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芋で酔わせる

芋で酔わせる

芋で酔わせる02

2000年代初頭から続く焼酎ブーム。その主役となっているのは、原料の風味を生かした本格焼酎。ブームの火付け役でもあり、全国にファンを持つ「黒霧島」誕生の裏側に迫った。

トロッと、キリッと

芋焼酎の本場、南九州では、夏でもお湯割りが定番だ。グラスからサツマイモ独特の甘い香りが立ちのぼり鼻孔をくすぐる。
「芋らしさを前面に出して、トロッとした感じに仕上げました。酸味は抑えて、やさしい飲み口にしたのがよかったのではないでしょうか」
と笑みをこぼすのは霧島酒造株式会社 酒質開発本部長で、研究開発部、酒質管理部、品質保証部を統括する高瀬良和氏。手には、大ヒットを続ける芋焼酎「黒霧島」のボトルが光る。
宮崎県南部、都城市に工場を置く霧島酒造は、1916年(大正5年)創業の老舗酒造メーカー。地元南九州産の芋にこだわった「本格芋焼酎」を主力商品にしている。2012年には、本格焼酎メーカー中売上高で首位に立つなど、名実ともにトップメーカーだ。
黒霧島の発売は1998年。当初は宮崎県での限定販売だった。キャッチコピーは「トロッと、キリッと」。
「当初は、これ程やさしいイメージはもたせていませんでした。私たちの中では、芋焼酎は焼酎の中でも特にクセがあるため、麦、米などから始めて最後に行き着くのが芋だという考えがありましたから、ターゲットは男性で、しかも普段から焼酎を飲み続けている人と考えていたんです。ところがふたを開けてみると、『これは飲めますよ』『芋って飲みやすいですね』という女性の声がたくさん聞こえてきて、あれっ?と」(高瀬良和本部長)
反響を背に、翌年全国展開に踏み切るや、焼酎ブームにも乗って全国でファンを獲得、2003年には、日本食糧新聞社食品ヒット大賞の酒類部門で優秀ヒット賞を受賞し、知名度を不動のものにした。

海峡を渡れ

全国で知名度を得る。それは、霧島酒造にとって悲願でもあった。
現在の焼酎ブームは第3次焼酎ブームといわれる。第1次ブームは、1970年代後半。お湯割りで飲むスタイルが受けて、広く飲まれるようになった。第2次は80年代の前半。麦やそばなど穀類を原料とする焼酎が市民権を得た。
近県の焼酎メーカーが全国区となるのを目の当たりにし、霧島酒造も東京、大阪に支店を開設。全国での拡販を目指した。だが、関門海峡の波は、容易には乗り越えられなかった。ネックとなったのは、自分たちのアイデンティティでもある芋だ。
「本州を攻めるにはやはり "脱芋" で行かなければ」と、米、麦、そばの焼酎を相次いで開発した。だが、先行するメーカーの壁は厚く、市場に食い込めない。
それなら、匂いを抑えた芋焼酎をつくろうと、原料の芋の皮をはぎ取って仕込んだこともあった。だが、 「味も落ちたと不評で、1年で止めました。やはり、美味しいところは、皮と実の間にあるんですよね」(高瀬本部長)

黒はやさしい

迷走が続く中、江夏順行社長は決断を下した。
「芋に帰ろう」 。芋焼酎で創業した会社なのだから、芋で勝負しようと宣言したのである。
そのこだわりは徹底していた。まずは原料芋の品質管理を強化した。仲買業者を集めて良質の芋を栽培するための勉強会を開いた。その手法は、仲買業者を通して、生産者に伝えられていく。
特に注意を払ったのが「黒斑病」というサツマイモの病気。この病気を発症した芋が原料に少しでも混じると、焼酎の味、香りはがくんと落ちる。そのため、人の目と手で、すべての芋をチェックし、ひとつでもこの病気をもった芋が見つかった生産者には、トラックごと持って帰ってもらった。
徹底した原料管理はもとより、濾過する時の原酒の温度も、1度の違いにこだわった。
「芋の選別、衛生管理、製造条件などの当たり前のことを改めて徹底させた。いってみれば、それだけのこと。でも、着実に品質は高まっていきました」(高瀬本部長)
当たり前でなかったのは、ただひとつ。黒麹を使ったことだ。
黒麹は、大正から昭和初期には焼酎づくりに盛んに用いられていたが、白麹が発見されて以来、次第に用いられなくなっていた。霧島酒造でも黒麹を使った焼酎は、ほとんどつくっていなかったが、あらゆる麹を試す中で、浮かんできた一案だった。
そして、当たった。できあがった黒麹仕込み「黒霧島」は、思いも寄らぬやさしい味に仕上がり、食事をじゃましない、むしろ引き立てる焼酎として新たな市場を切り開いていった。2000年代に入って、黒霧島は二桁の売上増が7年も続き、同社の売上げの9割近くを占める看板商品に成長。業界首位獲得の原動力となった。

芋で酔わせる02

1次仕込


芋で酔わせる03

選別

トップメーカーの矜持

同社の工場では、島津製作所の異物検査装置や分析装置が目を光らせ、品質管理に一役買っている。
「お客様からのお問い合わせに、誠意をもって、できるだけ早くリアクションしたいと考えて、自社内に検査体制を整えました。トップメーカーになれば、どうしても求められるものが高くなり、増えてくる。それにお応えできるだけの体制は整えておかないといけませんから」(酒質開発本部品質保証部品質保証課 今泉清彦課長)
分析装置は、味、香りを追究する研究開発部でもフル稼働している。
「これだけお客様に慕われている焼酎でも、何がこの味を出しているのか、あの香りの元は何なのか、科学的にはまだよくわかっていないことが多いんです。それを一つひとつ探り当てて、いい焼酎づくりにつなげたい」(酒質開発本部品質保証部 奥野博紀部長)
霧島酒造の地下からは、霧島連山の地層をくぐり抜けた清冽な水がこんこんと湧き出している。その水と社員たちの熱い思いがある限り、また、おいしい一杯がいただけそうだ。

霧島酒造株式会社
酒質開発本部長 研究開発部・酒質管理部・品質保証部担当 取締役

中高瀬良和(たかせ よしかず)【中】

霧島酒造株式会社
酒質開発本部 品質保証部 部長

奥野博紀(おくの ひろのり)【右】

霧島酒造株式会社
酒質開発本部 品質保証部 品質保証課 課長

今泉清彦(いまいずみ きよひこ)【左】