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(注)所属・役職および研究・開発、装置などは取材当時のものです。

温故知新

物質の真の姿を浮き彫りに
20世紀の産業を変えたクロマトグラフ

世界の産業の急速な発展には“見えないものを見る”ことができるクロマトグラフの存在があった。
その起こりは一人の植物学者の飽くなき探究心だった。
クロマトグラフがどのように生まれ、また市場がどのように形成されていったのか。歴史を探ってみる。

物質の正体を分離して分析する

クロマトグラフィーは、物質を「分離」することで、物質の姿を浮き彫りにする技術の一つだ。
その原理を説明するのに、よく用いられているのは“黒インク"のたとえだ。水を染み込ませたろ紙に黒インクを垂らす。すると、インクがろ紙に広がり、次第に黒い色がいくつもの色に分かれて、何重もの輪を成していく。黒インクに溶け込む含有物は、粒子の大きさや水への溶け方が違うがゆえに、ろ紙の繊維上での移動距離が異なる。その違いが、色の異なる何重もの輪として現れるのだ。
こうして、物質の成分を分離することによって、物質が一体、何でできているのかが具体的に判別できるようになるのではないか―これがクロマトグラフィーの基本的な考え方である。
最初にこの考え方を提唱したのは、ロシアの植物学者ツウェットだ。彼はクロロフィルの研究に没頭していたのだが、当時、学会ではクロロフィルは“一つ"の成分で成り立っているとの考え方が常識だった。しかし、何度も研究する中で彼は、クロロフィルは多様な化合物の集合体だということを経験的に予測していた。
ツウェットが何度学会で主張しても、絵空事だと相手にされることはなかったが、丹念に研究を繰り返し、あるやり方にたどり着くことで、クロロフィルが多様な成分によって構成されていることを証明してみせる。そこで用いた分析方法がクロマトグラフィーの原型である。
ツウェットの功績は当初、なかなか認められなかったという。しかし、各国の研究者が彼の研究に着目。40年代ごろから各地でプロトタイプながらいくつかの技術が作られていき、最終的には1952年にノーベル化学賞を受賞したイギリスのマーティンとシンジにより、技術が本格的に世に知られることとなった。

国産第一号は島津から

クロマトグラフは、物質がどのような成分で構成されているかをくっきりと描き出してくれるのである。
それまでの技術では、どうしてもたどり着けなかった物質の本質に、クロマトグラフはいとも簡単に近づいてしまうのだ。50年代を境にクロマトグラフが続々と世に登場すると、産業界の加速度的な発展に貢献していくことになり、化学はもとより、機械や医療、バイオテクノロジーなど、まさにありとあらゆる分野で技術革新が進んでいった。
ガスクロマトグラフは分析したい物質を熱して気化させた後、カラムという管を通して各成分に分離して検出する。その活躍が大きく期待されたのは石油化学分野である。灯油、重油、ガソリン、ナフサなどを大もとである原油から“分離”して用いることで石油化学は成り立っているだけに、ガスクロマトグラフは大いに期待された。
島津も、早い段階でクロマトグラフに注目した。1956年には国産ガスクロマトグラフの開発をスタートさせている。高度経済成長の足音が聞こえ始めた1950年代、島津の研究開発者、そして石油化学業界の有志らは、国産ガスクロマトグラフにこそ、日本の未来がかかっていると探求を重ねた。1957年4月には島津が国産初のガスクロマトグラフを完成させ、最初に出展された日本化学学会で大反響を呼んだ。国産ガスクロマトグラフの登場は、予想されていた通り、わが国の石油産業の飛躍的なレベルアップを後押しすることになった。

産業をリードするクロマトグラフ

70年代、クロマトグラフは新しいステップに入った。液体クロマトグラフの誕生である。
ガスクロマトグラフは測定する試料を気体にする必要があるのに対し、液体クロマトグラフは液体のままでの分離が可能である。熱に弱い物質などの分離・分析も可能となり、クロマトグラフの幅はぐっと広がる。
だが、液体を効率的に分析するには、様々な課題を解決する必要があった。島津も1972年に初代の液体クロマトグラフを発表するまでには、実に7~8年もの試行錯誤の期間を要した。
液体クロマトグラフの登場で、産業構造は一段の飛躍を見せた。医薬品や食品産業などでこれまでは難しかった分離分析が可能となり、より効果的な製品開発が加速することとなった。
近年、ガス・液体両方のクロマトグラフの役割はさらに広がりつつある。様々な分野の研究開発や品質管理には必須のツールであり、半導体から化粧品まで、あらゆる産業が、クロマトグラフ抜きでは語れない。
特に注目されているのは環境測定や産業への活用だ。環境問題が深刻化する中、土壌汚染や水質汚染の分析にクロマトグラフは欠かせないツールとなっている。また、食品業界において、より、食品の安全性を確保しようとする動きが活発化している中で、ここでもクロマトグラフは大いに活躍の場がある。
より優れた製品開発を支援するため、これからのクロマトグラフには、従来にも増して、高い精度での分離分析が求められるだろう。世界中の研究開発者が求める“本質を見極めたい”という要望は、今も昔も変わらない。産業の変化に伴い、進化したクロマトグラフ。クロマトグラフの進化には、研究開発者の夢そして私たちの未来が託されているのかもしれない。

国産初のガスクロマトグラフGC-1A

最新のガスクロマトグラフ

最新の液体クロマトグラフ

国産初のガスクロマトグラフ完成から50年以上過ぎた現在でも、ガスクロマトグラフ、液体クロマトグラフは日々進化し続けている。

(注)所属・役職および研究・開発、装置などは取材当時のものです。