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茨城県立こころの医療センター

統合失調症の解明に先進医療を駆使して挑む

統合失調症の解明に先進医療を駆使して挑む01

2011年にリニューアルオープンした茨城県立こころの医療センター。その立て直しの切り札として期待されたのが先進医療だ。特に120人に1人が発症するという統合失調症の解明に、真正面から取り組んでいる。

県立病院の立て直しに着手

茨城県立こころの医療センターは、茨城県の精神医療の中心を担う中核病院だ。精神科の救急体制を整え、医療観察法に対応する病棟や児童・思春期専用病棟など、充実した設備を備える。また周辺の医療機関や、地域の民生委員、多数のボランティアとも連携。心の病に悩む患者さんと家族の拠り所となっている。だが、ほんの数年前には、閉院するかどうかの瀬戸際にあった。
前身となった茨城県立友部病院は1960年に開設され、往時は規模の大きさだけでなく、社会復帰促進を念頭においた積極的な開放的治療を導入していたことから「東洋一の精神科病院」として全国にその名を知られる存在だった。しかし時代の推移に取り残され、古い体質や施設の老朽化の結果、利用者が激減。存在意義が問われるまでになっていた。
その立て直しのため、2007年に招聘されたのが、土井永史病院長だ。
「旧態依然とした意識やシステムを改革することから始めました。閉鎖を求める否定的な声が多い逆風の中で、なんとしても県立病院としての新たな存在感を示したかったんです」
09年には、現在、土井病院長の右腕として病院を支える加藤進事務局長を招聘。365日24時間対応の精神科救急医療体制を導入する一方で、経営面からの立て直しにも大鉈をふるった。
こうした多方面の改革が評価され、存続が決定。同時に新病棟の建設がはじまり、11年3月末に新病棟のプレオープンを迎えるはずであった。

震災後の対応で存在意義を示す

3月11日、病院のある笠間市も震度6の揺れに襲われた。幸いにも人的な被害はなかったが、ホールの巨大な強化ガラスが壊れるなどの被害が出た。
その頃、隣県の福島では、地震と原発災害で被災した入院患者の移送が大問題となっていた。それにいち早く応えたのが、茨城県立こころの医療センターだった。双葉町の精神科病院から退避した入院患者40人を迎えるため、3月15日には土井病院長と加藤事務局長以下志願したスタッフたちが、2台のバスでいわき市に向かった。患者さんのケアをしながらの移送と受け入れ作業の中で、リニューアルに向け準備していた患者識別システムなどがうまく機能し、混乱を最小限に食い止めることができたという。その後、同センターが引き受けた被災患者は、108人にも上った。
当時を振り返り、加藤事務局長は、
「図らずも、あの震災後の対応が、公的な病院としての存在意義を示し、評価を確立することにつながりました。またその試練を通じて、病院長の真の意思をスタッフたちが理解し、病院長も個々のスタッフの能力や意思を再発見するなど、皆が一つにまとまっていけるぞと改めて心強く感じた大きなきっかけともなりました」
と話す。
余震が一段落し、震災後の諸状況が落ち着いた10月、新病棟は無事オープンを迎えた。茨城県立こころの医療センターは、名実ともに再スタートを切ったのである。

統合失調症の解明に先進医療を駆使して挑む02

茨城県立こころの医療センター
旧県立友部病院をリニューアルし、2011年に誕生した精神科専門病院。先進医療を取り入れる一方で、地域に開かれた中核病院を目指し、地域医療へのバックアップや医療ネットワーク作りにも力を入れている。
http://www.pref.ibaraki.jp/byoin/mc-kokoro/cont/

