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JAXA

プラスチックで空を飛べるまで

プラスチックで空を飛べるまで01

軽くて、強くて、安全で、しかも製造コストが安い。航空機の部品に求められる要件は、多様で、かつ非常に厳しい。そうした要件を飲み込み、新素材とその製法を生み出しているJAXAの複合材技術研究センターの取り組みには、世界の目が注がれている。

軽くて強い機体を作るために

世界の航空機産業を日本のものづくりが支えていることは、よく知られている。電子機器はもちろんのこと、エンジンの部品やシステム、機体や翼のパーツ製造から組み立て、その材料に至るまで、日本のハイテク技術を抜きにしては語れない。
こうした航空機部品製造の新技術の研究開発を通して、航空機産業の旗ふり役となっているのが、(独)宇宙航空研究開発機構(JAXA)航空本部複合材技術研究センターだ。
JAXAといえば、ロケットや衛星をはじめとする宇宙開発のイメージが強いが、航空機に関する研究の歴史も長い。
「一回きりの打ち上げを想定したロケットとは違って、航空機は耐久性が何より重視されます。繰り返し振動を受け続けても疲労を蓄積しないようにするにはどう作ればよいか、雷に打たれても電気をため込まず上手に逃がすにはどう設計すればよいかなど、いくつも検証して信頼を得たうえで部品化する。考慮すべき課題は山のようにあります」
とは、同センターの杉本直 計画管理チーフマネージャ。
同センターでは主に、将来に向けた複合材料の開発とメカニズムの解明を行っている。特に注力しているのが、機体や翼の材料に使われている炭素繊維強化プラスチック(CFRP)に関する研究だ。CFRPは、鉄と比較すると、重量は約4分の1でありながら、10倍の強度と圧倒的な性能を持つうえに、弾性率も高く、従来の金属材料に代わる軽量化材料の本命と目されている。機体の重量は燃費を大きく左右することから、航空機メーカー各社は1970年代からCFRPの活用の道を模索。スポイラー、エレベータなどの部品に始まり、徐々に実績を積み重ねることで信頼性を高め、翼など重要度の高い部品への採用も加速。2009年に登場した最新型の中型機ボーイング787型機では、実に機体重量の50%にCFRPが使われるまでになっている。

安くなければ普及しない

目下一番の研究課題は低コスト化だ。性能がよくなるからといっても、何倍にもコストが跳ね上がるとなれば、これ以上の普及は望めない。
「同じくらいか、上がっても少しくらいに抑えられなければ、今後手を上げる企業は増えません。製造工程の低コスト化を望む声は、私たちのところへもよく聞こえてきます」(杉本チーフマネージャ)
既存の製造方法では、翼のパーツなど大きなものは、長さが30メートルもの円筒の真空窯に入れる必要があり、そこが低コスト化を阻むネックにもなっている。そこで期待されているのが、炭素繊維と樹脂を〝ふとん圧縮袋のような〟容器の中でプラスチック樹脂に浸し、それを真空の窯の中で蒸し焼きにして焼き固めて作る「VaRTM法(真空樹脂含浸法)」という方法だ。
「これをさらに、大気圧の中でオーブンのように焼けないかというのが、いま取り組んでいる研究です。真空環境をつくる必要がなくなれば、設備コストもオペレーションのコストも大きく削減できます」
この技術が確立できれば、製造コストを2~3割削減することも難しくないと杉本チーフマネージャは自信を見せる。

プラスチックで空を飛べるまで02

支柱幅が3mあり、より現実に近い実験ができるサーボパルサ10MN疲労試験機

実際の飛行を想定した入念な試験

もちろん、低コスト化を実現できたからといって、強度に不安を残すわけにはいかない。金属材料と比べて、様々な種類の強度が存在するという複合材料。どの方向から衝撃を受けても十分な強度を保てているか、繰り返し負荷がかかっても激しい劣化や炭素繊維の剥離が起こらないかなど十分検証される必要がある。
強度保障を規定している米CMH-17のBBA(Building Block Approach)の概念に示された方法にのっとり、理論値を計算してシミュレーションを行い、実際の試験では、サンプルを小さな部品から構造物へと段階をへて大きく作っては試験機でテストを繰り返してデータを積み上げていく。
数ある同センターの分析・計測機器の中で、島津製作所の大型試験機サーボパルサ10MN疲労試験機も重要な役割を担っている。10MN(=1000トンの力)まで計測でき、作られたサンプルは、引っ張られたり、圧縮されたりと過酷な試験にさらされる。
「これまでも3MNクラスの試験機を持っていましたが、近年、より実寸に近い形状、実装されたときに近い荷重をかけてのテストが求められるようになっています。そうなると、試験力だけでなく、サンプルがすっぽり入るうえに、試験を正確に行うために必要な設備も一緒にセットできる試験スペースが必要でした。島津のこの装置なら支柱間の幅が3メートルあるので、より現実に近い条件で試験を行うことができます」(杉本チーフマネージャ)
同センターの研究で使うのはもちろん、国内の航空機メーカーを支援していきたいと、積極的に活用してもらうことを目指しているという。
試験では単に強い力を加えるだけでなく、航空機のライフタイムを想定して、それぞれの部位に適確な荷重をかけつつ長期にわたって検証する必要もある。離着陸時や飛行中の突風などを想定してモデル化された荷重パターンを使って、疲労試験が行われる。その中では、雹がぶつかったり工具を落としたりということを想定した衝撃を与えて安全性に影響がないことも確認される。飛行機の寿命が飛行回数2万回と仮定すると、部分構造物の検証期間は1ヶ月半から半年にもわたる。
「長い歴史を持つ金属材料に比べれば、CFRPなどの複合材の経験値は、まだまだ少ない。試験のやり方も含めて、もっと多くのデータを集めて信頼性を高めていくことで、航空機に携わる企業を支援していきたいと思っています」
地道かつ入念な作業が、航空機をより快適で安全な乗り物へと進化させていく。

10MNの大型試験機が入るJAXAの施設

10MNの大型試験機が入るJAXAの施設


施設内には航空機の翼など実機構造物も。

施設内には航空機の翼など実機構造物も。


施設内部(10MN大型試験機は右奥)

施設内部(10MN大型試験機は右奥)

プラスチックで空を飛べるまで05

独立行政法人宇宙航空研究開発機構(JAXA)
航空本部 複合材技術研究センター 計画管理チーフマネージャ

杉本直 (すぎもと すなお)