バックナンバーBacknumber

挑戦の系譜

スイッチひとつでプロの分析を

スイッチひとつでプロの分析を01

不良品の原因分析を誰でも簡単にできるようにする。
その思いを貫き、“見る”“測る”“判る”という
分析に必須のプロセスを自動化した技術者の軌跡を追った。

20年というギャップ

「それ、本当に必要ですか」
2011年初頭の島津製作所三条工場。新しい赤外顕微鏡の開発にあたって、分析の精度を上げるためにカメラの解像度を今の機種よりも16倍に上げたらどうかという土渕に、技術部の磯は食い下がった。磯にとって土渕は10歳以上も年上。分析に関する知識もスキルも自分よりはるかに上だ。それでも磯には、ゆずれない一線があった。
赤外顕微鏡は、医薬品の錠剤に付着した異物や、電子基板の汚れの同定といった不良解析で活用されており、赤外線の吸収や反射の仕方によって対象の構成物質を分子レベルで見極める。例えば、ポリプロピレンやアクリルは透明なプラスチックであるため、可視光では小さな断片を見ても両者の違いはわからないが、赤外顕微鏡であればはっきりと違いが現れる。
島津も1980年代中頃から参入。1998年に発売したAIM-8800は安定した性能で多くのお客様から支持を得た。
それから20年、同機は小幅なバージョンアップで性能を高めてきたが、市場の急速な変化に対応しきれないところも出てきていた。90年代の主なお客様は、大学や研究機関の分析のスペシャリスト。自ら分析手法を開発する研究者も少なくなく、基本性能の向上が最大のニーズだった。ところが、しだいに電子デバイスや食品などを製造する際の品質管理や不良品の原因特定に使用されるようになっていき、スペシャリストではない一般ユーザーも増えた。その結果、専門知識がなくても安定したデータが得られるよう、操作の簡単な装置が求められるようになっていたのだ。

正常進化か、方向転換か

そこで2010年、島津は新しい赤外顕微鏡の開発チームを編成した。チームが最初に検討したのは、どの市場をターゲットとするかだ。従来と同じように基本性能を求めるスペシャリスト向けの製品をつくるか、最近増えてきた使いやすさを求める層にアプローチするか。「やるからには、後追いになるような製品は出したくなかったんです。だからこそ、あえて新しい市場を開拓する道を選びました」
と、技術部の横田は当時の強い決意を語る。

“ゼロ”から始めた開発

こうして目指す方向は決まった。だが開発チームは最初から壁にぶち当たっていた。
「笑い話のようですが、4人とも赤外顕微鏡に触ったことがなかったんです」(横田)
現行のモデルが開発されたのは20年前。開発の中心となっていた人物の多くは引退しており、参考となる資料もほとんど無かった。招集されたメンバーはそれぞれ違う装置を担当していたため、あらゆる面でゼロから始めなければならなかった。
そこで協力を仰いだのがグローバルアプリケーション開発センター(以下GADC)だ。ここには、社外から寄せられる分析依頼に応え、日頃から赤外顕微鏡を扱うエキスパートが集まっている。冒頭の土渕(現スペクトロビジネスユニット長)もその一人だ。開発チームは、土渕らが分析する様子を撮影し、その動画を何度も見返し、実際に自分たちでも操作して装置の使い方を理解した。同時に土渕らGADCから、どういうものが欲しいかヒアリングを重ねた。そのなかで磯がひっかかったのが高画素のカメラだったというわけだ。
「リソースは限られますから、的確に振り分けなければプロジェクトが止まってしまいます。お客様のご要望を知り尽くしている土渕さんの意見はもっともでしたが、僕らは誰にでも使いやすい赤外顕微鏡をつくると決めた。その点はゆずれませんでした」(磯)
一方、自ら分析の過程を反復する中で、開発チームは大きな課題に気づいた。通常、赤外顕微鏡で観察する際は、まず光学顕微鏡で対象物を覗き、不純物や不良箇所のあたりをつけてテープやマーカーで印をつける。これを赤外顕微鏡に移し替えて印の部分を観察するのだ。
分析のエキスパートには、この位置合わせは簡単だが、不慣れな人間にとって、肉眼で見えないような小さな対象物を探すことは、苦行にも等しい工程だった。そこで機械設計担当のスペクトロビジネスユニットの馬路は、倍率は高いが視野の狭い顕微鏡用カメラに加えて、肉眼と同じ倍率で見える広視野カメラを搭載した。さらに、ソフトウェア担当の青位は、基盤技術研究所と協力して不良箇所と思われるところを画像認識して自動でマーキングするソフトウェアも開発した。
「僕らが苦労することはユーザーが苦労することでもあるはず。エキスパートの技を誰にでもできるようにするにはどうすればよいか、知恵の絞りどころでした」(青位)
ソフトウェアの使用感にもこだわった。プロジェクト開始から1年経った2012年、試作機ができあがると、あえて分析装置の操作経験が浅い社員を集めて、ユーザビリティーテストを連日行い、使用感を聞いていった。
「目指したのはスマートフォンのアプリのような手軽さ。市販のアプリケーションのユーザーインターフェースも深く研究しましたね」(青位)

「もう赤外顕微鏡じゃないな」

開発からおよそ5年を経た2015年暮れ、最終テストを繰り返していた馬路の頭にふと浮かんだフレーズがあった。
「『これはもう赤外顕微鏡じゃないな』と。もちろん赤外顕微鏡ではあるんですが、いかに不良箇所を素早く正確に解析できるかを実現するためにずいぶん力を注いできました。ああ僕らは『自動不良解析システム』をつくっていたんだと気づいたんです」
かくして2016年5月、自動不良解析システムAIM-9000が発表された。
これまでにない使いやすさに注目が集まり、それまで分析を専門業者に頼っていた企業から問い合わせが相次いでいる。
製品検査装置の歴史に、また新たな1ページが加わった。

スイッチひとつでプロの分析を02

自動化を追求、“ 難しい” 不良解析を“ 簡単”に変える
自動不良解析システム赤外顕微鏡AIM-9000

岡田 守人

分析計測事業部 技術部 新事業開発推進グループ

横田佳澄(右上)

分析計測事業部 スペクトロビジネスユニット IRグループ

馬路健(左上)

分析計測事業部 技術部 イメージンググループ

青位祐輔(右下)

分析計測事業部 技術部 アナライザーグループ

磯圭祐(左下)