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時事の科学

有機化合物をくっつける“ボンド” クロスカップリング反応

2010年秋、ノーベル化学賞を、R-ヘック、根岸英一、鈴木章の3氏が受賞というニュースに、日本中が沸き立ちました。その受賞対象となった業績は、貴金属のパラジウムを触媒として使い、有機化合物を効率よく作るクロスカップリング反応の開発です。

クロスカップリング反応とは「構造の異なる2種類の有機化合物同士を、接合(カップリング)して、新たな有機化合物を作る反応」といえます

有機化合物とは炭素を含む化合物のことで、動物の体や植物の組織も天然由来の有機化合物です。

しかし、人間は、より使いやすく便利で役に立つ素材を求め続けるなかで、人工的に新しい有機化合物を作る技術を蓄積してきました。石油からプラスチックを作ったり、合成繊維を作ったりするのはその代表例です。

これらは炭素に何か別の元素を接合することで生まれるわけですが、炭素に窒素や酸素をくっつけるのに比べて、炭素同士を接合するのは容易ではありませんでした。

1970年代、この課題にチャレンジする研究者が大勢現れました。根岸英一米バデュー大学特別教授もその一人。
「『C-C bond(炭素-炭素結合)が意のままに作ることができれば、ある意味ではもろもろの有機化合物ができるんじゃないか。そういう方法ってないのかな?』という非常に欲張りな遊び心から研究を始めた」とその著書で語っています(『夢を持ち続けよう!』根岸英一著・共同通信社刊)。

2つの有機化合物を接合するには、その仲立ちとなる触媒がカギとなります。どんな条件で、どんな物質を仲立ちさせれば、うまくくっつくか。世界中の研究者が競い合うなかで、1972年、R-ヘック米デラウェア大学名誉教授らがたどりついたのがパラジウムでした。ヘック名誉教授は、一方の有機化合物に目印としてハロゲン元素、もう一方の有機化合物に目印としてナトリウムをつけ、パラジウムに仲立ちさせる方法を考案。これによって難しいとされてきた炭素-炭素結合を人為的に作れることを立証しました。

しかし、この方法は反応性が強すぎて、狙った化合物以外の副産物を大量に生成してしまうという問題点がありました。

これを解決したのが根岸特別教授。元素周期表とにらめっこしながら目印となる元素を網羅的に試し、亜鉛が比較的穏やかに反応させることができることを発見したのです。

そして鈴木章北海道大学名誉教授が、亜鉛の代わりにより安全で扱いやすい「ホウ素」を目印とする手法を確立し、実用化への道筋をつけたのです。

この「鈴木クロスカップリング」のおかげで、複雑な構造の物質が容易に合成できるようになり、現在、医薬品や液晶ディスプレイなどの製造に欠かせない技術となっています。


〈クロスカップリング反応のしくみ〉
1

2つの有機化合物のつなぎたい個所に、目印物質(ハロゲン元素、亜鉛、ホウ素などの金属)を置く

2

反応を促すパラジウム触媒が目印を頼りに化合物を引き寄せ、炭素の骨組みをつなげてひとつの化合物にする

3

パラジウム触媒やハロゲン物質がはずれ、新しい物質ができあがる。目印物質は副生成物として除去される