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火を灯す

火を灯す

NPO法人 カタリバ代表 今村久美

被災地の子どもたちに、未来を。
教育の機会を失った子どもたちのために
若者たちが立ち上がった。

火を灯す
津波の爪跡の残る大槌町で決意を語る今村さん

あきらめてほしくない

「先生、丸付けてー」
「はい、よくできたねー」
午後5時、閉校が決まっている小学校の空き教室で、プリントを掲げて笑う子どもたちの姿があった。ペンを片手に子どもたちの間を歩くのは、つい数カ月前までサラリーマンだったり、大学を休学してやって来た教員志望の学生だったり、地元で長く活動していた塾講師など様々だ。
宮城県女川町の放課後学校「コラボ・スクール『女川向学館』」。女川町内の小中学生約200人が、放課後、バスに乗ってここにやって来る。自習室で宿題をこなす子どももいれば、コラボ・スクールが作った教材に取り組む小学生や、大人たちと熱心に話し込む中学生の姿もある。
子どもたちは取材に訪れた記者たちにも「何撮ってるの?」と気軽に話しかけてくる。
「いろんな大人たちと出会えるのが楽しいんですよ。これまで親や教師以外の大人と話す機会はほとんどなかったですから」
というのは、”校長 “のNPO法人カタリバ代表・今村久美さんだ。
女川町は東日本大震災の被災地でもとくに被害が大きかった町だ。町民の1割弱が死亡または行方不明となり、住居の倒壊率は8割を超えた。豊かな営みがあった町はがれきの山と化し、笑顔が消え、そして学習機会の場が激減した。
帰宅しても仮設住宅や避難所で暮らす子どもたちに、落ち着いて勉強する場所はない。グラウンドに寝そべって宿題をこなす児童の姿も見られたほどだ。
学校の授業を補い、子どもたちの進学を支えていた塾も、教室を失い、復帰のめどは立たなかった。
「震災があったから夢をあきらめた、受験に失敗した、志望校に行けなかった。そんな理不尽な想いを絶対にしてほしくない」
今村さんは、2011年3月、月が変わるのを待たず、手を挙げた。

機会が平等でないのはなぜ

今村さんが代表を務めるカタリバは、高校生を対象にしたキャリア学習プログラムを行っている。2001年、教育環境や機会が平等でないことに疑問を抱いた今村さんが、大学在学中に立ち上げた活動だ。
全国の高等学校を訪れ、進路意欲を高めるワークショップ「カタリ場」を実践。体育館に200~300人の生徒を集め、車座に座り、グループごとに学生や社会人のボランティアスタッフが興味のある分野や進路についての悩みを生徒に質問し、一人ひとりの夢や不安を引き出していく。続いてスタッフが自らの進路選びの失敗や、いま大学で打ち込んでいること、将来の夢を語り、高校生に「なりたい自分像」の具体例を提供する。
年が近い大学生らとの語らいは、高校生にとって大いに刺激となり、ワークショップが進むにつれて会場は熱を帯び、多くの生徒の目に輝きが宿る。
「特に地方では、人生のお手本となる大人との出会いが少なくて、将来の目標が持てず、受験勉強に身の入らない生徒が少なくありません。私自身もそうでした。でも、きっかけさえあればモチベーションはぐっと高まるんです。一人でも多くの子どもに、最初の一歩を踏み出してもらいたい、そう願って続けてきました」

町、学校と一体になって

カタリバを通して長く子どもたちの心に火を灯す活動を続けてきた今村さんにとって、東日本大震災後に真っ先によぎったのは子どもたちの心の問題だった。
「阪神・淡路大震災では被災者生活に疲れ、残念ながら数年後に自殺を選んでしまう人が増えてしまいました。このままでは東北でも同じことが起こってしまう。もしかしたら幼い子どもたちの心の火は、いまにも消えそうになっているかもしれない。そう思うと、居ても立ってもいられませんでした」
すぐさま今村さんは行動を起こした。NPO活動で培ったノウハウを活かして、子どもたちの継続的な心のケア、学び、就業の機会支援を目的とする基金を協力団体と共に創設し寄付を募ったところ、全国から多数の善意が寄せられた。
当初は、集まったお金を信頼できる地元のNPOに寄付することを考えていた今村さんだが、継続的な活動を任せられる団体はなかなか現れない。
それなら自分でと心に決め、子どもたちの学習支援をしたいと町に申し出ると、ぜひやってほしいと避難所となっている小学校の一フロアを貸してもらうことができた。仕事として講師を務めてくれる人を全国に募り、教室を失って失業状態だった地元の塾講師とも雇用契約を結んだ。
そして7月、女川向学館が開校した。勉強がしたくてもできない状況の下、学習習慣を失っている子どもが多くいた。それでもスタッフをはじめ、町や学校関係者が知恵を持ち寄り力を合わせ、問題を一つずつ解決していくことで、次第に子どもたちの笑顔が増えていった。

町、学校と一体になって

女川向学館の放課後学校の様子

強く、優しいリーダーに

秋には今村さんらの活動を紹介した新聞記事を見た岩手県大槌町から、うちの町にもぜひコラボ・スクールを作ってほしいと声がかかり、2011年12月には2校目となる「大槌臨学舎」が開校。中学3年生87人(現在、中2~高3約200人)が学びの場を得た。
そして翌年3月、初めての“卒業生”を送り出した。両校の中学3年生124名のうち、98%が第一志望の高校に合格。全員が高校へ進学を果たしたのだ。
コラボ・スクールの卒業式、生徒は1年後の自分に向けて手紙を書いた。「消防士になる夢はあきらめない」「保育士になって世界中の子どもを笑顔にしたい」。「町の復興のために、自分も何かしたい」。
生徒たちの心のキャンドルは、赤々と灯っていた。
今村さんには忘れられない出会いがある。
2011年4月、石巻で高校生の少女に出会った。午前中、行方不明の両親を探し、遺体安置所で傷みの激しい遺体を一体一体確かめて歩いていたという。だが、筆舌に尽くしがたい悲しみを抱いていたに違いないその少女は、午後、自分よりも幼い子どもたちと遊ぶボランティアに、笑顔で出かけていった。
「『私も辛いけれど、私より小さい子たちは、もっと辛いはずだから』と微笑むんです。なんて強い心だろう、なんて素敵な子なんだろう、と心が震えました。彼女と出会って、悲しい体験を乗り越えて、希望へと変えることができれば、この東北から、誰よりも強く、優しい未来のリーダーが生まれるはずだと確信しました。そのために、できる限りのことをこれからもしていこうと思います」

今村久美(いまむら くみ)

特定非営利活動法人カタリバ代表理事

今村久美(いまむら くみ)

1979年岐阜県高山市生まれ。2002年、慶應義塾大学環境情報学部卒業。大学在学中に高校生に向けた独自のキャリア教育プログラム「カタリ場」の活動を始め、06年にNPO法人化し、代表理事に就任。カタリバはこれまでのべ10万人の生徒に対してプログラムを実施している。08年、日経WOMAN「ウーマン・オブ・ザ・イヤー」受賞。NPO法人カタリバとして09年、内閣府「女性のチャレンジ賞」も受賞している。