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温故知新「熱分析」

熱による物質の変化を鋭く読み解く「熱分析」

熱とものづくりの関係

熱による物質の変化を浮き彫りにする熱分析。
19世紀末にルシャトリエがその原型を編み出して以来、様々な手法が開発されてきた。
今やあらゆる研究、あらゆるものづくりに欠かせない存在となっている。

熱とものづくりの関係

熱による物質の変化は、様々なものづくりに役立てられている。代表的なのは高分子化学だ。プラスチック(合成樹脂)や合成ゴムは、微妙な成分の違いや熱の加減で硬度や凝固特性が変化するため、成形条件の検討や製品品質を確保するには、熱による特性変化の把握が欠かせない。
金属の製錬も熱による物質の変化を利用したものだ。鉄で言えば、1500度の溶鉱炉で鉄鉱石をドロドロに溶かし、液体となった鉄を取り出す。食品や医薬品などにおいても、原料などの性質を調べるのに、何度で溶けはじめ、何度で溶け切るといった細かな変化をしっかりと把握することで、例えば調理における加熱過程や口中における融解過程などと対比が可能であり、食品の研究にも熱による物質の変化が生かされている。

熱の不思議

このように、物質は温度の変化によってその形や性質をガラリと変える。水は常温では液体だが、100度を超えれば空中を漂う蒸気となり、0度を下回れば固い氷と化す。あまりに身近すぎて見落としがちだが、H2Oという同じ物質にもかかわらず、温度が異なっただけで劇的に異なる性質を顕すのだから、不思議と言えば不思議なことである。
水に限らず、ほとんどすべての物質が、熱の影響を受ける。熱や圧力によって気体や固体、液体に変わっていくいわゆる「相変化(相転移)」のほか、加熱・冷却することで他の元素と化合したり、熱伝導性や電気特性が変化したりする物質も多い。

質量や熱量の変化を捉える

こうした変化を捉える技術が、「熱分析」である。定義上は「一定のプログラムに従って試料を加熱または冷却し、試料に生じる変化を測定する技法」とされている。つまり、熱による物質の変化を捉えることで、その性質を明らかにする分析法だ。前述した高分子化学や食品・医薬品分野以外にも家電・自動車などの私たちの身近な製品の中に多く使われている部品の耐熱性評価のため、基礎研究から開発、製造、品質保証まで、あらゆるものづくりの工程で、熱分析装置を見ることができる。
もっとも、熱によって変化する項目は多岐にわたる。温度そのものだけではなく、質量も変わるし、含まれているエネルギーにも違いが生じる。それだけに、熱分析の手法も多様だ。
例えば、「示差走査熱量測定(DSC)や示差熱分析(DTA)」は、相転移や反応にともなう温度や熱量の変化を捉える。また、一部の高分子材料で観測される融点以下の温度で急速に柔らかくなる「ガラス転移」など工業的にも重要な状態把握もでき、幅広い分野で用いられている。
熱分解による質量の変化は「熱重量測定(TG)」を用いる。近年では走査型プローブ顕微鏡やフーリエ変換赤外分光光度計などの他の測定装置と同時に測る「複合測定」といった手法もあり、従来の熱分析装置だけでは測定できなかった極微小領域での測定や材料から発生する分解ガスの測定、組織分析や熱分解機構などの評価も可能となっており、ありとあらゆる熱変化を捉えようとしてきたのである。

19世紀後半にはじまった熱分析

そもそも熱分析は1887年にフランスのルシャトリエによって開発された技法だ。ルシャトリエは加熱した粘土の温度上昇の度合いの違いから、種類の異なる6つの粘土を特定することに成功する。前述の分類でいえば「示差熱分析(DTA)」の原型である。この温度差によって状態変化しない「基準物質」と、分析をしたい物質を同時に加熱して、その温度差から物質変化を読み解くDTA法は以降、様々な研究者の手を経て改良され、20世紀初頭には確立されていった。
1915年には日本の科学者の本多光太郎が、「熱天秤」という分析方法を考案する。加熱による試料の質量の変化を測る装置であり、これにより「熱重量測定(TG)」が確立されていく。もっとも熱分析の結果を記録するには装置を相当長時間稼働させる必要があり、なかなか普及しなかった。
転機は第二次大戦後に訪れる。コンピュータなどの電子技術が出現したことから、自動分析などの手法が確立され、熱分析の利便性は大きく向上する。1970年代前後には高分子化学の発展と歩みを共にして熱分析は一気に進化。微妙な熱の動きを追うノウハウが高分子化学分野を通して醸成されたことで活躍の場が広がり、冒頭で挙げたような多彩なジャンルのものづくりに熱分析は生かされるようになった。
現在の熱分析装置は、マイナス180度から2000度までの広範な領域での温度測定が可能で、熱によるμ(マイクロ)オーダーの物性の変化も読み解くことができるなど、熱分析は驚くべき進化を遂げている。最近は航空宇宙の最先端材料評価や極微小領域での物質変化を研究するのにも熱分析技術が応用されるようになり、ますますその重要性は高まっている。これからも熱分析がきっかけとなり、ものづくりの新たな可能性が広がっていくことになりそうだ。

熱分析01

写真(1) 日本初の自動DTA装置DT-1 (1958年) 。
写真(2) デジタル制御とマルチチャンネル概念を導入したDT-40(1984年)。信号のデジタル化により4台の装置の同時測定を可能とした。
写真(3) 高性能・高機能な新材料開発のための分析を高い感度と簡単操作で実現するDSC-60 Plusシリーズ。(2013年)