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あしたのヒント 早稲田大学

部下が自律的に動くしなやかなチームの作り方

部下を活かせず、リーダー自らが仕事を抱え込んでしまう。
その要因は、今日の多様化した価値感や仕事の複雑化にある。
これを打破するためにはチームの作り方が、一つの鍵となる。

プレイングマネージャーにならないために

「多様化」は、現代社会を読み解くキーワードの一つだ。労働者の働き方や仕事に求める価値観だけでなく、顧客からの要望も多様化を極めている。納期やクオリティに厳しい注文が寄せられているなか、価値観の違うメンバーに仕事の狙いを理解させて完成に導くには、とてもではないが時間が足りないというのが、今のマネージャーの現実だ。結局のところ、自らも現場で実務をこなすプレイングマネージャーとなってしまう例が少なくない。
チームのメンバーがリーダーに頼らず自律的に動くしなやかなチームを作るためには、どうすればよいのだろうか。
「そのためには、構造構成主義の考え方が役立ちます」
と語るのは、早稲田大学大学院客員准教授の西條剛央准教授。構造構成主義とは、西條准教授らが独自に体系化した物事の本質を捉えるための学問だ。どんなに優れた戦略も、あるいは、どれだけ努力を重ねたとしても、前提となるポイントがずれていたら、決して実ることはない。反対に、事柄の「本質」を捉えられて、各々が自覚すれば、その最重要ポイントを押さえた行動をとれるようになるというのが、その概要だ。こうした本質を把握することで行動が変容するような考え方を「本質行動学」と呼んでおり、それを誰にでも使える公式となるよう理論化したものが、構造構成主義だ。

チームを機能させる3つの原理

西條准教授によれば、構造構成主義にのっとって本質を掘り下げる際は、「価値」「方法」「人間」の3つの原理を用いる。
まず最初に役立つのは「すべての価値は目的や関心、欲望といったものに応じて変わる」という価値の原理だ。例えばお金は万能で絶対的な価値を持つように見えるが、溺れている人に差し出しても価値は見いださない。このような極端な例だけでなく、より様々なケースを想定し、本当に例外がないか徹底的に価値を吟味してみると、確かにすべての判断基準は関心や目的に応じて変わっていることに気付かされる。
次に考えたいのが「方法は状況と目的に応じて有効性が変わる」という方法の原理。目標はチームに欠かせないが、うまく運営していくためには、方法の選び方も重要だ。一つの方法に固執すると、変化した状況や要望に対応しきれないケースも出てくる。
また、チームは心をもった人間が集まって作る組織だということを忘れると、どんなにすばらしい目的と手段を選んでいてもうまくいかなくなってしまう。取り組んでいる仕事に関心が持てれば、自然とモチベーションも高まり、自ずと自主性も生まれる。そのため、「人間は誰しも関心を満たして生きていきたいと思っている」という人間の原理に注意しておくとよい。

あしたのヒント02

未曾有の被害に挑んだ柔軟なチーム

西條准教授自身もこれら3つの原理を活かして、チーム運営を成功に導いた経験を持つ。
東日本大震災の被災者支援を目的に2011年4月から2014年9月まで続いた「ふんばろう東日本プロジェクト」がそれだ。地震の被害の大きさに衝撃を受け、震災後すぐに支援物資を持って被災地入りした西條准教授は、自治体の倉庫や大きな避難所は物資を持て余している一方で、何日も支援が届かない避難所や個人避難宅があるなど、支援の不均衡を目の当たりにした。
「圧倒的な自然災害の前では一人ひとりの力は例えようもなく小さい。しかしチームとなることで大きな力を持つことができます。かといって巨大な組織は動きが鈍くなる。時々刻々と必要な物資が移り変わる被災地の状況の変化に応じ対応するためには、小魚の群れのようにすぐに方向転換できる、柔軟で能動的なチームが必要でした」
そのため価値の原理に従い、まず、ただ「支援をする」という曖昧な目的ではなく、「被災者を自立させる支援をする」という、確かな目的を参加メンバー全員で共有した。それから方法の原理に従い、現地の情報をSNSや現地入りすることで集め、そこから求められることを分析することで、物資の提供に終わらず、「家電」「重機免許取得」「ミシンでお仕事」「学習支援」「就労支援」といった自立を支援する大小様々な50以上のプロジェクト、支部、チームを順次作り上げ、移り変わる被災地の状況に合わせたサポートを行うなど、日本最大の総合支援組織に育て上げた。この功績が認められ、2014年Prix Ars Electronicaのコミュニティ部門において、最優秀賞のゴールデン・ニカを日本人として初めて受賞した。
これらのプロジェクトは西條准教授が発案したものばかりではない。人間の原理に従い、参加メンバーが自ら関心を持って発案し、作り上げていったプロジェクトも数多い。プロジェクトは誰でも好きなように始めることができ、まずその発案者に任される。皆が関心を持つプロジェクトには自ずと人が集まってくるので、多くの人が高いモチベーションを持って自発的に取り組む。西條准教授は繰り返し「自立支援という目的を共有し、実現できるなら誰がどんな形でやってもよい」と具体的に伝えた。参加者が目的を理解し忠実になれば、活動の自由度はかなり広がるため、本当に被災地に必要なプロジェクトが自然に発生し、さらに状況と目的をふまえ、選択することもできた。

