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温故知新「油圧機器」

四世紀前の原理が生きる油圧機器の原点

油圧機器

「油圧機器」は産業の“縁の下の力持ち”として多様な局面で活用されている
その仕組みは中世ヨーロッパを代表する偉人が発見した「パスカルの原理」によって成り立っている。
約四百年前に形作られた油圧の原理は、現代社会でもそのまま生かされている。

あらゆるシーンで活躍する油圧機器

小さな力を大きな力に変える―それが油圧機器の役割だ。コンパクトな機構で効率よく力を発揮できるため、広範なフィールドで活躍している。
たとえば、自動車のタイヤ交換の際に用いる油圧ジャッキは、女性の力でも1トンを超える自動車を持ち上げられてしまう。その様を目にして、油圧という仕組みに不思議さを覚えた人も少なくないはずだ。
ほかにも自動車のパワーステアリング、変速機やブレーキに、航空機やヘリコプター、宇宙ロケットの機体を制御するシステムの根幹部分で油圧機器が活躍している。土木建設の現場に目を移せば、油圧ショベルやミニショベルのアームやバケットの動き、フォークリフトの昇降の動き、コンクリートミキサー車のドラムの回転、トラックの荷台の上げ下ろしなど、重量物を動かす上でなくてはならない力として活用されている。
ものづくりの現場にも油圧機器はある。プラスチック成形機やプレス機なども油圧力なしでは動かない。エレベーターが滑らかに昇降するのも遊園地の遊具が複雑な動きをするのも、油圧機器があればこそだ。代替できるもののない、必要不可欠な技術であることがうかがえる。

油圧の秘密「パスカルの原理」

油圧をはじめとする“流体静力”の理論を整理したのは、17世紀のフランスで活躍した思想家兼科学者であるパスカルだ。「人間は考える葦である」という有名な言葉に代表されるように、思想分野での活躍がよく知られているが、科学分野においても数学や物理の教科書に記載されるような多種多様な定理や原理を発見し、功績を残している。その一つが油圧に直結する「パスカルの原理」である。
密閉した容器に詰めた流体に1点から圧力をかけると、流体中のすべての部分に同じ強さの圧力が広まっていく。容器の形を問わず、等しく力が伝わるため、この原理を応用すれば“小さい力で重いモノを動かす”機構を作ることができるのである。
油圧ピストンを例にとって考えてみよう。断面積が10cm2のピストンAと、200cm2のピストンBを、逆流しないように弁を設けたパイプで結んだとする。Bに200kgの重りを乗せたとき、Aに10kgの力をかけて20cm押し込むと、計算上Bは1c浮き上がることになる。
上がり幅はごくわずかだが、冒頭で挙げた油圧ジャッキのように小さな力でピストンの上下運動を繰り返せば、自動車でさえ持ち上げることができる力が得られるのである。
小さい力で大きいモノを動かすという意味では、「てこの原理」も似ている面がある。しかし、てこは、力点と作用点に距離が必要なため、機器全体が大型化してしまう欠点がある。油圧機器なら、それこそ油圧ジャッキのようにコンパクトな形に部品をまとめて、十分に効果を発揮するがゆえに、幅広く活用されるのだ。
ちなみに油の代わりに水や空気を使っても原理的には同様の力を発揮してくれる。水や空気も油と同じ流体(fluid=フルイド)であり、パスカルの原理は、これら流体すべてに共通するものだ。
実際、水圧・空気圧を使った機器も存在するが、それらに比べても油圧を使う利点は大きい。
水はコストが比較的安いものの、周辺機器の金属を錆びつかせてしまう危険性をはらんでいる。一方、空気は温度により膨張・収縮する特性から細かい作動が苦手であること、高負荷のかかる環境においては制御しにくいことがネックとなる。油ならば錆を極力防ぐとともに、その粘性による滑らかな動きによってコントロールしやすく、一石二鳥だ。現状では油圧こそがパスカルの原理の申し子なのである。

1926(大正15)年から油圧機器の製造を開始

島津製作所と油圧機器の関係は長く、歴史をひも解けば1926(大正15)年には既に油圧ポンプである人絹紡糸用送液ギヤポンプ、高圧注油器などを製造していた。1938(昭和13)年には、島津製作所は、零戦などの航空機用油圧作動用高圧ポンプの生産を請け負った。最盛期には月産二千台に達するなど順調に業績を伸ばしていったが、終戦をもって製造中止となった。
再び油圧機器の製作・販売に乗り出したのは、1961(昭和36)年のこと。航空機器部門の中に油圧機器係が発足し、フォークリフトメーカーへの油圧技術提供などに取り組んでいくようになる。
時代は高度経済成長期の真っ只中。あらゆる産業に活用できる油圧機器のニーズは高く、アメリカの技術を積極的に導入するなどして、島津製作所はフィールドを広げていった。
現在はフルイディクス機器部において、油圧歯車ポンプ、油圧パワーパッケージ、マニュアルスタックバルブ、油圧モータなどを開発・販売し、島津プレシジョンテクノロジー株式会社において設計・製造を担っており、産業車両、特装車、建設機械、農業機械業界などからのグローバルニーズにきめ細かく応えている。
パスカルの原理から数えても、約四百年に達しようとする油圧の歴史。ロボット工学や宇宙開発においてもなくてはならない「力」として活用されており、そのフィールドはさらに広がっていきそうだ。

油圧機器02

写真(1) 戦時中1938(昭和13)年頃に生産していた航空機用油 圧作動用高圧ポンプ。
写真(2) フォークリフトの荷役用油圧源に 搭載されているオーダーメイドの油圧ギヤポンプ。OEM供給部 品の1例。
写真(3)
写真(2)の油圧ギヤポンプの内部が見られる カットモデル。一対の歯車が内蔵されていて高圧油を吐出する油 圧ギヤポンプの一般的な構造。
写真(4)
油圧ギヤポンプが搭載 されている母機の例(フォークリフト)。