考え続けています」

より良い未来を想い描く想像力と、それを本気で引き寄せようとする熱量が、イノベーションを先導する。

※所属・役職は取材当時のものです。

満留 敬人 満留 敬人
大阪大学大学院基礎工学研究科 物質創成専攻 准教授満留 敬人(みつどめ たかと)

大阪大学大学院基礎工学研究科物質創成専攻化学工学分野博士後期課程修了。環境・エネルギー問題の抜本的解決につながるナノ技術やナノマテリアルの開発に取り組む。これまでに大阪大学賞、グリーン・サステイナブルケミストリー奨励賞など多くの賞を受賞している。

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