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挑戦の系譜

アーティファクトを消せ!

逐次近似再構成法。もともと数学で使われる、繰り返し計算して解に近づける手法だ。それを医療用の画像解析に応用する動きが高まっている。島津製作所も得意の断層撮影法トモシンセシスと組み合わせるアプリケーションを開発中だ。プロジェクトが動き出したのは3年前。だが、大きな壁が立ちはだかった。

沈黙を破った一言

「いっそのこと、分けちゃえばいいんじゃないですか?」
グループでいちばん若い崎本智則がもらした言葉に、テーブルを囲んで押し黙っていた全員の視線が集まった。いつもは突飛なアイデアを出しては、たしなめられる役回りだが、その日は様子が違った。
「その発想はなかったな」
西野和義主査が膝を打った。理論派の西野は、そう言うや否や、ホワイトボードに向き直り、ブツブツと口を動かしながら、計算式を作り始めた。
いつものアプリケーショングループの光景が戻ってきた。

断層撮影の宿命

断層撮影の宿命

医用機器事業部技術部アプリケーショングループは総勢6人の小さな部署だ。文字通り島津の医用機器のアプリケーションを作成しており、X線装置で撮影したデータを見やすい画像に処理するソフトウェアの開発が主な業務だ。アプリケーション力を強化しようと、3年前に発足した。ものづくりが主体の島津製作所にあって、アプリケーションを専門に開発する部隊は、やや異色の存在だ。
グループがいま取り組んでいるのは、逐次近似再構成法(ちくじきんじさいこうせいほう)という画像作成法の開発だ。一般のX線撮影装置でCTスキャンのような断面像が撮影できるトモシンセシス技術と組み合わせることで、きわめて解像度が高くきれいな断層画像が得られるという仮説のもと、グループ発足当初から取り組んできた。
トモシンセシス自体、画期的な技術だ。胸部X線撮影をした場合、単純撮影2、3枚分の被ばく線量で、背中側から胸側まで数ミリ刻みの断層画像を作成し、そこにある腫瘤をくっきりと映し出すことができる。断層画像を得るのにトモシンセシスで撮影すれば、患者さんの被ばく線量はCTの10分の1に抑えられる。しかも得られる画像は、ずっと鮮明だ。
もっとも、断層撮影はその宿命として、「アーティファクト」と呼ばれる影のような画像の乱れを避けることができ ない。透過するX線の量が大きく異なる骨と筋肉の境目、バリウムと内臓組織の境目など、画像上でコントラストが高くなる部分に生じやすく、CTはもちろん、トモシンセシスも無縁ではいられない。アーティファクトをいかに小さくするか。それがグループにとって最大のテーマだった。
方法がないわけではない。画像のシャープさを落とす補正をかければ、アーティファクトを減少させることはできる。これまでに画像の鮮鋭さの低下を最小限に抑えながら、アーティファクトも低減するフィルターの開発に成功し、2007年から主力製品に搭載してきた。
多くの医師、診療放射線技師が同グループのフィルター技術を評価したが、課題はまだ残っていた。体内に金属を挿入している患者さんの撮影だ。
整形外科では、骨折部分の固定や人工関節置換手術などで、金属を体内に挿入する機会は少なくない。人工関節手術の場合、術後一定期間が経過すると、骨組織が成長して、人工関節表面の凹凸の間に入り込むことで、しっかりと固定されていく。医師としては、最も経過を観察したい部分だ。
だが、透過率がきわめて低い金属は、通常の人体ではあり得ないコントラストをもたらし、フィルターを駆使しても、金属の周囲に発生するアーティファクトを消すことができなかったのだ。

繰り返し計算であいまいさを減少させる

そこを解決しようとアプリケーショングループが取り組んだのが「逐次近似再構成法」だ。従来方式では、一度の計算で断層画像を作り出すのに対して、逐次近似法では断層画像を作っていく過程で、いったん作ってみた断層画像を重ね合わせた画像と、実際に撮影した画像がどれくらい似ているかを比較しながら、だんだん実像に近づけていくという計算処理を何度も何度も繰り返す。
「あいまいな部分が誤差として、白や黒の影になってしまったのがアーティファクト。逐次近似再構成法では、そのあいまいな部分を、繰り返し計算して誤差を修正し、実像に近づけていくのです」(森一博グループ長)

画像はいずれも人工関節置換手術を施した股関節部分の撮影例

  • 股関節部分の撮影例01

    逐次近似再構成法によるもの。アーティファクトが低減し、骨の内部構造も鮮鋭に映し出されている。(画像提供:金沢大学医学部附属病院)

  • 股関節部分の撮影例02

    アーティファクト対策を優先したフィルターで処理した画像。

  • 股関節部分の撮影例03

    高い空間分解能を優先して開発したフィルターによる画像。

目を奪う鮮鋭さ

森は、技術部アプリケーショングループのグループ長だ。以前に参加したアメリカの学会でCT用の逐次近似再構成法が注目されていたのにヒントを得て、トモシンセシスにも応用できないかと、グループに持ち帰った。早速グループのまとめ役、西野を中心にプロジェクトが始まったが、思うように成果が出ない。何度やっても従来方式を超える画像を作ることができなかったのだ。
「やっぱりダメか」
チームに重い空気が漂いはじめて数日、冒頭の崎本の発想が流れを呼び寄せた。
崎本が考えたのは、どうせできてしまうものなら、そこだけいったん切り離して、計算したらどうだろうということだった。その着想は、西野の手で数式となり、他のメンバーらによって検証されていった。
こうしてできあがった画像の鮮鋭さは、見る者を驚かせずにはいられなかった。臨床検査に協力した人工関節センター病院の杉本院長も目を見張る。
「これだけの正確さで手術後の経過を観察できるというのは、驚きです。検査手術をすることもなく、正しく患者さんに治癒の様子がどうなっているかをお伝えできる。一刻も早く導入したい」(人工関節センター病院 杉本院長)
 「メンバーに恵まれました」
と、森は振り返る。グループの6人がそれぞれの役割を果たし、アーティファクトという画像診断最大の敵を打ち倒した。現在、開発は最終段階に入っており、近い時期に製品化される予定だ。それは、画像診断の歴史を塗り替える確かな一歩になるはずだ。

森一博(もり かずひろ)

株式会社島津製作所
医用機器事業部技術部 アプリケーショングループ グループ長(課長)

森一博(もり かずひろ)