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アスリートの命綱01

国立スポーツ科学センター

アスリートの命綱

アスリートの命綱02

アスリートには怪我がつきもの。
その怪我をいかに早期に発見し、乗り越えるか。
国内トップ選手の健康を最先端の
設備と知見でサポートする医師の思いを聞いた。

競技復帰を視野に入れた治療

東京・北区にある国立スポーツ科学センター(JISS)は国内トップレベルのアスリートの競技力向上のために設けられた施設だ。先進的なトレーニング設備を備え、スポーツに関する知見が蓄積されているだけでなく、怪我の治療やリハビリなどスポーツ医療の分野でも最先端の施設であり、トップ選手の健康管理の拠点でもある。
日本オリンピック委員会(JOC)が派遣する選手は、全員ここでメディカルチェックを受けることが義務付けられている。もし何らかの故障が発見された場合は、すぐに治療を開始できる体制も整っている。
「通常の医療機関と大きく違うのは、怪我を治すだけでなく『この大会までに』というように、具体的な競技復帰を見越した治療やリハビリのプランを立てるところです」
と語るのはJISSメディカルセンター整形外科の中嶋耕平医師。目標となる試合や大会を見据え、医師だけでなく、その競技のトレーナーやコーチも一緒に復帰までの計画を立てる。
同センターには内科と整形外科を合わせて10人の医師が在籍。中嶋医師は、競技専門性からレスリングやウエイトリフティングの選手の担当となることが多い。診察のない時間帯にはトレーニングセンターに足を運び、選手の動きなどをチェックする。スタッフや選手と一緒に汗を流すこともあるという。

見えなかった負傷も見つけられる設備

「通常の保険診療であれば、MRIを撮る回数などにも制約がありますが、ここでは必要なら3日に1回でも行う場合があります」
同センターには、トップアスリートたちが常に最先端の医療が受けられるよう、医療機器なども常に最新のものが導入されれている。その1つに島津製作所のX線テレビシステムSONIALVISION G4がある。最新アプリケーション「トモシンセシス」を搭載し、複数枚のボリュームデータで任意コロナル断面を簡単に再構成することができる。立位による重力負担をかけた状態も観察でき、金属のアーチファクトの影響が少なく、低被ばくのため、骨の治る過程を確認する場合アスリートにとっては負担が少なく最適だ。
「ここでは主に骨の外傷・障がいなどの診断に使用していますが、単純エックス線では評価が困難な時期にも診断が可能となり、さらに治癒過程の評価にも有用です。従来は比較的多くの放射線量を要するCT検査によって行っていた評価も、部位によっては格段に少ない線量で評価が行えるようになりました」
「ただ、本人が自覚してなかった負傷箇所を選手に告げるのは、あまり気分の良いものではありません。選手は『この大会で結果を残してオリンピックに…。』と、それぞれプランを立てていますから、それに狂いが生じることは、少なからずショックなはずなんです」
もちろん、早期に発見できたことで、結果的には選手寿命を伸ばすことにもつながるが、かつては自らもレスリングの選手として活躍した中嶋医師には、選手の気持ちが痛いほどわかるのだ。

トップ選手のデータを一般の医療にも

多くのアスリートのメディカルデータが長年蓄積されているのも、JISSの特色だ。
「レスリングのようなあまりメジャーでない競技でも、年間500人もの選手を診ている施設というのは世界的にも珍しい。スポーツ選手に特化した医療データをモデルケースとして、将来的に情報発信していくことも考えられます」
そうしたデータは、アスリートの競技力向上だけでなく、近年話題となっているロコモ(運動器症候群)対策など、一般の医療にも活用されている。
「ここでは64年の東京オリンピックに参加した競技者の健康診断を、継続して毎年行っているのですが、高齢になっても元気に歩ける方が多い。関節などに故障を抱えていることが多いにもかかわらずです。そういう方々のデータを見ていくと、一般の方と一番差があるのは運動習慣なんです。その結果、筋力や骨密度も高い。若いうちからスポーツに慣れ親しんでいることの大切さが、そうしたデータからもわかります」

ポーカーフェイスの理由

多くのトップアスリートを診察する中嶋医師が気をつけていることがある。
「あくまでも医師としての視点で選手を診るということです。競技に深く関わり、多くの選手を診ていると、治療のことだけでなく競技にまで口を出したくなってしまうこともありますが、彼らは一流の選手。そのリスペクトは忘れないようにしています」
練習の現場にも積極的に足を運び、選手と一緒になって怪我と向き合う中嶋医師。ともに治療やリハビリに取り組む中で、試合においてもその選手に感情移入してしまう場面があることは、容易に想像できる。
「この前のレスリングの全日本大会でも、私が診た選手が優勝したのですが、その階級には他にも私が診たことのある選手が何人も参加していました。そこでどの選手が優勝したとしても、一緒になって喜ぶわけにはいきません。フェアな医師の立場として、ポーカーフェイスを貫くしかありません。ただ、国際総合競技大会などでは日本代表選手団を支援する立場になるので、ちょっと変わりますね」
今年はブラジルのリオでオリンピック・パラリンピックが開催され、4年後の2020年には東京五輪も控えている。日本選手がメダルを獲得した時、その横で満面の笑みを湛えて喜びを分かち合う中嶋医師の姿を目にすることができるかもしれない。

アスリートの命綱03

国立スポーツ科学センター
メディカルセンター 整形外科

中嶋 耕平(なかじま こうへい)

1967年生まれ。順天堂大学医学部卒業後、東京大学の整形外科医局に所属。2001年~2004年、国立スポーツ科学センター(JISS)の立ち上げとともに同センターに勤務。その後、東京大学整形外科医局に戻り、2011年より再び現職。