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東京大学 瀬川浩司 教授

あしたのでんき

あしたのでんき

節電の夏が過ぎ、電気との付き合い方にかつてない注目が集まっている。
次世代低コスト太陽電池の本命と言われる有機系太陽電池を研究する瀬川教授の言葉は、真夏の外気よりも熱い。

自由にデザインできる太陽電池

「車は、生活スタイルに合わせていろいろ選べますよね。スポーツカーだったりワンボックスだったり。それと同じように太陽電池もいろんなタイプのものが選べたら、いいと思いませんか」
と話すのは、東京大学先端科学技術研究センターの瀬川浩司教授。有機系太陽電池研究の第一人者だ。
有機系太陽電池とは、素材に有機色素や導電性ポリマーなどを用いる太陽電池で、色素増感太陽電池と有機薄膜太陽電池に大別される。構造が簡単なことに加え、材料や製造のコストも安価で、将来的には現在主流の多結晶シリコン型太陽電池の数分の一の価格で製造できると期待されている。
今年のG8サミットでパリを訪れた菅直人総理は、OECD設立50周年式典の講演で「2020年までに約1000万戸に太陽電池パネルを設置する」との目標を発表した。この実現性に疑問を持つ声もあるが、瀬川教授は、
「色素増感太陽電池が早期に実用化され、シリコン型と共存できるようになれば可能な数字だ」と語る。

楽しみながら発電する

2009年に新築の一戸建て住宅は約28万戸できた。このペースだと仮に今後新築の戸建て住宅すべてに太陽電池パネルの設置を義務づけたとしても、2020年までに300万戸にも達しない。すでに設置された約90万戸と合わせても、残る600万戸以上は既設の住宅に設置することになる。だが、30年の耐用年数を持つシリコン系太陽電池パネルを、20年内に建て替えるかもしれない住宅に設置するのは不経済だし、瓦などで負荷のかかっている屋根の上に、重いシリコン系の太陽電池パネルを設置するには、柱の強度が課題となる。
瀬川教授は「そこに有機系太陽電池の市場がある」と力を込める。
特に色素増感太陽電池は、変換効率や耐久性が低いものの、現在主流のシリコン系の太陽電池が不得意とする光強度が低い場所や光の入射角が浅い場合、高温環境でも変換効率があまり落ちない。このため、光の弱い雨天曇天や室内、光が弱く入射角も浅い朝夕などでは比較的高い発電量が期待できる。そして最大の特徴は、色や形状が選べたり、曲げたりできるといった自由度の高さだ。このため、これまで設置できなかった場所への設置が期待されている。
「色も自由に選べ、ステンドグラスのようにモザイク状に違う色をちりばめたりして楽しむこともできます。建材一体型の太陽電池も登場するでしょう。いま社会では、低炭素社会を念頭に置いた環境意識の高まりに加え、今回の大震災で『自立電源』を求める声も高まっています。
そうした方々が手軽に太陽光発電を始められる助けになればと思っています」
また、瀬川教授は、電気自動車(EV)との組み合わせにも期待を寄せる。EVは、安価な夜間電力を有効利用することを前提に普及が進められてきたが、例えば、色素増感太陽電池をガレージの装飾として屋根に敷いて、発電した電力をEVにためていけば、「燃料代が要らない自家用車」も可能だという。
 「変換効率10%の太陽電池10㎡で、月曜から金曜まで週5日で平均13kWh程度発電できます。EVの燃費は1kWhあたり約10kmなので、土日で130km走れる。太陽電池の費用が1kWで約60万円としても、ガソリン代に換算すると6年でもとが取れる計算です。EVの車両代金+60万円で燃料代がいらない自家用車が手に入る。環境意識の高い消費者の購買傾向を考えると、現在大人気のプリウスがライバルになるかもしれません」と笑う。
将来的には10cm角程度の色素増感太陽電池のモジュールを開発して、ホームセンターなどで手軽に購入できるようにしたいという。
「DIY感覚で壁の飾り付けやタイル替わりに太陽電池を使ってもらうんです。1枚100円程度を実現させれば、きっと誰もが生活を楽しみながら気軽に発電に参加できるのではないでしょうか」

楽しみながら発電する01

製造途中の色素増感太陽電池(内田聡特任准教授)


楽しみながら発電する02

シルクスクリーンの要領で製造できる色素増感太陽電池

まず見てよく知ること

瀬川教授は、光化学や人工光合成の研究に長く携わってきた。有機合成とレーザー分光を通して、分子を合成しては、そこに光を当てて電子がどういう振る舞いをするかを計測。光のエネルギーを有効活用するための材料開発も進めてきた。太陽光発電の研究も、その流れのなかから生まれた。
瀬川研究室には、化合物を分析する液体クロマトグラフ、光の吸収や発光を計測する光分析機器が並ぶ。教授は島津製作所の装置を示しながら、
「科学の基本は、まず見て、そのものをよく知ることから始まるんです。光合成の仕組みを例に挙げれば、まず結晶構造を見ること、レーザー分光で計測してどれくらいのスピードで電子が移動しているのかを見ること。さらには、モデル分子をつくって、そこでエネルギーがどう変化するのかを計測することなど、いろいろな計測が必要です。測ることを極めるということは、科学の発展に直接関わることです。リーディングカンパニーの島津さんには、一層がんばってほしい」と檄を飛ばす。

まず見てよく知ること
(左上)センターで稼働する島津のLCMS-2020と中崎城太郎助教
(右上)島津の蛍光分光光度計RF503「非常に古い装置ですが、プリズム分光器のため、特に長波長側での感度が高く、これほどのものは最近では入手できないのではないかというほど、よくできています」(瀬川教授)
(左下)部屋の照明で発電可能な色素増感太陽電池
(右下)曲げることもできるなど自由度が高い有機薄膜太陽電池

ベストミックスがカギ

瀬川教授の研究は太陽電池だけではない。
「これからのエネルギーは『ベストミックス』によって成り立たせることができる」と断言する。
研究室には、なんと太陽光発電のライバルとも言われる風力発電の研究者もいる。エネルギー政策の研究者もいて、多彩な陣容だ。
 「夏場のピークカットだけを考えるなら、太陽光発電は有効ですが、電力全体を考えるとそれだけでは済まない。他の再生可能エネルギーや既存の発電方式の弱点を補い合うようなベストミックスが必要です。例えば、太陽光と風力のハイブリッド発電に蓄電技術を加えるといったような、それぞれの長所短所をうまく組み合わせる新しい技術が実現して、初めてエネルギー全体を十分まかなうことができます。また、分散型、集中型など発電の性格にも多様性を持ち込んで、万が一の災害にも強いエネルギー戦略を考え出していきたい」
研究室にこもる熱気は、決して節電のせいだけではない。

瀬川浩司 (せがわ ひろし)

東京大学先端科学技術研究センター 教授 工学博士

瀬川浩司 (せがわ ひろし)

1989年、京都大学大学院工学研究科分子工学専攻博士課程修了。同大工学部分子工学教室助手、JST さきがけ研究21研究者、東京大学大学院総合文化研究科広域科学専攻助教授などを経て、2006 年より現職。有機系太陽電 池をはじめとする光エネルギー変換機能システムの高効率化に向けて、光や電子の振る舞いを自在に制御できるナノ構造分子系について研究している。2010 年より内閣府の最先端研究開発支援プログラム「低炭素社会に資する有機系太陽電池の開発~複数の産業群の連携による次世代太陽電池技術開発と新産業創成~」のリーダーとして、有機系太陽電池を産官学のオールジャパン体制で開発している。