先進医療を積極的に導入

茨城県立こころの医療センターでは、大きく3つの方針を掲げている。
「まず、地域に開かれた中核病院であること。専門家を育てることができる専門病院であること。そして全国に発信できる先進病院であることです」
先進医療設備の導入については、多額の予算を必要とするため、いくつものハードルがあった。しかし県立病院であっても、先進医療設備を導入することで病気の早期発見・治療や解明につなげたいという土井病院長の情熱をうけ、加藤事務局長が粘り強く県との折衝を行った。その結果、精神科の専門病院としては、全国でも類を見ないほどの設備を整えるに至った。その恩恵は地域に先進医療を提供するだけでなく、病気の解明など広範囲に及んでいる。
例えば、同センターの入院患者の多くを占める統合失調症は、120人に一人が罹患するありふれた病気で、思春期~成年初期に発症の可能性が高い。だが、そのメカニズムはまだ分からないことも多い。
土井病院長は、統合失調症に関する研究者としても知られ、長らく臨床研究を行ってきた。特に脳の複数の部位で脳血流を保とうとする調整機能が低下することに着目し、研究手法として早くから近赤外光イメージング装置(fNIRS)を活用してきた。これはヘモグロビンの酸素との結合度合によって、近赤外光の吸収割合に違いが出ることを利用して検査を行う装置で、09年に「うつ症状の鑑別診断補助」として精神医療分野で初めて先進医療に承認された。神経活動や脳血流の変化に伴う血中ヘモグロビンの増減を捉え、脳の活動状態をリアルタイムに計測し、その変化を画像化することもできる。統合失調症の場合は、通常とは違い、血流予備能低下部位がモザイク状に現れることが多い。
現在、患者さんの脳の状態を見ることができる島津製作所の医療用近赤外光イメージング装置SMARTNIRSが同センターに導入され、早期発見と同時に、そのメカニズム解明の切り札として活用されるなど、先進医療に貢献している。
また近年、社会的にもクローズアップされている睡眠時無呼吸症候群が、統合失調症や、うつ病の増悪要因となっている可能性に注目しているという。
「これらの患者さんに、睡眠時無呼吸症候群の治療を施すことで、症状が改善した例もあります」(土井病院長)
その関連を脳科学的なアプローチで解明するには、SMARTNIRSをはじめとする先進医療機器が欠かせないのだ。

統合失調症の解明に先進医療を駆使して挑む03

島津製作所のSMARTNIRSは、医療用の近赤外光イメージング装置。血中ヘモグロビンの変化を捉えることで、脳の活動状況をリアルタイムにカラーマッピングする。測定目的に応じて様々なホルダが用意されている(写真は全頭用ホルダ)。

早期発見に先進医療を活用

リニューアルから間もなく2年。当初は大規模な設備投資を危ぶむ声もあったが、経営状況はこの数年で急速に改善。3年連続黒字と順調だ。
地域に開かれた中核病院を目指して始めた“こころの医療連携会議
をはじめとする医療ネットワークの構築が軌道に乗った。先進医療がもたらす信頼性との相乗効果も生まれ、利用者の数が激増したのだ。
さらに先進医療の導入が、今後の治療手法を劇的に変えていく可能性があると土井病院長は展望する。
「精神疾患の多くは、一般の病気以上に早期発見、早期治療が重要です。SMARTNIRSのような装置を使った先進的な検査を活用することで、患者さんの個々の症状や脳の状態を早期に判断し、オーダーメイド的な治療を行うことが、将来的には見込めるのです」
茨城県立こころの医療センターと土井病院長が見据える先進医療の未来は、一歩ずつ確実な歩みを進めている。

土井永史(どい ながふみ)

茨城県立こころの医療センター 病院長
博士(医学)

土井永史(どい ながふみ)

教育学者。1998年、東京大学医学部卒業。都立大久保病院医長、都立荏原病院医長・部長を経て2004年より東京大学医学部精神医学講師。07年より現職。

加藤進(かとう すすむ)

茨城県立こころの医療センター 事務局長

加藤進(かとう すすむ)

東京警察病院医事課課長、白髭橋病院事務長などを経て、2009年に茨城県立こころの医療センター事務次長就任。10年より現職。