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未来は変えられる01

未来は変えられる

未来は変えられる02

日本の農業・漁業が力を失って久しい。
深刻な後継者不足に加え、厳しい競争にさらされ、生産現場は疲弊を極めている。
どうにかしなければと元新聞記者志望の志士が立ち上がった。

不都合なお取り寄せ

『東北食べる通信』は、東北地方の農家や漁師を記事で紹介し、その生産者が手がけた食品と共に読者に届ける会員制の月刊誌だ。
 こういうと、よくあるお取り寄せ情報誌のようだが、決定的な違いがいくつかある。まず、商品を選ぶことはできない。毎号、編集部が選ぶ野菜や果物、海産物が一種類付録としてついてくるだけだ。
しかも、根野菜であれば土がついたまま。殻付き牡蠣は、藻やフジツボがついたままだ。加えて時期も選べない。「お届けの準備ができました」と、発送数日前にメールで連絡があって、希望すれば2、3日は調整してもらえるが、1か月後にほしいといった要望に応えてくれることはない。お取り寄せだとすれば、消費者にとってこれほど不都合なシステムもないだろう。
にも関わらず同紙の会員枠1500人はずっと満員状態で、退会者があれば会員になりたいと200人以上が列をなしているという。
「土付きのまま野菜を送るのは、読者に畑の匂いを感じてもらい、自然から生まれたものであることを感じていただきたいから。生産現場の息吹を伝えることが、『東北食べる通信』を創刊した大きな理由の一つです」
と語るのは、同紙編集長の高橋博之氏。
岩手県花巻市出身の41歳。新聞記者を志望していたが挫折。地元岩手に戻って県議を務め、県知事選に挑戦した経歴を持つ。

疲弊した農漁村を救いたい

現代の日本は、道路インフラや冷凍冷蔵技術の向上で、都会のスーパーやデパートに行けば、形の整った農水産物が山と積まれ、消費者は、いつでも好きなものを買って帰って、好きなだけ食べることができる。だが、「その便利な生活は、生産者と消費者を完全に分断してしまった」というのが高橋氏の主張だ。ふだん食卓にのぼる料理を食べるときに、その魚を誰が釣ったのか、お米をだれが育てたのか気にすることはない。そこで優先されるのは、安く、おいしいものを、早く届けるという資本主義の論理。自然という不確実なものを相手に、時には死を賭して食べ物をつくる生産者の都合は置き去りにされ、品質と量の確保という社会からのプレッシャーにさらされ、生産現場は疲弊してしまっている。
高橋氏は県議時代、有権者である一次産業従事者と語り合うなかで、生産現場の苦境に直に接した。そこへ東日本大震災が直撃。沿岸部の漁業は壊滅的な被害を受けた。
なんとかしなくては。このままでは日本の食が崩壊する。
高橋氏は知事選に出馬するが、惜しくも次点で落選。だが、情熱の火はますます燃え盛った。
 「現代の消費者は、生産現場の傍観者でしかなくなっています。自分の命を育む食べものが、そこで作られているにも関わらずです。かつての日本では、生産者と消費者は、同じ場所を共有していました。作った人の顔を見て作物を買い、漁でけがをしたといえば、心配したりしていたでしょう。そうしたつながりのある関係では、不必要に買いたたかれることもない。疲弊してしまった農村・漁村を救える方法があるとすれば、生産現場というグラウンドに、消費者に降りてきてもらうしかない。生産者と消費者が語り合い、畑の土を踏み、匂いを感じてもらうこと。それが日本の一次産業を救い、ひいては消費者自身を救うのです」

無名の生産者をヒーローに変える

 この信念を会う人会う人に話して回った。いいアイデアだと賛同してくれる人 は多かった。つながりをたどっていくなかで、メディアを作ったらどうかと勧められた。協力してくれるクリエイターも現れ、2013年夏、世界で初めての“食べる月刊情報誌”『東北食べる通信』が誕生した。
タブロイド版で16ページ。開いてまず驚かされるのは、生産者への丹念な取材だ。
野菜作りにかける思いや、漁の苦労はもちろんのこと、生産者の半生までもつまびらかに紹介する。地方の無名の生産者は、この冊子によって、日本の食を救うヒーローに変身するのだ。
読者はその物語とともに、送られてきた食品を味わう。料理法も書かれていて、その町の文化や風俗を紹介するページもある。読者は、食卓にいながら、まるで東北の町を訪れて、生産者と話しながらいただいている気分が味わえる。
「スーパーなどで、生産者の写真プレートを添えて並べられた農産物がありますが、帰宅してその生産者の顔を覚えている人が、どれだけいるでしょうか。『生産者を知ってもらう』ためには、その人のファンになってもらえるだけの物語を届ける必要があるのです」

未来は変えられる03

都市と地方をかき混ぜる

 記事をきっかけに、生産者のホームページやfacebookを訪れ、コミュニケーションが広がったり、実際に生産地を訪れる読者も増えているという。
「中には、農作業を手伝ったり、漁船に乗せてもらい、漁で魚があげられるところを初めて見た、と感動する読者もいます。効率再優先で構築された都会に住んでいるうちにリアリティを感じることのなくなってしまった人たちが、食の現場に立つことで、生きているという実感、命を紡いでいるという実感を得ている。農漁村を救うためと思って始めた活動でしたが、都市居住者の心を救うこともできるのではと手応えを感じています」
その活動は、『東北食べる通信』一紙に止まらず、急拡大を続けている。日本各地で、同じ志を持つ人間を募り、兄弟誌の立ち上げを支援。北海道から九州まで、現在、その数は23紙にも上っている。
さらに農家・漁師自身がライターとなって、消費者にメッセージを届けるニュースサイト『NIPPON TABERU TIMES』も立ち上げた。『食べる通信』の役割を奪いかねないが、高橋氏は意に介さない。
畑の中にセンサーを取り付け、それを契約した消費者がモニターできる「KAKAXIプロジェクト」もユニークだ。消費者は自分が食べるものが育つ様子を、スマートフォンでいつでも見ることができて、農家が発信する言葉と共に、その成長を心待ちにしていられる。バーチャルを加速させてきたITが、高橋氏のアイデアにかかると、リアリティを強化するツールに様変わりする。
「見えなかったものを見えるようにして、価値観や立場の違う異質なものを結びつける。それがメディアの持つ力です。もっぱら消費社会の加速化に使われてきたこの力を、充実した生を実感できる社会の構築のために使う。痛快だとは思いませんか」
新聞記者志望だった青年が、自身のメディアと同志を得て、この国の未来を変えようとしている。

未来は変えられる04

一般社団法人 日本食べる通信リーグ 代表理事
特定非営利活動法人 東北開墾 代表理事

高橋博之(たかはし ひろゆき)

1974年、岩手県生まれ。青山学院大学卒業。2006年、岩手県議会議員補欠選挙に無所属で立候補し初当選。翌年の選挙では、2期連続のトップ当選を果たした。2011年、岩手県知事選に出馬するが次点で落選。その後事業家に転身し、“世なおしは、食なおし”のコンセプトのもと、2013年NPO「東北開墾」を立ち上げる。史上初の食べ物付き情報誌『東北食べる通信』の編集長に就任し、創刊からわずか4か月で購読会員数1000人を超えるユニークなオピニオン誌に育てあげ、2014年のグッドデザイン賞金賞も受賞した。2014年一般社団法人「日本食べる通信リーグ」を創設。3年間で100の「ご当地食べる通信」創刊を目指し、日本中を飛び回っている。