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温故知新「真空」

「真空」の神髄に迫る

真なる空と書いて「真空」。
厳密にはまったく気体がないという空間は存在しないが、極度に減圧された空間は、大気中とは異なる「法則」に支配されている。
その仕組みを解明し、自由に作り出す技術を得た人類は、真空を応用してさまざまな発明を成し遂げてきた。
その歴史と最先端の真空技術を見ていこう。

エジソンのひらめき

発明王トーマス・エジソンは、白熱電球の開発に、ことのほか情熱を傾けたといわれる。
白熱電球のアイデア自体は、すでに他の発明家によって提示されていたが、なかなか実用化されるには至らなかった。ガラス球の中で発光体(フィラメント)がすぐに燃え尽きてしまう問題があったからだ。
そんな中、1879年にエジソンは、ガラス球の内部を真空にすることを試みた。果たして、ポンプで空気を抜いたガラス球内で、炭化した竹製のフィラメントは長時間輝き続けた。
もし、真空を作る技術がなかったら、人類はいまだにランプの生活を続けていたかもしれない。

大気中の常識は通用しない

大気中の常識は通用しない

そもそも真空とは「大気圧より低い圧力で満たされている特定の空間の状態」(JISの定義)とされている。大気のない宇宙空間でも、まったく気体分子がないかといえば、そんなことはないが、当然ながら大気圧より圧倒的に気圧は低く、我々の周囲を見回して、宇宙以上に語義通りの「真空」に近い空間はない。
地球上でもポンプなどを用いて空間内部を減圧していくと、これに近い環境を作り出すことができる。今日、工場などで実用とされる真空は、スペースシャトルが飛行する高度の気圧と同等とされており、要求される真空空間のレベルはかなり高い。
真空の存在を最初に見つけたのはイタリアの科学者トリチェリだ。1643年、彼は水銀ですべてを満たした約1mのガラス管をふさぎ、空気が入らないよう垂直に立てる実験を行った。すると、重力の関係で約76cmのところで水銀は止まったという。その差24cmの空間をトリチェリは物質が何もない真空だとした
その後、ドイツのゲーリケが1670年、世界初の真空ポンプを発明する。彼は2つの金属製の半球を重ねて球体にし、内部の空気を真空ポンプで抜き取った上で馬に引っ張らせた。結果、16頭もの馬の力を駆使しなければ、球体は外れないことがわかった。以後、次第に真空ポンプは実用の分野に進出していき、18世紀ごろには鉱山の排水や各種産業機械に用いられるようになった。
ところで、真空にはどのような特性があるのだろうか。例えば、音をまったく通さなくなるのは大きな特色だ。通常、音は大気中の物質の振動によって伝わるが、物質の数が激減している真空中では無音になってしまう。同じような理由で熱や電気も通さなくなる。電気に関して言えば、真空は良質な絶縁体としても活用できる側面を持つ。また、大気中では酸素が吸収してしまう紫外線なども透過させる性質も持つ。

半導体は真空中で作られる

こうした真空の特性を利用した産物は、いたるところに見受けられる。例えば、魔法瓶は、壁面に真空の空間を設けることで断熱効果を生み出している。また、長期保存のために用いられる “真空パック”はもちろん、インスタント食品の製造には真空中での乾燥あるいは凍結乾燥技術が用いられている。
さらにはナノの世界を浮き彫りにする電子顕微鏡、荷電粒子を加速させる粒子加速器、次世代のエネルギーとして注目される核融合なども真空なしには成立しない。テクノロジーのあらゆる局面で、真空は必要不可欠な存在となっているのである。
なかでもその恩恵を強く受けているのは半導体業界だ。シリコンの板に薄い膜を成膜させたり、そこに細かい溝を刻んでいく工程では、不純物が一切混じってはいけない。おのずと真空が製造の場に選ばれ、チャンバーと呼ばれる作業空間をいかに素早く真空にできるかを、半導体メーカーは競うようになった。

半導体メーカーの命運にぎるターボ分子ポンプ

チャンバーには、ジェット機のタービンのような羽を持つ「ターボ分子ポンプ」と呼ばれる真空ポンプが複数装着され、空気を一気に抜いていく。
気圧の低い空間では、空気は風のように流れることはなく、分子が高速で飛びかうようになる。ターボ分子ポンプは、高速回転してその羽にぶつかってきた空気の分子を「たたき落とし」ていく。高速回転体の軸受け技術は、ベアリング式から磁気軸受式に移行され、よりクリーンな真空空間を作り出している。
島津製作所もターボ分子ポンプを製造している。島津が真空技術に取り組んだのは100年以上も前のことで、日本で初めてレントゲン装置を開発した際、X線を発生させるためのX線管などを作るのに真空技術を自前で持つに至った。そして近年、半導体市場が盛り上がりを見せるなかで、「ターボ分子ポンプ」市場に本格参入した。排気効率の高さに加え、徹底したオイルフリーを実現した島津のターボ分子ポンプは大きく評価され、現在、国内シェアトップ。世界でも島津製作所ブランドが25%程度を占める。
電球にはじまり、半導体や液晶まで、真空は多くのものを我々の暮らしにもたらしてきた。今後も思いも寄らない大発明が、真空から生まれてくるに違いない。

半導体メーカーの命運にぎるターボ分子ポンプ

(上)島津がターボ分子ポンプ市場に本格参入した1980年当時の空冷式ターボ分子ポンプ「TMP1500」と電源装置。
(左下)電源装置をポンプに一体化した最新型ターボ分子ポンプ「TMP-V2304」。ケーブル配線と制御ラックが不要となる。
(右下)ターボ分子ポンプの内部にある「一体型ロータ翼」。この翼が高速回転し、空気の分子をたたき落としていく。

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