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コーヒーの樹の下で

コーヒーの樹の下で

有限会社丸山珈琲 グリーンバイヤー/バリスタ 中原 見英

バリスタの頂点に立つ女性

カフェブームで注目されるバリスタ。その日本一を決める大会で笑顔と情熱を武器に優勝した女性バリスタがいる。

バリスタの頂点に立つ女性

(有)丸山珈琲の中原見英さんは、バリスタ日本一を決める大会「ジャパン・バリスタ・チャンピオンシップ(JBC)2009」で、見事1位に輝いた気鋭のバリスタだ。
バリスタとは、イタリア風のカフェ・バールで、コーヒーを入れる人のこと。カプチーノに温めたミルクで絵柄を描く「ラテアート」がよく知られているが、丸山珈琲の考えるバリスタは、ワインでいえばソムリエのような存在で、テクニックのみならず、コーヒー豆の産地や焙煎についての豊富な知識を持ち、接客も含めたトータルなサービスを演出するスペシャリストだ。

不完全燃焼だったバールでの体験

大学卒業後、幼稚園で英語を教えていた中原さんは、自分を高めるきっかけを求めてイタリアに語学留学した。イタリアでの9カ月は、当初の目的とは少し違った形で、中原さんの人生を大きく変えることとなった。語学学校に通いながら、コーヒーに関して学びたいと思って働いていたバールで、エスプレッソがイタリア人の生活に密着していることを知ったのだ。
「イタリアの人たちは、日に何度もバールを訪れて、エスプレッソを片手におしゃべりや食事を楽しみます。生活に密着した文化としてバールがあるんです。それに触れられたのは幸運だったのですが、『エスプレッソはイタリアの文化』と思っている彼らに、日本人の私は、なかなかエスプレッソを入れさせてもらうことができず、とても不完全燃焼だったんです」
帰国した後、中原さんは、2007年5月、地元・長野のコーヒー専門店・丸山珈琲の門をたたいた。丸山珈琲は、世界各地から良質なコーヒー豆を直接買い付けており、そのクオリティを十分発揮させるため、フィニッシュを担当するバリスタの育成にも力を入れていた。運よく面接にこぎつけ、中原さんの熱意が通じて採用。バリスタとしての第一歩を踏み出すことになった。

コーヒーの楽しさを伝えたい

コーヒーの楽しさを伝えたい

「すごい先輩バリスタに囲まれて、勉強、勉強の毎日でした」と当時を振り返るが、翌年1月にはその先輩たちとともにJBC予選にも出場した。
大会では、エスプレッソ、カプチーノ、シグネチャービバレッジ(創作エスプレッソドリンク)の3種類を、15分間で審査員の人数分用意する。味や技術はもちろんのこと、豆の特徴やこだわりなどを解説するプレゼンテーションもある。つまり、審査員を客に見立てた“もてなし”が重要なのだ。
予選前、中原さんは、大会出場のために過去の大会の模様を収めたDVDを見た。そのとき、中原さんは違和感を覚えたという。
そこに映っていたのは、豆の産地や特質、製法の手順などを理路整然と解説する大会参加者の姿。競技である以上、やむを得ない部分もあるだろうが、イタリアで目にした、にぎやかで楽しいバールの雰囲気とはほど遠いものだった。
「経験のない私が、知識を丸暗記して伝えても、審査員の方の心には響かないでしょう。それよりも、審査員の方に楽しんでいただき、興味を持っていただけるような話をしたい、そう考えたんです」
コーヒーの楽しさを伝えようと自然体で臨んだ競技。予選通過すらだれも予想していなかったなか、結果は4位入賞。審査員からは「プレゼンテーションがすばらしかった。笑顔に魅了された」と大きな評価が集まった。中原さんは、形式にとらわれがちだった競技会に、ひとつのイノベーションをもたらしたといえるだろう。
2回目の出場では準優勝。そして、2009年、満を持して3度目の大会に臨んだ。

生産者の情熱を携えて

生産者の情熱を携えて

大会前、中原さんはグアテマラの生産者のもとを訪れていた。丸山珈琲が買い付けているグアテマラの豆は非常に良質で、その豆を作っている産地がどんなところか、一度見てみたいとオーナーに頼み込んでの生産国訪問だった。彼女にとっては初めての経験だ。そこには、すばらしいコーヒーがあった。それを生産する気さくな人々がいた。だが、同時に中原さんは、彼らが複雑でやっかいな経済的、社会的な問題に直面している事実を知った。その姿を目の当たりにして、「心が折れそうになった」という。
「その時ふと現地の方が、『グアテマラの豆を大会で使ってもらえたら、こんなに嬉しいことはない』と言ってくださったんです。この瞬間、私のなかで大会の意義が変わった気がします」
「自分の力を試す場」から「自分から多くの人に情報を発信できる最高の機会」へ。勝ち上がることが、以前よりぐっと重みを持つことになった。
プレゼンテーションでは、グアテマラの生産者の方々のコーヒーにかける思いや、彼らが直面している複雑な問題、現状を話したが、最後までしっかり話きることができなかった。結果、なんとか6位で決勝に進めた、そういう状態だった。
このままでは優勝できない、そう感じていたとき、ひらめきが訪れた。
準決勝までは日本語でプレゼンテーションしていたが、外国人の審査員に本当に伝えたいことが伝わっていないと感じていた。そこで、決勝では英語でプレゼンテーションすることを決断したのだ。
「つたない英語でしたが、それでも通訳の方を介さずに自分の言葉で、私の気持ち、グアテマラのコーヒー、生産者の方々のすばらしさを伝えることができ、本当に満足のいく15分間になりました」
結果は前述のとおりの優勝。前へ進もうとする情熱、前例にこだわらないこと、自らの気持ちに素直であることがもたらした栄冠だ。
現在、中原さんは、バイヤー担当として世界のコーヒー生産地を飛び歩いている。
「世界中のコーヒー農家から、見英が来てくれて嬉しいと言われるようになりたいですね」
中原バリスタの旅は、まだ始まったばかりだ。

profile

有限会社丸山珈琲  グリーンバイヤー/バリスタ

中原 見英 (なかはら みえ)

長野県出身。山梨県の大学で教育学を学び、幼稚園で英会話教諭として活動。その後、イタリアに渡り、バールで就業を経験。帰国後、丸山珈琲に勤務。現在はバイヤーとして生豆の買い付けにも奔走している。