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日本核医学会 横浜市立大学 同大附属市民総合医療センター病院

いい検査を患者さんに届ける

いい検査を患者さんに届ける01

PETに代表される核医学は、日本が得意とする医学分野のひとつ。
日本核医学会を率いる井上登美夫理事長は、一層の普及に向けて、力を尽くしている。

機能を“診る”検査

核医学は、この20年で急速に発展した医療分野だ。
有効期間が数時間と非常に短くごく微量の放射線を出す薬剤(ラジオアイソトープ)を注射して、体内から発せられる放射線を測定・画像化することで、病気を診断したり治療したりするのが核医学。PET(Positron Emission Tomography/陽電子放出断層撮影)もその一種で、日本で500台弱、世界では約3500台が稼働している。
X線撮影装置やCT、MRIが病巣の形態情報を表すのに対し、PETをはじめとする核医学検査装置は、機能情報を表すのが特徴だ。
PETの活用でもっとも期待される分野のひとつが、がんの診断だ。がん細胞は、増殖に際して正常細胞よりもはるかに多くのブドウ糖(グルコース)を必要とする。そこでブドウ糖に似た性質を持ち放射線を出す特殊な薬を投与すると、がん病巣に集まる。その集積度の違いを画像化することで、直径数センチ程度の小さながんも発見することができる。
「全身をくまなく見られるのは、PETならではの利点です。どこにあるのか、他に転移はないかなど、一度の検査で確認することができる。今やがんの臨床にPETはなくてはならない装置のひとつといえるでしょう」
とは、横浜市立大学放射線科教授として自らも核医学を研究している同大附属市民総合医療センター病院の井上登美夫病院長だ。核医学の普及・発展を支えてきた日本核医学会の理事長でもある井上病院長は、ここまでPETが普及した背景には、学会等の活動に加え、PETとCTを組み合わせることで診断能を向上させたPET/CTの登場や、薬剤の効率的な製造方法の確立、さらに2002年から、がんのPET検査が保険適用され始めたことが大きいという。
「それまでは、研究用途に使われることが多かったのですが、世界中の医療機関で有効性がはっきりと示されるようになったことで、公的保険が適用されるようになりました。『公的保険の適用』というお墨付きを得たことが、普及を後押ししたのは間違いないでしょうね」

いい検査を患者さんに届ける02

乳房に特化した部位別PET

甲状腺がん、大腸がん、肺がんなどの臨床で多くの成果を出してきた一方、PETが不得手とするがんもある。そのひとつが乳がんだ。乳がんの性格上、ブドウ糖様の薬剤を取り込みにくいことに加え、健常な乳腺組織にも薬剤が集まるため、その中から小さな乳がんを検出するのは難しい。加えて、乳房の撮影は、呼吸移動の影響が避けられず、仰向けでの撮像では、十分なコントラストが得られなかったのだ。
世界の乳がん患者は、1980年の64万1000人から、2010年には164万3000人と、この30年で増加の一途をたどり※1、日本でも1996年には女性で最も罹患数の多いがんとなった。しかも、直径2センチ以下の早期の乳がんの10年生存率が約90%と高いにもかかわらず、乳がん死亡率は増加し続けており、早期発見の重要性が指摘されてきた。
PET黎明期からPET装置の開発・販売を続ける島津製作所は2006年よりNEDO((独)新エネルギー・産業技術総合開発機構)の助成を受けて京都大学医学部附属病院と乳房専用PETの開発に取り組んできた。これまでの検査では乳房をきつく挟み込む必要があり、その痛みが検査を躊躇させる最大の原因となっていた。そこで、検出器を円周状上に並べた直径約20センチ弱の穴に乳房を "入れる" タイプを考案。開発初期から検討していた座位型に続き、さらに取りこぼしなく検査できるよう、検査台にうつぶせになる伏臥位型を開発した。この姿勢なら患者さんの負担も少ないうえに、全身用PETに比べて検出器が調べたい部位に近接でき、高感度の撮影が可能だ。2013年からは、京都大学医学部附属病院に加え、横浜市立大学附属病院と共同でプロトタイプ機を用いた臨床研究を実施し精度を高めてきた。
時を同じくして、保険行政にも動きがあり、2013年7月に乳房専用PET検査が保険適用される。※2 そして、2014年1月、国産初の乳房専用PET装置の実証機が薬事承認を受けた。新たな臨床価値を提供できる装置として、内外から高い注目を集めている。
「乳がんの治療は、長い闘いです。手術で完璧に治らなかった場合、再発を繰り返すことも少なくはなく、抗がん剤による長期の化学治療をすることになります。薬が効いてがんが小さくなっても、小さすぎると本当に病巣がなくなったのか、それとも解像力の限界で見えなくなったのか、判断がつかない場面も少なくありません。乳房専用PETのように部位別に特化させることで、もっと解像力、感度が高くなるのであれば、非常に有望な診断装置になるでしょう」
と井上理事長も期待をかける。

グローバル展開でエビデンスを集める

日本の核医学は、世界をリードしている。1994年には日本の民間クリニックが世界で初めてPETによるがん健診を行い、世界が目を見張った。だが、がんの治療に伴う検査とは異なり、がんがあるかどうか、悪性か良性かを調べるがん健診は、保険適用されていない。誰もが受けるにはハードルが高いのが現状だ。
「学会、病院、大学。どの立場にいても『いい検査を患者さんに届ける』というのが私たちの共通の思いです。そのためには、装置の進歩もさることながら、検査の価格を下げる必要があります。それには、なにより保険適用の対象となることが不可欠。それを後押しするのが厳しい条件で検査した有用性を証明するエビデンスです。そのために、現在海外の関連学会とも積極的に連携して、信頼される多くのエビデンスを集める取り組みを強化しています」
患者を一番に考えたグローバル化によって、核医学はもっと身近なものになりそうだ。
※1 2011年 米ワシントン大学の調査。
※2 全身用PET検査(PET/CT、PET/MRI含む)に続けて、同日に実施された場合に限り適用(全身用PETに準ずる施設基準が必要)。

いい検査を患者さんに届ける03

製品化を予定している乳房専用PET装置『Elmammo』イメージ

本図はNEDO(独立行政法人新エネルギー・産業技術総合機構)助成プロジェクト「悪性腫瘍等治療支援分子イメージング機器の開発」(平成18年、21年度)で開発されたプロトタイプから製品化を目指したデザインです。

公立大学法人 横浜市立大学 教授
横浜市立大学附属市民総合医療センター病院長 日本核医学会理事長

井上登美夫(いのうえ とみお)

1977年 群馬大学医学部卒業。同年医学部放射線医学講座入局後、関東逓信病院放射線科、群馬大学医学部核医学講座、米MDアンダーソンがんセンターを経て、2001年横浜市立大学医学部放射線医学講座教授および同附属病院放射線部教授に着任。2003年先端医科学研究センター長。14年より現職。一般社団法人 日本核医学会理事長。