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世界一のチームの育て方

世界一のチームの育て方

びわこ成蹊スポーツ大学准教授兼サッカー部監督/日本女子サッカー代表 望月聡

あきらめない力

日本中を歓喜に包んだ「なでしこジャパン」の快挙。
世界で勝つためのチームづくりを支えてきた望月聡コーチに、指導者としてのあり方、こだわりを語っていただいた。

あきらめない力

昨年7月、F I F A 女子ワールドカップで日本代表「なでしこジャパン」が優勝した。決勝の相手、アメリカは、過去24戦して3分21敗と一度も勝ったことがない最強の敵だ。
 序盤から主導権を握られ、後半に失点。試合終盤に1点を返すが、延長戦で再び突き放される。だが、日本は主将・澤穂希選手の執念のゴールで再び追いつき、ついにはPK戦を制した。
アメリカのエース・ワンバック選手は、試合後にこう話したという
 「なぜ、日本人はあきらめないのか?」追い込まれたときに力を発揮する、大和魂ならぬ「なでしこ魂」。これこそが、なでしこジャパンの真骨頂だ。

選手の自主性を育てる

フィーバーともいえる報道を通して、これまで女子サッカーに馴染みのなかった人々も、なでしこのチームワークの良 さを知ることとなった。そんな選手たちをまとめ、佐々木則夫監督の右腕として活躍するのが、コーチの望月聡さんだ。
サッカー日本代表の経験もある望月さんは、Jリーグなどで活躍した後、指導者へ転向。幼稚園児から小・中学生、高校生、大学生、プロ、そして日本代表まで、あらゆるカテゴリーを指導してきた。その豊富な経験に、選手も佐々木監督も絶大な信頼を寄せる。
そんな望月さんは、今大会の勝因を「選手の自己決定力の高さ」と分析している。
「戦略、組織力、あきらめない気持ち―。それらももちろんありますが、彼女たちの強みは、プレー中にどんな困難な場面に直面しても、監督やコーチの指示を待つのではなく、選手自身で解決しようとすること。海外のチームに移籍し、そこで鍛えられる選手が増えたことも影響しているでしょうね。海外では“コーチが蹴れって言ったから蹴った”なんて責任逃れは通用しませんから」
一般に日本のスポーツ界では、あらゆる競技において、誰かの「指示を待つ」選手が多いという。だが、そうした関係性をつくってしまったのは指導者の責任である、と望月さんは言い切る。
 「厳しくしすぎれば選手は萎縮し、指示以上のことをできなくなります。これではいけない。サッカーだと、小学6年生から中学1年生あたりがゴールデンエイジといわれます。この時期の子どもたちは“ものまねの天才”で、物事を即座に修得できる能力がある。そこでカギになるのは、指導者がしっかりとデモンストレーションできるかどうか。練習って面白いな、自然と声が出ちゃうな、というように、子どもを夢中にさせるプランニングこそが、コーチングだと思うんです」
なでしこの日頃の練習でも、この自主性の強化を意識しているという。
 「たとえばパスミスした選手に、私は『なんでミスしたと思う?』『どうしたらいいと思う?』『どうしてほしかった?』と聞くんです。選手のアイデアを引き出して、理解させる。それによって、次からパスの精度が上がるんですよ」

選手の自主性を育てる

2011年7月、FIFA女子ワールドカップでなでしこジャパンが優勝した時のメダル。

サッカーを“楽しむ”

望月さんの指導者としてのモットーは、 “明るさと向上心をいつまでも”。これまで培ってきた自分のサッカー哲学から生まれた言葉だ
幼稚園児もプロも関係なく、選手には「おもしろくないと、サッカーじゃない」と伝えている。サッカー選手として上手くなる自分、一生懸命の自分、いいプレーをする自分をイメージし、その努力をも“楽しむ”ことが強さにつながると信じているからだ。
なでしこジャパンの練習は笑顔が絶えない。厳しさのなかで、一人ひとりが自身の役割を理解し、力を入れるところと抜くところのバランスを上手くとっている。ワールドカップ決勝戦で2点目を決められたときですら、スタジアムの中心で選手たちは「これくらいのほうが楽しいよね」と話していたという。これぞ、望月さんの指導の賜物といえるだろう
「指導者として一番大変なことは、選手のモチベーションを上げること。その点、なでしこはやりやすかったんです。彼女たちは北京五輪でベスト4に入ったにも関わらず、所属チームが廃部になったり、ナイターで練習したりと劣悪な環境でサッカーを続けてきたでしょう。だから、ワールドカップで優勝することで、女子サッカーを取り巻く状況を少しでも良くしたいと誰もが切望していた。ハングリー精神があって、目的がブレない。僕はそれをうまく引き出しただけです」

ロンドン五輪でも再び…

ロンドン五輪では、追われる立場となったなでしこジャパン。日本中の期待を背負って、悲願の金メダル獲得をめざす
「みんなにロンドンも大変そうだねって言われるけど、それよりやっぱり“楽しみ”な気持ちのほうが大きいですよ」
まっすぐに前を見つめるその瞳の奥には、絶対に譲れない大舞台で、再び頂点を獲るという強い意志と自信がみなぎっている。

望月聡(もちづき さとる)

びわこ成蹊スポーツ大学准教授兼サッカー部監督/日本女子サッカー代表コーチ

望月聡(もちづき さとる)

1964年、滋賀県大津市生まれ。滋賀県立守山高校、大阪商業大学を経て、87年に日本サッカーリーグ1部の日本鋼管に入社。1989年に日本代表入りし、国際Aマッチ7試合に出場。Jリーグの京都、浦和で活躍した後に現役引退し、指導者に転向。京都パープルサンガ(現京都サンガF.C.)、ヴィッセル神戸などでコーチを務めたほか、大宮アルディージャではジュニアユース、また浦和レッドダイヤモンズではユースの育成コーチやビデオ分析・情報戦略も担当。2008年に、日本女子代表コーチとなる一方、びわこ成蹊スポーツ大学の准教授に就任し、サッカー部監督としてもチームを率いている。