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霧島リハビリテーションセンター

狙った神経回路の強化がカギ!

狙った神経回路の強化がカギ!

脳卒中の麻痺は改善できる。
2011年9月、NHKスペシャルで放映され、話題を集めた驚異的な回復力をもたらすリハビリ法は、脳科学の進化を下敷きに編み出された。
リハビリの現場に革新をもたらす促通反復療法の仕組みと実際に迫る。

笑顔のリハビリ室

「何年も手が握りこぶしの状態で固まっていた患者さんが、2週間のリハビリで、指でモノをつかめるようになりました。脳と末梢を繋ぐ神経回路のうち、目的にあった回路を強化することができれば、回復の可能性はあるのです」
全国のリハビリ専門医や介護の関係者から、大いに注目を集めている施設が、鹿児島県の霧島山系にある。霧島リハビリテーションセンターがそれだ。センター長の川平和美鹿児島大学大学院教授は、自ら考案したリハビリ法“促通反復療法(通称:川平法) ”によって、脳卒中による片麻痺、いわゆる半身麻痺の患者さんを大勢救ってきた。
50床の病棟には現在、片麻痺に悩む患者さんが全国から訪れ、回復を願ってリハビリを行っている。リハビリ室では多くの患者さんが、ドクターや療法士の手助けを受けながら、汗を浮かべて、麻痺した体を動かそうと懸命に努力を続けている。巡回する川平教授が声をかけると、パッと明るい笑顔に変わり、弾んだ声で答えを返す。強い信頼関係が感じられる瞬間だ。
センターの患者さんは皆、自らの回復を実感し、辛いリハビリにも前向きに、時には笑顔で励んでいる。この患者さんの姿こそが、ここでの治療の効果を雄弁に物語っているといえるだろう。

肩代わりする神経細胞

日本人に特に多いといわれる脳卒中は、脳梗塞や脳内出血などによる脳障害の総称。重度なら死に至り、軽~中度の症状でも体に麻痺などの障害が残る場合が多い。古くからリハビリによる回復治療が試みられてきたが、苦労の割に元の状態にまで回復に至る例は少なく、リハビリによる完全な回復は難しいと考えられていた。
だが脳には、死んだ神経細胞に代わって別の神経細胞がその役割を肩代わりする“可塑性”というメカニズムがある。一度壊れた回路に代わる迂回路が、損傷を免れた別の神経細胞によって再形成されるのだ。この脳の力を、最大限に引き出すことを意図して考え出したのが、促通反復療法だ。
「たとえば、指の曲げ伸ばしのリハビリでは、『曲げてごらん』と患者さんを促すと同時に、『曲げる』神経回路の興奮を高めるように軽く叩いて刺激します。患者さん自らが『曲げる』という意志を持った状態で、指につながる神経回路をきちんと指定して脳に分からせることが大切なのです。これを100回1セットとして繰り返し、リハビリを行うことで、損傷した部分に代わり、新たな迂回路が形成され、神経回路が強化されていくわけです」
もちろん効果には個人差がある。麻痺の度合いなどから、回復が見込めないと判断する場合もあるという。しかし、
「最終結果は、やってみないとわからない。リハビリは、回復が見込まれないと診断した場合でも、とにかくいろいろな手法を駆使し、組み合わせて、やるだけのことは全てやってみることが大切なのです」(川平教授)

