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あしたのヒント 慶應義塾大学 大藪毅 専任講師

現代版 働きがいはこう作る ― 多様化する社員の生き方をどう支えるか

現代版 働きがいはこう作る01

長期的なキャリア形成が働きがいに

自分は何のために働いているのだろう―社会人ならば、誰もが一度や二度は、働く意味について自問自答した経験があるはずだ。年齢やキャリアにかかわらず直面する可能性があるが、若い人ほど答えを出せずに悩んでしまう傾向が強いようである。チームの管理を任せられている多くのミドルマネージャーたちも苦慮しているのではないだろうか。
「生活のため」「お金のため」というドライな答えもあるだろう。もちろん、それも正解の一つだが、それだけとは限らない。
「短期的なモチベーションを上げるのには、確かにお金は有効です。しかし、長期的に働き続けるのならば、お金の効果は必ずしも高くはないんです。別の視点での“働きがい”を感じてもらう必要があります」
と慶應義塾大学経営管理研究科・ビジネススクール専任講師の大藪毅先生は指摘する。
一口に働きがいといっても多種多様な視点があるが、究極的には“会社が信頼されること”が重要な意味を持ってくると大藪先生は話す。信頼を高めるために重要になってくるのは、長い目で見て将来のキャリア形成ができる職場環境を提供することだという。仕事への不安は、自分の未来への不安でもある。だからこそ、自分の数年後、十数年後の未来像が見えれば、自然と今この瞬間に所属する組織で、前を向いて頑張ろうという意思を持つことができるのである。

長期雇用を前提にした人材育成

こうした考えに基づいて、かつて典型的な日本企業では、「長期雇用」をもとにした社員育成に取り組むことで、社員との信頼関係構築に勤しんできた。
終戦直後、会社は社員を食べさせるため、結婚などのライフステージに合わせて自動的に給料も役職も上がる『初期型年功序列制(生活支援型年功制)』を採用していた。しかし、高度経済成長期に差し掛かった60年代後半になると、人材が成長しなければ会社の成長に繋がらなくなった。
「そこで、既存の年功序列制に能力主義をミックスするようになり、日本独特の仕事の中でのキャリア形成『能力主義的年功制』が確立されたのです」
今でも日本企業の中には、入社年次で育成・評価するという暗黙の了解が存在する。5年目でマネジメント能力を磨くのが通例であれば、周囲は5年目の社員をマネージャー候補として見るようになる。
「本人もそういう期待の目に応えるべく、自らを高める努力をしようとします。しかも、後輩がどんどん入ってきますから、下からの突き上げに負けないように頑張るしかありません。いわば社内の人間関係を使ってセルフモチベートしていく。これが日本型の能力主義的年功制なのです」
通常の企業では、マネージャー候補となる社員は、数年単位で組織のさまざまな部署を経験していくことになる。すると会社内の各職能の有機的連携、いわば“社内のバリューチェーン”を全体的に理解した“会社の専門家”が育っていく。
「欧米ではイノベーションはその道の専門家が行っていますが、日本では伝統的に会社を熟知する人材が現場で起こしてきました。この点が日本企業の強みでもあったのです」

会社のファンになってもらう

しかし、バブル崩壊後の90年代後半からアメリカ的能力主義を導入する組織が増え、集団管理から個人へと企業の人材管理を取り巻く状況が変化し、働き方が多様化した。長期雇用も選択肢のすべてではなくなってしまう。
「その中では会社の専門家ではなく、“職種の専門家”とも言うべき人たちが増えてきました。しかも、男女や国籍などを問わないダイバーシティの考え方が浸透しましたし、ワークライフバランスを考慮した職場環境づくりも行わなくてはなりませんから、働き方の多様性にも拍車がかかっています」
立場が異なれば価値観も異なる。長期的に見て成長できることが働きがいになる社員がすでに少数派になっているという組織もあるだろう。
では、現代型の社員の働きがいはどうすれば見いだせるのか。大藪先生は「多様な社員の多様な未来を守るという姿勢」が重要だと話す。
かつては親子の関係のように、親である会社は、何があっても子どもである社員を守り通してきた。その中では親が示す道を子が黙々と歩んでいれば、成功が保証されていた。しかしながら、今の時代はキャリア形成の主導権が社員個人に委ねられている。これまでのように一つの施策ではすでに働きがいを高められなくなっているのだ。
「その中では人材に合った職務内容、勤務年数、獲得したい能力などを細かく定めたキャリア形成の取引メニューを複数提示して、個人が自分のワークライフバランスに合わせて選択できるようにしていかなくてはなりません。それには個人も選択責任が問われますが、会社側は社員の意思を尊重し、可能な限りサポートするという強いメッセージを発することが最も大事です」
親の背中を見せれば、社員が黙って追いかけていく時代は終わった。今の時代の会社は社員に「好きになってもらう」ために、自発的な取り組みを行っていかねばならないのである。
企業活動において消費者や顧客にファンになってもらうことが企業の発展に繋がると言われる。社員というファンの働きがいを高めることも、企業の持続的な発展に欠かせない要素となることを忘れてはならない。

大藪毅(おおやぶ たけし)

慶應義塾大学 経営管理研究科・ビジネススクール 専任講師
博士(経済学)

大藪毅(おおやぶ たけし)

1992年京都大学経済学部卒業。96年京都大学大学院経済学研究科修士課程修了。新日本製鐵、関西国際産業関係研究所を経て、英国LSE産業関係学部に留学する。2003年慶應義塾大学大学院経営管理研究科専任講師に就任後、現在は慶應義塾大学医学部講師(医療政策管理学教室)も兼任する。