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京都医療科学大学 遠藤啓吾 学長

放射線医学者の矜持

劇的な進歩を遂げた放射線医学

今年4月、島津学園・京都医療科学大学の学長に就任した遠藤啓吾氏は、
劇的に進化した近年の放射線医学に、もっとも間近で携わってきたひとり。
その言葉は、放射線医学のさらなる可能性を予見させる。

劇的な進歩を遂げた放射線医学

X線や超音波、核磁気共鳴などを用いて体内の様子を見る「画像診断」。放射線を照射、あるいは放射性物質を体内に取り込み、その力でがんなどの治療を行う「放射線治療」。いずれも現代の医療において、欠くことのできない技術だ。
「画像診断によって、手術時の患者さんの身体的負担は大きく減り、見えなかった微小な病巣が画像で捉えられるようになり、早期に治療することができるようになりました。日本人の長寿命化に、少しは貢献できたのではないでしょうか」
と話すのは、京都医療科学大学の遠藤啓吾学長だ。
遠藤学長は、放射線医学の専門家だ。1970年に研修医となって以来、画像診断と放射線治療の劇的な進歩を間近で見つめ、その発展に寄与してきた。
「医師になったばかりの頃は、放射線科の仕事といっても、透視の機械を使って胃や腸のレントゲン画像を撮影するくらいのことで、正直時間を持て余していました」と、当時を振り返る。
だが、そんな平穏は直ぐに打ち破られる。70年代初頭にCT、次いでMRIとノーベル賞を受賞する革命的な画像診断装置が相次いで誕生。体内の異常が、どこにどのような形状で現れているかを正確に捉えられるようになった。さらに、細胞の機能の変化を画像として映し出すSPECTやPETなども登場。画像診断は瞬く間に開花した。
一方の放射線治療も改良を重ね、さまざまな病気の治療に活用されるようになっている。遠藤学長自身も甲状腺の研究、臨床に長く従事してきた。78年、世界で初めて甲状腺機能低下症患者の血中から抗体を発見。ホルモンの作用を阻止するブロッキング型抗体で、甲状腺の機能が低下、萎縮するのを見つけたことは、大きな功績として知られている。
遠藤学長は、ヨウ素の放射性同位体であるヨウ素131を用いて研究を行った。ヨウ素は甲状腺に集まりやすい。第2次世界大戦中から、その特性を利用して甲状腺の異常を発見したり、患部に集まったヨウ素131から放出される放射線によって、甲状腺の働きすぎを抑えるといった治療が行われてきた。若き日の遠藤学長もその特性を活用し、これまで原因不明とも言われてきた病気に治療の道を切り開いたのだ。

体への負担が少なく確実な治療法として認知

91年に群馬大学医学部に教授として迎えられた遠藤氏は放射線医学の普及に取り組んだ。同大は、専門医や技術者の養成にも力を入れると同時に、産官学を結んだ共同研究などにも多数参画。積極的に施設の拡充を進め、2009年には群馬大学は世界で4カ所目となる重粒子線治療機関「重粒子線医学研究センター」の開設にもこぎつけた。重粒子線は、ガンマ線や陽子線に比べて、体の表面では放射線量が弱く、体内のがん病巣に到達したところで放射線量がピークになる特性を持っている。このため、照射回数と副作用をさらに少なくし、治療期間をより短くすることが可能だ。
「新たな技術によって、放射線照射の精度が高まり、健康な組織を過剰に傷めることなく、がん細胞だけを狙い撃ちできるようになってきました。治療後の生活状態は、放射線治療の方がずっといい。患者さんに、まったく同じ治療成績だったら、手術と放射線治療、どっちを選ぶかとお聞きしたら、8割くらいの方が放射線治療を選ばれます。本当に目覚ましい進歩です」
と、述懐する。

医療従事者に求められる技術と品格

今年4月、遠藤学長は、診療放射線技師を養成する京都医療科学大学の舵取りを任された。指導方針として「技術」と「品格」を掲げ、その貴重な体験を伝えている。
「どんな画像でも、腕のいい人が映したものか、そうでないかで全然画質が違います。単純X線写真でもそうですし、CT、MRI、PET、超音波画像、どれをとっても撮影者によって大きな差が出て、場合によっては診断ができないことすらあります。診療放射線技師はまず基礎的な技術を身につけ、少ない放射線量で、診断に適した画像を速やかに撮影するテクニックを身につけてほしい。加えて、卒業してから一線で働く期間を40年とすれば、その間に装置は大きく進歩するでしょう。その装置の進歩に対応できる柔軟性、研鑽を忘れない心を、学生時代に養っていってほしいですね。そして何より、医療行為はすべて患者さんのためにあることを忘れてはいけません。学生のみなさんには、ここでの4年間でその思いを心にしっかりと刻んでほしい」
放射線の専門家は、医療メーカーに対してもこう語る。
「医療放射線による被ばく量を最小限にする。これが医療に携わる者の願いです。島津製作所は低被ばく化の技術が優れていますから、低線量で診断できる装置の開発に一層の力を注ぎ、業界を牽引していってもらいたい」
学長として大学経営に携わる傍ら、内閣官房の政策調査員として政府に原子力災害対策を助言する多忙な日々が続く。
「一段落してきたら、また若い先生たちと一緒の研究にも取り組んでみたい」と話す。
遠藤学長の挑戦は続く。

医療従事者に求められる技術と品格01
医療従事者に求められる技術と品格02

小田敍弘教授の授業を受ける学生。最新のX線画像診断装置が多数導入されて おり、授業では少人数で実際に操作しながら実践的に学ぶ

遠藤 啓吾(えんどう けいご)

京都医療科学大学学長

遠藤 啓吾(えんどう けいご)

1970年、京都大学医学部卒業後、同大医学部附属病院放射線部で研修を行う。京都大学医学部核医学教室、助手、助教授などを経て、1991年、群馬大学医学部核医学講座教授に就任。日本医学放射線学会理事長、日本核医学会理事長、日本放射線科専門医会会長など要職を歴任する。2011年4月より現職。