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「風の歌」

Special Edition “PARADIGM SHIFT”

「風の歌」

株式会社ゼファー 代表取締役会長 伊藤 瞭介

風車にはロマンがある

効率ばかりが優先される今の時代にあって、ロマンと感動を前面に押し出して勝負するものづくり企業がある。小型風力発電機メーカー・ゼファー。「だれもが手軽に発電できる風力発電機を」という夢に導かれ、画期的な技術を次々と開発。流麗なデザインとあいまって、多くのファンを獲得している。

風車にはロマンがある

木々をざわめかせ、草をなびかせる。目には見えない。どこからやってくるかも分からない。
だが、いや、だからこそ、風は、太古の人類にとって畏敬の対象となってきたのだろう。大地を吹き抜け、耳をかすめる風の音に、まだ見ぬ場所や大いなる力の存在を感じていたに違いない。
「ロマンがあるんですよ、風車には」
と、株式会社ゼファーの伊藤瞭介会長は目を細める。
ゼファーは、小型の風力発電機を開発・製造する企業。1997年、オーディオメーカーの社長も務めた伊藤会長が、主旨に賛同する友人らとともに設立したベンチャー企業だ。現在、小型風力発電施設では日本トップシェアを誇っている。
風力発電は、太陽光発電とともに、有力な再生可能エネルギーとして世界的に注目されている。だが、大型の風力発電機は騒音や環境破壊などの問題と隣り合わせで、日本では普及が進んでいない。一方、小型の風力発電機は、一般家庭やビルの屋上に据え付けられ、環境への負荷は製造に要するエネルギーのみ。「クリーンで尽きることのないエネ ルギー“風力”を利用し、世界中の人が容易に発電できる環境を創造すること」を夢とするゼファーの風力発電機には、内外から熱い視線が注がれている。

フクロウは音もなく忍び寄る

同社の風力発電機には、市街地で使われることを想定し、世界初の技術が数々組み込まれている。直径1・8メートルの風車を含む本体は、重さわずか17・5キログラム。カーボンファイバー製のブレード一枚の重さは約380グラム。テニスのラケット並みだ。この軽さは、設置場所の自由度を飛躍的に増やしただけでなく、魚の尾ひれにヒントを得たテールとの組み合わせにより、風向きの変化に瞬時に対応できる。市街地は、ビル風などの影響で風向が変わりやすいが、即時に追従できることで、発電効率を大きく高めている。
住宅地への設置を想定したとき、騒音問題の解消は不可避だが、ここでも画期的な技術が活かされている。ブレードの表面に刻まれた無数の細かな溝。フクロウの羽にヒントを得たものだ。フクロウは音もなく獲物に近づく。様々な資料を読みあさる中からこのことを知った社員のアイデアを取り入れて、試作品を作ったところ、ほとんど音がしなくなったという。
「実験が成功した瞬間、社員みなで分かち合った感動は、忘れられませんね」(伊藤会長)

ものづくりとは情熱と感動を伝えること

ものづくりについて、伊藤会長には譲れない持論がある。
「ものづくりというのは、ただ形を作るだけのものじゃない。それを作るときに注いだ情熱、できあがったときの感動を他の人に伝えることが大切なんです。これはマーケティングの原点でもあります。作り手自身が感動を覚えていないものが、お客様の心を動かすことはない。いい製品には“オーラ”があるものなんですよ」(伊藤会長)
戦後間もない頃、伊藤少年は、風力計を作ったことがある。野球のボールに紙を貼り付けて張り子の風杯を作り、それを竹ひごで組み合わせた。それが風を受けて回ったとき、見守る友人たちの間に歓声の輪が広がった。
「あれが、ものづくりで感動を与えられるということを知った原点ですね」(伊藤会長)
それから数十年を経て、伊藤会長が風力発電機の開発に乗り出したとき、まず行ったのは、どういう風車がいいかという「シナリオ」を作ることだったという。軽いこと、微風でも強風でも回り続けることなど、それまでの風力発電機の常識を覆すような項目が並んだ。
「これがものすごく重要だった。このシナリオに感動して、優れた技術者や研究者が集まってきてくれたんです」(伊藤会長)

感動の再生産

「感動の連鎖」と伊藤会長は呼ぶ。開発に携わる技術者や研究者が真剣に議論を交わし、アイデアが生まれたときの感動を形にして、さらに新たな感動が生まれる。そしてそれを消費者に伝えたとき、消費者のなかにまた感動が生まれ、購入につながる。
「人間は縁がないと生きて行けない生き物です。ゼファーの風力発電機もさまざまな縁があったからこそ作ることができた。そして購入いただいたお客様との間に新たな縁が生まれています。その縁をつないでいるのは、損得でもなく、規律でもない。感動でつながれているんです」(伊藤会長)
流線形のボディと自由に動く尾翼。まるで自然界の一部のような流麗な機能美を持つゼファーの風力発電機は、見る者に楽しさや安らぎを感じさせないではいられない。これまで同社の風力発電機は2000台以上が出荷された。世界2000ヵ所以上の屋上、屋根、庭で、きっと新たな感動の連鎖が紡ぎだされているに違いない。

profile

ゼファー株式会社 代表取締役会長

伊藤 瞭介 (いとう りょうすけ)

1938年東京生まれ。
61年、成城大学経済学部を卒業し、オーディオメーカー山水電気に入社。おもに開発畑を歩み、「アンプのサンスイ」の名を定着させる数々の画期的な開発に携わる。86年、社長に就任、90年辞任、退社する。91年、コンサルティング会社・伊藤総研を設立。コンサルタントとしてある調査依頼を受けたのを機に小型風力発電機の存在を知る。97年、ゼファー株式会社を設立。2010年より現職。