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挑戦の系譜

未来の画像

X線システムの画像や動画の画質を大きく左右する画像処理エンジン。
遅れを挽回し一気にトップに立った開発の元となったのは、逆転の発想だった。

持ち込まれた動画

「見えるようにする? これをですか?」
島津製作所基盤技術研究所データ処理ユニット画像グループ長の森田尚孝は、とっさに言葉を継ぐことができなかった。
医用機器事業部技術部FPD・アプリケーショングループ長の森一博と技術部CVSグループ長の梅田充が持ち込んできた5秒ほどの映像。そこには、心臓とその周りを巡る血管、そしてその血管を広げるステントが映っている。生画像と呼ばれる画像処理をかける前の画像だが、全体にノイズが入り、もやもやとした印象で血管がどこで、血管内に挿入したワイヤーがどこなのか、判然としない。
「やってみますが…」
森田は、そう答えるのが精一杯だった。

未来の画像01

左から、
医用機器事業部 技術部 CVSグループ長 梅田 充
基盤技術研究所 データ処理ユニット 画像グループ長 森田尚孝
医用機器事業部 技術部 FPD・アプリケーショングループ長 森 一博

急速に進化する画像処理技術

X線を使って心臓の血管を撮影する血管撮影装置。動脈硬化によって血管の内側が狭くなった冠動脈のカテーテル治療において、なくてはならない「目」となっている。
1980年代に登場したカテーテル治療は、それまで主流だったバイパス手術より、患者への負荷が小さいことか ら、急速に普及した。近年は血管撮影装置をはじめ、ステントやそれを届けるガイドワイヤーなどの性能向上により、カテーテル治療によって治せる領域は広がり、いまや直径2ミリ程度のステントまで登場、かなり細い血管でも治療することが可能になり、多くの命を救っている。
血管撮影装置は、カテーテル治療の間、ずっと患者の胸部のX線画像をモニターに映し出し続ける。当然、被ばくを最小限に抑えるために、X線は極力弱くすることが求められる。だが、ろうそくの光で夜のカラスを見つけようとするのと同じように、X線が弱ければ、血管やステント、心臓はぼんやりとしか見えない。
それを加工して、見えるようにするのが画像処理技術だ。基本的な考え方はデジタルカメラの画像をPCで加工するのと同じ。もっとも、血管撮影装置の場合、動画であることに加え、施術中に画像を止めて一枚一枚加工する時間はない。1秒に15コマ程度をほぼリアルタイムで、自動的に処理していくことが求められる。
森が島津に入社した1991年は、ちょうどアナログからデジタルへの切り替えが終わった頃だった。
「当時のコンピュータの処理能力では、画像処理といっても、ごく単純なことしかできませんでした。ところがあっというまに技術革新が進み、20年足らずの間に、静止画で行うような複雑な処理を、動画でも施せるようになったんです」(森)
もちろん高画質をもたらすのは、画像処理技術だけではない。管球や受光部の性能、システムとして全体を最適化することも、重要な要件だ。しかし、コンピュータの性能、ソフトウェア技術の向上は突出しており、次第に画像処理技術の良し悪しが、画質を決定するようになっていった。
医用機器事業部でも当然、画像処理には力を傾け、高い技術力で改良を繰り返してきた。2012年には、新開発した高速画像処理エンジンを搭載した血管撮影システムを発売した。
だが、その時すでに他社は、さらにその一歩前を進んでおり、ユーザーからは厳しい意見をもらった。
「他社の映像を見せてもらうと、うちのでは見えていない細い血管が確かに見える。このままではいけないと焦りを感じました」(梅田)
そこで白羽の矢が立てられたのが、基盤技術研究所で画像処理技術の研究に取り組んできた森田らのチームだった。
「未来の画質をつくる」
森田は、自分たちの使命をそう認識し、これまで常に5年後、10年後の製品に活かせるような高画質の処理技術を研究してきた。その森田も、今回の依頼には自信が持てなかったと振り返る。
「低被ばくを目指してX線を弱めているために、とにかくノイズが強すぎました。場所によっては、消すべきノイズなのか残すべき血管の画像なのかの区別が難しいほどでした」(森田)

