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苑田会人工関節センター病院

膝の痛みが消えた

帝王の関節

年とともに膝は痛むもの。そうあきらめてしまっている患者さんは多い。
だが、変わらない常識はない。最先端の治療法と熱意を携え、若き病院長は、新しい文化を作りたいと意気込む

帝王の関節

ゴルフの帝王ジャック・ニクラウス、新帝王トム・ワトソン。この2人に共通するものは何か?
実は2人は、ともに人工関節置換手術の経験者だ。プレーを続けられなくなるほどの痛みを訴え、手術を受けたのが59歳で、術後もツアーに参加し活躍している点も共通している。トム・ワトソンに至っては、2009年、人工関節を入れた9カ月後に全英オープンに出場したうえ、プレーオフで敗れはしたものの最終日最終ホールまで首位を守り、世界中のゴルフファンを大いに沸かせた。
2人が受けたのは股関節の置換手術だったが、現在シニアツアーで活躍するフレッド・ファンクは膝の関節を置き換えて、活躍を続けている。
「体重がかかる膝は負担が激しく、人工膝関節を入れているプロスポーツ選手は、いまはまだ珍しい存在です。でも、人工関節は、素材も手術の技術も近年飛躍的に向上しています。僕が医師である間に、人工膝関節を入れてさらに一流の選手であり続けられるような治療を実現したい。それが僕の夢です」
と語るのは、苑田会人工関節センター病院の杉本和隆院長だ。
人工関節とは、チタンなどを主材料とする金属製の関節。表面の超高分子量ポリエチレンが軟骨の役目を果たし、痛みの出てきた関節部分を切除し、人工関節部品を固定する。アメリカでは年間20万例、日本でも6万5000人がこの手術を受け、痛みから解放されている。

車椅子禁止の整形外科

もっとも、手術にはきわめて高度な技術が必要だ。
「削る骨の長さが2ミリ違えば、膝の曲げる角度が27度も異なってしまいます。細心の注意が必要なのはもちろん、レントゲン撮影などで正確な治療計画を立てる必要もあります」(杉本院長)
杉本院長は、切開部分が少なく、じん帯や筋肉を切らなくても手術できるMIS(Minimally Invasive Solution)という手術法に取り組んでいる。非常に難しい手技で、全国でもこの手術を実践している病院は数えるほどだが、手術の痛みが小さく、入院期間もこれまでの1~3カ月から、半分以下の2~3週間にまで短縮できることから、手術を希望する患者さんは後を絶たない。
また、同院では、杉本院長の方針のもと、医師はもちろん、理学療法士、看護士もアメリカの専門的な大学で研修を受け、万全のサポート体制を敷いている。診断からリハビリ、退院後のケアまで一貫してカバーできるのは、関節治療専門のセンターならではだ。
「この病院では、車椅子は禁止です。両膝を人工関節に置き換えた方でも、翌日からは院内でリハビリを開始してもらって、早期の回復を促しているのです。もちろん痛みのケアも行います」
と杉本院長は微笑む。

車椅子禁止の整形外科

苑田会人工関節センター病院
2010年3月、関節の専門病院として開院。診断、手術からリハビリ、看護体制までを整え、多くの患者さんから信頼を得ている。教育・研究、啓発活動にも力を入れ、人工関節手術の普及を促している。
http://www.kokurakinen.or.jp/

ミリ単位の精度で患部を評価

また、杉本院長はスポーツドクターでもあり、大勢のプロスポーツ選手が信頼を寄せ、深刻な負傷から復帰を果たしている。
「スポーツ選手たちは、『この膝はいつ治りますか』『何月何日の試合に出られますか』と、真剣なまなざしで尋ねてきます。それに対して、まあ大丈夫でしょうなどと中途半端なことは言えないのです」
そうした声にも応え、同院の要として機能しているのが、島津製作所の断層撮影アプリケーション「トモシンセシス」だ。超高画質X線テレビシステムSONIALVISION safire に搭載されているこのアプリケーションは、通常胃のバリウム検査などを行っている装置でありながら、CTスキャンのように断面を連続して見せることができ、被ばく量もCTの10分の1だ。それも0・5ミリ刻みのステップで、患部の状況を克明に映し出して見せる。
「私たちの手術は、ミリ単位の精度を求められます。ところが、これまでそれを評価する方法がなかった。でもトモシンセシスなら、患部がくっついているかどうか、関節がずれていないかなどを、患者さんでも判断ができるくらい、はっきりと見せてくれます。革命的な進歩です」
杉本院長は、開院前にトモシンセシスの画像を見て、もうCTは必要ないと思ったという。事実、同院にCTスキャンはない。

ミリ単位の精度で患部を評価01

人工関節周囲の骨折などの評価
単純X線写真(左)で不明瞭だった骨折が、トモシンセシス(右)では明瞭に見える。


ミリ単位の精度で患部を評価02

断層撮影アプリケーション「トモシンセシス」を搭載した超高画質のX線テレビシステム SONIALVISION safireを操作する放射線科の遠藤精太郎先生(左)と平畑忍先生(右)。

歩ける喜びをいつまでも

杉本院長によれば、膝の“耐用年数”は65年だという。もちろん個人差はあって、骨粗鬆症を防ぐ食生活や、筋肉の衰えを防ぐトレーニングを続けることで、期間を延ばすことはできるが、今後ますます高齢化が進み、さらに便利な暮らしを求めて歩く機会が減ることで、膝の痛みを訴える人はどんどん増えていくと杉本院長は予測する。
「人工関節手術ができる医師・施設は、まだまだ足りません。経済成長が続くアジアでも、いずれ同じことになるでしょう」
そこで杉本院長は、国内外で月に一度は手技とケアの講習を行っている。また、市民講座や講習会も行い、人工関節手術の普及を積極的に促している。
「日本ではまだまだ痛みは我慢するものだという意識が強い。でも、そうじゃないんです。歩くことで、人は会いたい人と会って、見たいものを見ることができる。歩けるというだけで、人生の彩りは何倍にも広がるのです。人工関節の手術をすれば、痛みは消えるのだということを一人でも多くの方に知っていただきたい。そして最後のときまで歩くことを楽しんでもらいたいと願っています」
新しい医療の文化をつくりたいと意気込む若き院長の挑戦は続く。

杉本和隆(すぎもと かずたか)

苑田会人工関節センター病院 病院長

杉本和隆(すぎもと かずたか)

1995年、日本大学医学部卒業。 川口市立医療センター、駿河台日大病院整形外科、独立行政法人国立病院機構災害医療センターなどで勤務した後、2006年、苑田会人工関節スポーツセンター長、杉本再生医療研究所院長に。2010 年より現職。皮膚と筋肉の負担を最小限にする人工関節手術「MIS QS」を行える数少ない専門医。スポーツ整形の第一人者として、プロサッカー、大相撲、ゴルフ、体操などの各種競技の選手を治療、サポート。厚い信頼を得ている。