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魚の国に生まれて

折り紙博士の条理

筑波大学 大学院 システム情報系情報工学域 三谷 純 教授

コンピュータに折り紙をやらせてみたら、興味深いアートが誕生した。少年時代、熱中した紙工作が、科学の懐を深めていく。

幾何学的な美

しなやかな曲線が幾何学的に連なり、紙独特のざらつきのある質感がやわらかさを醸し出す。
インテリアのオブジェのような優美な造形は、予備知識がなかったら、これが折り紙だとは、にわかには信じられないだろう。
「誰もやっていない研究でしたから、じゃあ一つやってみるか、と」とは筑波大学システム情報系の三谷純教授。コンピュータで計算して折り紙を設計する研究を、10年にわたって続けている。
「見た目のきれいさ、美しさの基になっているのは、突き詰めていくと、シンメトリー(対称性)や規則性に行き着きます。人間は古くからこれらをいろんなデザインの中に取り込んできました。本能的にそれが美しいと感じ取っていたのかもしれませんね。そして、折り紙ともとても相性がいいんです」と笑みをこぼす。

紙工作が大好きだった

子供の頃から大の紙工作好きで、型紙をトレーシングペーパーとカーボン紙で厚紙に写し取っては、紙製の模型を組み立てていた。薄っぺらな紙が、曲げれば曲面を描き、丸めれば筒になる。それぞれの部品を組み合わせると、飛行機や船といった立体になる。その不思議さに夢中になった。
成長するとロボットに興味を抱き、大学で精密機械工学を専攻する。しかし、卒業を控え、大学院でどの研究室に進もうかと考えていた時、急速に進歩するコンピュータのソフトウェアに目を奪われた。当時のロボットは、まだ動きもおぼつかなく、基本的な処理のプログラムにも四苦八苦していた。それに比べてソフトウェアの発展はとにかく早く、「やりたいことがすぐに実現できるんじゃないかという期待があった」と振り返る。
そこで取り組んだのが設計用のソフトウェアであるCAD。テーマには、幼い頃から心を奪われてきた紙工作を選んだ。
「紙を使って作れる形とはどんなものなのか、欲しい形をどう処理したら紙で作れるようになるのか、そこに興味があったんです」
教授によれば、紙の模型は、何枚かのなめらかな曲面の集まりとして構成される。プラスチック成型や3Dプリンターなら、どんな形でも作れるが、紙片を組み合わせる紙模型では自ずと制約がでてくる。だがその制約こそ、三谷少年が夢中になった理由。教授は最先端の道具と知見で、子供の頃のワクワクの正体を確かめようとしたのだ。
できあがったのは、立体のデータを読み込んで、複数の紙パーツに分解するCADアプリケーション。うさぎの立体データを入れると、まるでりんごの皮をむいたような細長い紙の部品の切り取り線がプリントアウトされる。その紙を切り抜いて番号通りに貼り合わせれば、リアリティのあるうさぎの模型ができあがる。
謎をひとつ解いた教授は、さらに難しい課題を自らに課した。
「よりシビアな条件、たとえばハサミも糊も使わないで、折るだけで作れる形にはどんなものがあるのか、という発想から折り紙に着目したんです」
折り紙の展開図作りをサポートし、折れるかどうかの判定、できあがりの形状を算出する折り紙ソフトを開発。それを使って、さらに高度な折り紙の手法を考えていくうちに、立体的かつ曲線で折るという異次元の折り紙が誕生した。
「曲げながら折るというのが、けっこう難しくて」と三谷教授は苦笑する。
「紙の両端から力を加えてテンションをかけると、エネルギーが最小になる曲面に落ち着きます。無理のない自然な力の表れが、美しさの源泉になっているのかもしれません」と分析する。
目下、さらに研究を深め、形のバリエーションを増やしたり、動きを伴うものにも挑戦しようと計画している。
そのユニークな取り組みは、折り紙以外の分野からも注目を集め、ファッションデザイナー三宅一生の目にも留まる。そして、布を幾何学的にプレスしたISSEY MIYAKEブランド新シリーズ「132 5.」の立ち上げに携わり、折り紙の可能性を、世界に知らしめることにもなった。

研究にこそ多様性が必要

もっとも、教授の研究が産業に生かされることはまれだ。
「好きなことをずっとさせてもらってきた。それは、非常にありがたいことです。もちろん、大学に貢献したいという気持ちはあるんですけどね」
近年の大学は、研究の軸足をすぐに成果が表れるものに置きがちだという。国が主導する研究プロジェクトも、人工知能や自動運転など産業化を前提にしたものは盛んだが、基礎研究を対象としたものは少ない。
教授は、内閣府の科学技術政策の企画立案に関わる職務にも就き、週3日は東京に出向いて行政との対話を続けている。主な関心事は基礎科学の重要性だ。
「一つの研究に資源を集中投下して、その分野の進歩を急ぐ。それも、大切なことかもしれません。しかし、ノーベル賞を受賞した大隅先生もおっしゃっていたように、研究の経済効果ばかりを偏重する最近の風潮は決して良いとはいえません。今は役に立たないかもしれない。でも、100年後、その研究があって良かったと思える日が来るかもしれない。大学はどうあるべきか、日本の教育がどうあるべきか、もっと議論が盛り上がっていかないと。基礎研究の大事さをアピールしていかないといけません」
研究者一人ひとりが、おもしろいと思うものを追究する。それが本来の大学のあるべき姿だと三谷教授は力を込める。研究棟に多様性があればこそ、新しい価値のある研究が芽吹くのだ。
太古の昔、生命誕生の時から、多様性が進化の源泉だったのは間違いない。

三谷 純

三谷 純(みたに じゅん)

筑波大学 大学院 システム情報系情報工学域 教授。2004年に東京大学大学院工学系研究科博士課程を修了、博士(工学)。同年に(独)理化学研究所基礎科学特別研究員。2005年に筑波大学大学院システム情報工学研究科講師に着任し、2009年同准教授。コンピュータグラフィックス分野での形状モデリングに関する研究に従事。 2012年にマイクロソフトリサーチ日本情報学研究賞を受賞。