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あしたのヒント 一橋大学 沼上幹 教授

かわいい部下には、勝ち戦をさせよ

かわいい部下には、勝ち戦を01

部下の仕事を無駄にしてはいけない

多くのビジネスパーソンは、30代後半から40代前半にかけて課長職に就くなどして、部下を持つ立場となる。一社員から、チームを率いるマネージャーとしての役割が加わるのだ。
だが、それまで人を束ねた経験がないと、とたんに多くの戸惑いを抱えることになる。いわく「部下がついてきてくれない」「部下の気持ちがわからない」「自分の仕事を任せたいが、頼りなくて任せられない」などなど。ともすれば、部下の気持ちをつかもうと、飲みに誘ってみたり、会話のとっかかりを探って若い社員の好みを聞いてみたりしがちだ。
だが、どんなにものわかりのいいやさしい上司を装っても、根本を誤っていては、人はついてこない、と一橋大学大学院商学研究科長の沼上教授は諌める。
「多くの人は役職者になったとき、いちばんに組織の内側をどうマネージするかを考えてしまいます。これが間違い。部下を大事に思うのであれば、部下に気を使うのではなく、上司がまずやるべきことは、部下の仕事が無駄にならないよう、組織の外側をマネージすることなんです」

かわいい部下には、勝ち戦を02

外をマネージする

経営学では、古くから支持的行動と職務満足度の関係を、研究テーマのひとつとしてきた。支持的行動とは、「おまえ大丈夫か」「わからないことがあったらなんでも相談にこい」といった社員をケアする行動のこと。職務満足度とは、その上司のサポートを受けた社員の満足度だ。それぞれを横軸と縦軸にとってグラフを描けば、ふつうなら、右上がりの線が描けると考えそうなものだが、実際はそうならないケースも多い。部下にやさしい言葉をかけるほど、逆に満足度が下がるケースもあるのだという。
なぜか。
その後の研究で興味深い事実が明らかになった。ここに1つの変数を加えると、グラフは見事な相関を見せるようになるのだ。その変数が「上方影響力」。
「課長だけど部長を動かせる課長というのが、世の中にはいます。そういう影響力を持った課長のもとでは、部下がいうことを聞くんです」
上方影響力を持った課長が、「あの企画書、通ったぞ」という成果とともに、部下に「がんばったな」とやさしい言葉をかけると、部下の満足度は急上昇する。その反対に、一生懸命作った企画書を、上長のところに持っていったとたんボツにされる上方影響力の弱い課長では、どんなに「いや、すまなかったな。まあ、よくがんばった」と声をかけても、部下の気持ちは離れてしまう一方だ。
「私自身、商学研究科の科長ですが、研究科のみんなをどうまとめあげるかに心を砕くのではなく、学長とどう交渉してくるか、副学長とどう交渉してくるかが大事なんです。そこでしっかりと交渉して帰れば、自然と学部内はまとまるはずです」
これには、さらによいオマケが付いてくる。がんばって作ったものが、組織外へリリースされて、その結果、会社に利益貢献したら、そのプロジェクトに参加した部下全員が高い満足感を得る。勝ち戦となれば、自ずと士気が上がり、まとまりも出てくる。
「そのためには、何を作るか、どう提案するかといった戦略が非常に重要です。いかにマーケットや競争を読む力を持てるか、それが上司のいちばん重要な素養でしょう」

30代前半は勉強のとき モチベーションの源泉は未来

こうした戦略とともに、「戦術」もきちんと持っていなければいけない、という。
「部下のモチベーションを高めようと、『あのとき私はこうした』と自分の経験と勘に頼って部下を諭す上司が多いのを危惧しています。個人の性質の違いもあれば、状況の違いもあって、上司の経験がものをいうケースは少ないうえに、そんなことでは上司自身もマネージャーとしての一般性の高い知恵の蓄積ができない。モチベーションを高めるには、経営学者たちが何十年も研究してきた理論がいくつかある。それらを知っているかどうかで、部下の顔つきは変わるはずです」
たとえば「期待理論」という有名なセオリーがある。
モチベーションは、期待によって変わるのであって、満足度によって変わるのではない、というのが、この理論の肝だ。前向きに仕事をするために、職場環境を整えても、それは決定打にはならない。それよりも重要なのは未来への期待を高めることだという。
「モチベーションの源泉は未来にあるんです。このプロジェクトをがんばれば、これだけいいことがあるという未来の絵を、どれだけビビッドに伝えられるか。上司の力量が試されることの一つです」
また、「ゴール・セッティング・セオリー」という理論では、単にがんばれというだけでは人を動機づけることはできないが、いつまでに、これだけやれ、という目標数字を高めに設定すると、人間はがんばることを実証している。
「こうした理論を勉強しておき、さらに実践のなかで『なるほどこうだったのか』と実感し、経験を積み重ねていくこと。ゆくゆくはさらに責任の重い立場にステップアップすることを考えれば、その経験がマネージャーには不可欠なんです」
そのためには「30代前半の過ごし方が大切」と、沼上教授は強調する。理論を学ばないまま、実践を続けても、積み上げられるものはきわめて少ない。上司となる前に、理論をしっかり勉強しておき、いつ上司となってもいいように準備しておくことが大事だ。
「経営とは、企業という社会システムを設計運用することですから、若いうちに経営学に触れてほしいですね。客観的な分析力と深い思考力、本質を見失わない目を養えますから、良きマネージャーになる上で役に立ちます」

部下の気持ちが奮い立つ5つの秘訣

スキル・バラエティ
仕事が単調でなくバラエティ(多様性)に満ちていること
タスク・アイデンティティ
仕事の一部だけではなく、一塊で意味をなすものになっていること
タスク・シグニフィカンス
その仕事が、社会的に意味があること。
社会に貢献できるという思いを抱けること
自律性オートノミー
その仕事を自分で計画して、自分の手でできるかどうか
フィードバック
成果に対するフィードバックがあるかどうか

沼上幹(ぬまがみ つよし)

一橋大学大学院商学研究科長 一橋大学商学部長 教授

沼上幹(ぬまがみ つよし)

1988年一橋大学大学院商学研究科博士課程を修了。成城大学経済学部講師、一橋大学商学部附属産業経営研究施設専任講師などを経て、2000年より、同大大学院商学研究科教授。2011年同研究科長に就任。「液晶ディスプレイの技術革新史」(白桃書房)で、日経・経済図書文化賞、エコノミスト賞受賞。近年は、組織が拡大するに伴い硬直化する現象を「組織の重さ」と捉えて、実証的研究に取り組んでいる。