進化する促通反復療法

促通反復療法の開発には、ある患者さんとの出会いがキッカケとなったと川平教授は振り返る。いまから20年以上前、リハビリ治療で指が少し動く程度までしか回復しなかった患者さんが、退院後の自発的な努力で、毛筆で字を書けるほどまで驚異的に回復したという。
「『字をもう一度書きたい』という患者さんの痛切な思いが、単に他人に動かされてリハビリを行うのではなく、自分の意志や目的をもって動かす努力につながり、成果を生んだのです。私たちは、日常生活がなんでもできるようになることをリハビリの目標に据えていたのですが、それでは当然時間もかかるし、成果も出にくい。患者さんが望む運動機能をきちんと回復するような、リハビリ手法を確立しなければダメだと、そのとき思ったのです」
の出会いを機に、京都大学霊長類研究所やアメリカ国立衛生研究所で脳科学の研究を深めた川平先生は、その後、神経回路をピンポイントで回復させるリハビリ手法を試行錯誤し、2005年に促通反復療法を確立する。
現在、川平教授は下堂薗恵准教授と共に、電気刺激や振動刺激を麻痺筋に加えてその感受性を高める方法、磁気刺激を大脳運動野に加える方法など、他のリハビリ手法との併用にも積極的に取り組んでいる。さらに、チェーンソーの振動で手の筋肉が弛緩することにヒントを得た、振動刺激痙縮抑制法を確立し、現在普及活動中だ。
「場合によっては、ボトックスなどの薬剤療法を併用することもあります。大切なことは、患者さん個々の状況や目的に応じて、どの回路を強化するのか、また、その他の方法とどう組み合わせるのが最もリハビリ効果を上げられるかを見極めていくことなのです」

進化する促通反復療法

鹿児島大学病院 霧島リハビリテーションセンター  1937年、県立霧島温泉療養所として発足。その後、組織改編を経て、1988年、リハビリテーション医学講座の開設に伴い霧島リハビリテーションセンターとなる。医学生の教育、脳卒中のリハビリの革新を目指した新たな治療法の研究と普及に努力している。
http://com4.kufm.kagoshima-u.ac.jp/kirishima_reha/

脳活動の見える化で、効果を実感

霧島リハビリテーションセンターでは、島津製作所の近赤外光イメージング装置OMM-3000が稼働している。脳表面の血流の変化から、血中ヘモグロビンの増減を読み取り、脳の活動状況を視覚的に見ることができる装置である。
 「残った回路がまだ上手くつながらず、脳が必要以上に努力をしている時には、脳の血流は増大し、広範囲に活動してしまいます。ところが狙った回路の強化が進んでくると、運動に必要な領域だけが活動して、それ以外の部分は活動しなくなります。その変化がビジュアルとして、ハッキリと見て取れます」
現在は主に研究目的で投入されているが、いずれは臨床の場で広く活用できることを期待しているという。
「画像データで、理論の実証ができるのが大きいですね。治療方針を確信を持って決めることができ治療効果の検証もできます。また、患者さんの励みにもなりますね。脳内の変化を画像で見せてあげることで、患者さんが納得し、モチベーションを保つ手助けになっています。将来的には、臨床の場でリハビリの効果を見るパラメーターとして、広く活用できるんじゃないかと考えています」
このような研究や臨床に加え、療法士の研修を広く受け入れ、促通反復療法を行える人材の育成にも取り組んでいるという。しかしそれでも、患者さんの要望の多さに対し、人材不足は否めないのが現状だ。そこで、促通反復療法を応用したリハビリロボットの研究開発も進めている。その歩みは、留まることがない。

脳活動の見える化で、効果を実感01

リハビリを行いながら、島津製作所の近赤外光イメージング装置OMM-3000で効果測定を行う下堂薗恵(しもどうぞの めぐみ)准教授。この装置により、活動部位と状態を視覚的に確認することができる。

脳活動の見える化で、効果を実感02

促通反復療法(100回)の前後で比較した例。残った回路がまだ上手くつながらず、脳が必要以上に努力をしている時には、脳の血流は増大し、広範囲に活動してしまう(右)。 ところが促通反復療法により、狙った回路の強化が進んでくると、運動に必要な領域だ けが活動して、それ以外の部分は活動しない。

川平和美(かわひら かずみ)

鹿児島大学大学院 医歯学総合研究科 運動機能修復学講座 リハビリテーション医学 教授

川平和美(かわひら かずみ)

1974年、鹿児島大学医学部卒業。 1977年、現在の霧島リハビリテーションセンターの前身である鹿児島大学医学部附属病院霧島分院助手。1990年、京都大学霊長類研究所神経生理部門へ留学。1991年、National Institute of Health (NIH;アメリカ国立衛生研究所)へ留学。2004年、鹿児島大学病院 霧島リハビリテーションセンター長。2005年、現職に就任(霧島リハビリテーションセンター長を併任)。