すばらしいマネージャーとなるための3か条

西條准教授が率いたのはボランティアチームだが、3つの原理は企業組織でも機能し得る。
部下が自発的に動かないと嘆く前に、まず自分の行動を3つの原理に照らし合わせてみたい。
まず目的や理念、ビジョンを曖昧なままにしていないだろうか。わかりやすく明快な言葉をマネージャーが部下へ浸透させていくことで、部下は行動のための指針を自ら作ることができ、意識のベクトルを合わせることができる。
次に、自分が成功した方法を部下に押しつけていないだろうか。目的を達成するための方法はあまたあり、状況を認識し、最適な方法を選ぶのは部下の仕事だ。意識のベクトルさえ合っていれば、それは可能だ。
最後に、部下の関心をないがしろにしてはいないだろうか。提案を積極的に促し、またチャレンジする機会を提供。失敗を許容できる環境の整備も有効だ。意識のベクトルが合っていれば的外れな提案が現れることもないのではないだろうか。
「この3つを意識できるようになれば、チームは目的のためにメンバー全員が邁進する能動的な組織となるでしょう」

目的を達成するチーム作りの基本。
自立的に動けるチームを作るためには、「目的」「理念」「ビジョン」を明確にする必要があると西條准教授。そのポイントをまとめた。
【目的】「何がよいか」と問う前に、必ず「何をしたいか」を明らかにすること。そのために目的を明確にすることが最初の重要ポイント。チームメンバーの構成や、戦略の選択は、その目的に従って考えていく。
【理念】 理念とは、目的の本質を象徴的に言い当てたもので、組織の目指すべき方向を端的に示したもの。意思決定の重要な指針となる。ただし、理念を打ち立てた後は、それに行動が伴っていなければならない。聞こえが素晴らしい理念でも、やっていることが違えば人は離れていく。本気で実現する価値があると思えば、その情熱がメンバーに伝播する。理念により意識を変えることができれば行動が変わり、その行動が習慣化する。
【ビジョン】 ビジョンとは、組織が目指すべき将来像をスケッチした下書き。その下書きが魅力的で鮮明にイメージできるものであるほど、人はそのビジョンの実現のために協力したいと思い、自発的に動くようになる。
西條剛央(さいじょう たけお)

早稲田大学大学院(MBA)客員准教授 博士(人間科学)
株式会社 本質行動学アカデメイア 代表 

西條剛央(さいじょう たけお)

2004年早稲田大学大学院人間科学研究科で博士号(人間科学)を取得し、09年より同大学大学院商学研究科ビジネス専攻専任講師、2014年より現職。専門は組織心理学、哲学。2011年、東日本大震災を受けて、「ふんばろう東日本支援プロジェクト」を設立、日本最大の総合支援組織に育て上げた。2014年、世界的なデジタルメディアのコンペティションである「Prix Ars Electronica」のコミュニティ部門において、最優秀賞にあたるゴールデン・ニカを日本人として初受賞。「2014ベストチーム・オブ・ザ・イヤー」を受賞。著書に『構造構成主義とは何か』(北大路書房)ほか多数。