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挑戦の系譜

ナノからミリまで一度に測れるセンサーを

どれくらいの大きさの粒子が、どれくらいあるかを測る粒子径分布測定装置で、島津は国内シェア1位を続けている。
ナノテクの世界で、極めて重要な役割を担うこの装置には、22年前、大きな飛躍があった。

ものづくりの鍵を握る「粒子径」

「これ、どうやろ」
「それでは、垂直と水平の偏光成分が正確にとれませんね」
1990年の2月、島津製作所三条工場で3人の男が、三角形や四角形を組み合わせたパズルのようなスケッチを何十枚も書き散らしていた。第一科学計測事業部主任(当時)の丹羽猛と、その部下で入社4年目の島岡治夫、そしてセンサー部品を供給するパートナー企業の担当者だ。
3人の頭を悩ませていたのは、「粒子径分布測定装置」のセンサーの形状だ。粒子径分布測定装置とは文字通り、試料のなかにどれくらいの大きさの粒子がどれくらいの割合で含まれているかを測定する装置。原料の粒子の粒子径分布は、食品であれば味覚や歯ざわり、のどごしに影響する。医薬品の場合、粒子径分布の違いは、胃の中で分散、溶解するスピードに影響し、その効果や副作用を大きく左右する。セラミックスや電子部品なら強度や電気的特性に直接影響する。望む大きさの粒子が製品の中に望む割合で分布していることは、およそあらゆる製造分野で重要な指標なのだ。
粒子径の重要さは古くから認識されており、近代以前も、ふるいを使って一定の望む粒子径の物質を分別し、ものづくりに活かしてきた。その後さまざまな手法が生まれ、1970年頃、アメリカで「レーザー回折・散乱法」という測定法が開発されてからは、測定できる範囲がナノサイズからミリ単位まで広く、かつ再現性が高い測定法として、各分野で活用されている。

ものづくりの鍵を握る「粒子径」

分析計測事業部試験機ビジネスユニット 
プロダクトマネージャー 島岡治夫

センサーに突きつけられた課題

センサーに突きつけられた課題

レーザー回折・散乱法は、粒子に当たって回折・散乱する光を検出面(センサー)で捉えて、その粒子の大きさを判定する手法。大まかにいえば、粒子が小さくなるほど検出面に投影される光のパターンは大きくなり、粒子が大きくなるほど小さくなる。(→左コラム参照)
粒子が小さく、そのままではセンサーのサイズを超えて散乱光が広がってしまう場合も、粒子群と検出面の間にレンズを挟むなどして光学系のシステムを切り替えれば、検出面に収めることができる。だが、課題となっていたのは、まさにそこだった。
「ナノからミリまで、いっぺんに測れないかという要望が増えていたんです。それまでの装置でもスイッチで光学系を切り替えれば全レンジ対応できていたのですが、測りたい粒子径がどのあたりのレンジに分布するのかわからない場合などは、レンジを切り替えながら数回繰り返し計測しなければいけません。よりよい製品をつくるために、粒子径分布をより詳細かつ綿密に計測したいというお声も増えていて、同じ試料の計測にかける手間は最小限に留めたいというのです」(現・分析計測事業部試験機ビジネスユニット島岡治夫プロダクトマネージャー)
原理的には検出面のセンサーが大きければ大きいほど、小さな粒子径までカバーできる。だが、当時の技術では、センサーの材料となるウェハのサイズは、直径20センチにも満たなかった。
課題の解決には、革新的なアイデアが必要だった。

弧を描いて鳥は羽ばたく

「こういうのはどうだろう」
何十枚目かもわからないその絵を見たとき、3人の目に輝きが生まれた。
そこに描かれていたのは、ちょうど鳥が羽ばたいているときの羽の様子を正面から捉えたようなV字型の形状だった。粒子径を計測するには、回折・散乱する光が描く同心円の散乱パターンがわかればいい。それなら、円全体を検出しなくても、中心点と弧の一部が捉えられれば、散乱パターンは導き出せる。3枚のセンサーを組み合わせればいいので、大きなウェハも必要ない。
「いける。これならいけるんじゃないですか。これに賭けましょう」
だれともなく、そう声を上げた。

バイオコンビナートを作る02

はばたく鳥に似た独特のセンサー形状。これで同心円の回折・散乱像の弧を捉えて、散乱光パターンを導きだす。

1万倍のワイドレンジに対応

早速、スケッチをもとにしたセンサーが試作された。3つの小さなセンサーを組み合わせたものとはいえ、決して安いものではなく、いくつも試作するわけにはいかない。
「この試作品一点に賭けたわけで、いってみれば大ばくちです。なんとしても成功させようと、私も、他のスタッフも寝食を忘れて開発に没頭しました」(島岡)
その苦労が実り、アイデアスケッチからわずか1年後の1991年6月、羽型のセンサー「Wingセンサー」を搭載した粒子径分布測定装置「SALD-2000」が発売された。測定範囲は30ナノメートルから280ミクロン。直径が1万倍も異なる粒子を、レンジ切り替えなしで測定できる汎用性は、市場から大きな支持を得た。2012年発売の後継機種「SALD-2300」では、17ナノメートルから2.5ミリと15万倍も大きさの異なる粒子の測定を可能にしている。
近年、ナノテクノロジーの隆盛で、粒子径分布測定装置のフィールドは急速に拡大している。そのナノの世界を正確に見極める目として、WingセンサーとSALDシリーズには、一層の期待がかかる。

島岡治夫

株式会社島津製作所 分析計測事業部
試験機ビジネスユニット プロダクトマネージャー

島岡治夫