足せないモノを、足す

画像処理で、動画像のノイズを低減するのに最も有効なのは、過去の画像を使って繰り返し足し算をする処理だ。複数の画を重ね合わせて足していけば、ランダムなノイズが消えて、コントラストが高まり、くっきりとした画像になる。
だが、被写体が動いていると、被写体の輪郭がずれた状態で足し算を行うため、その影響が残像として残ってしまう。
「残像を防ぐためには動いたモノは足さなければいいわけです。しかし、心臓の透視画像で注目される血管やステント等は拍動で常に動いているので、見たいモノを足さないことになります。すると見たいモノに重なったノイズが消えず、きれいに見えません。なんとかして足さずにノイズを消そうと、代わりの処理をいくつも試しましたが、望む画質は得られませんでした」(森田)
森田と、その部下で当時入社3年目だった武田遼は来る日も来る日も試行錯誤を続けた。数カ月がたったある日、ふと、武田がつぶやいた。
「追っかけて、足していったらどうでしょう」
逆転の発想だった。見たいモノが、次のフレームではどこに動いたか、全て見つけ出し、足してやる。確かに、これなら残像を出さずにノイズが消える。可能だということは古くから知られていたが、コンピュータの処理能力が追いつかず、実現には、まだ何年もかかるとされていた。
「ハードウェアに詳しい人間にも伝えましたが、膨大な計算が必要で、オペレーション室に入るサイズのコンピュータでは、到底実現できないだろうと言われました」(森田)
だが、森田はゴーを出した。とにかくこれに期待するしかない。武田は一心不乱にプログラムを組み、アルゴリズムが完成した。

未来の画像02

SCORE PRO Advanceを搭載した新Triniasシリーズで撮影された左冠動脈造影画像

未来の画像03

基盤技術研究所 データ処理ユニット
画像グループ 副主任 武田 遼

終わらない戦い

森と梅田は再び基盤技術研究所を訪れていた。森田と武田が作り上げたプログラムの「試写」だ。
映っていた。
確かにステントがくっきりと映っていた。
次は、このプログラムを、デバイスに実装する番だ。森田、森、梅田は何度も膝を突き合わせて検討したが、かつてない圧倒的なデータ量を処理するデバイスは、これまでと同じ設計思想の延長線上では作れそうになかった。解決策を見いだしたのは、森の部下で当時入社7年目の長谷川直紀だった。長谷川は「処理に時間がかかってしまえば、被写体が動いてから画像が出るまでに遅れが生じる。最低限必要なデータが保存できたら様々な処理を並行して一気に処理する設計」(森)を考案。森、梅田はその可能性を見抜き、森田、武田も交えて仕様を決定。あとは長谷川と武田が細部を詰めていき、2014年4月、ついに新画像処理エンジン「SCORE PRO Advance」が誕生した。
それからまもなく、同エンジンを搭載した新Triniasシリーズも発売された。
「他社の映像は、きれいだと評価されてはいても、まだ残像が若干見えていますが、これにはない。多くのユーザーから高い評価をもらっています」(梅田)
もちろんこれが終わりではない。
「より細い血管を治したい、より複雑な症例を治療したいという医師の要望に応えて、ステントもワイヤーもどんどん細くなっています。画像処理技術を高め続けない限り、いずれまた画質が足らないということになるのは自明です」(森)
未来の画質を求めて、奮闘は続く。

未来の画像04

圧倒的な情報量の処理を可能にするアルゴリズムを搭載した画像処理エンジンSCORE PRO Advance

未来の画像05

医用機器事業部 技術部 FPD・アプリケーショングループ 主任 長谷川直紀

小久保裕紀(こくぼ ひろき)

株式会社島津製作所
医用機器事業部 技術部FPD・アプリケーショングループ グループ長(課長)

森 一博【右】

株式会社島津製作所
医用機器事業部 技術部 CVSグループ グループ長(課長)

梅田 充【中】

株式会社島津製作所
基盤技術研究所 データ処理ユニット 画像グループ グループ長(課長)

森田尚孝【左】