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(注)所属・役職および研究・開発、装置などは取材当時のものです。

いのちを守る、いのちに迫る 国立がんセンター

がんを防ぐために

国立がんセンターがん予防・検診研究センター センター長 森山 紀之

世界でも有数のがん専門の医療機関、国立がんセンター。
そこには多くの英知が集い、がん克服に向けた地道な闘いが続けられている。

がん克服に向けた国の中核機関

3人に1人が、がんで亡くなる日本。がんの予防と治療は健康対策のなかでも特に重要な課題だ。
「男性の2人に1人、女性なら3人に1人が、生涯で一度はがんを発症します。この数字はなかなか減らせないでしょう。でも、より有効な診断法や治療法が見つかれば、がんで亡くなる方を減らすことはできるはずです」と語るのは国立がんセンターがん予防・検診研究センターの森山紀之センター長だ。
国立がんセンターは、わが国のがん対策の中核機関である。総計1025床のベッドを備えてがん患者の治療にあたるとともに、新しい治療法や検診・診断法、がん患者の心のケア方策などを研究し、政策提言も行っている。世界でも指折りのがん専門医療機関だ。
森山センター長が率いるがん予防・検診研究センターは、早期にがんを発見するための新たな検診法の研究と、その検診結果やライフスタイルなどの情報を利用してがんの要因を究明する予防の研究を進めている。
同センターで力を入れることの一つが、肺がんの検査法の開発だ。肺がんは、見つけにくいがんの一つとして知られる。通常、肺がんの早期発見を目的にした肺がん検診は、X線検査で行なわれる。だが、単に正面から撮影する単純X線撮影では、気管や肋骨がじゃまになる。しかも初期段階ではがん細胞は薄い肺胞の上に広がるように成長し、霧がかかったように見えることも多い。どこにがんがあるのかを読み解くには、高い読影能力が求められるのだ。
それゆえに、検診医が単純X線写真を見て、がんだと判断できるころには、すでにがんが進行しているといったケースもある。そのため、肺がんは5年生存率が20%と、予後の悪いがんと考えられてきた。

CTスキャンが抱える課題

この現状を大きく変えたのが、70年代に登場したCTスキャンだ。体を輪切りにしたスライス画像を重ね合わせて再構成するため、重なりのない画像が得られ、初期肺がん特有のすりガラス状陰影も見つけやすい。国立がんセンターでは東京都予防医学協会と共同で93年、世界で初めてCTスキャンによる肺がん検診を実施した。
「90年代の初期まで、CTはもっぱら頭部や腹部の撮影に使われ、胸部にかけることはほとんどなかったんです。ところが私が肺炎になったとき、単純X線撮影では見つけられなかった炎症をCTスキャンしてみたら、すぐ見つけることができたんです。これは肺がん検診に使えるに違いない」そう考えて森山センター長は、先頭に立って啓蒙に努めてきた。
事実、CTスキャンはごく初期の肺がんも見つけることができたため、CTで検診を受けた人たちの5年生存率は84%にまで向上している。
だが、CTにも問題はある。第一は被ばく量の問題だ。ぐるっと体を周回するようにX線を放射し、患部周辺を前後させるCTスキャンの被ばく量は、単純X線撮影に比べるとはるかに多い。病変の拾い出しや、経過観察などすべてにCTスキャンを用いている施設もあるが、被ばく量が懸念されている。
また、装置が高価であることも課題の一つだ。小規模な施設ではなかなか導入しにくく、国立がんセンターですら、CT検査は6ヵ月待ちという状態が続いているという。

中央病院(東京都中央区築地)

東病院(千葉県柏市)

国立がんセンター

1962年、わが国全体のがん対策を行う中核機関として東京・築地に設立。がんの実態把握、原因究明から、検診法の研究、診断法や治療法の研究開発や普及、さらに人材育成や情報提供、政策への提言なども行う。研究所と臨床が一体となり、全方位的にがん対策を推進している。

http://www.ncc.go.jp/jp/

X線透視診断装置でCTに匹敵する解像度

そこで注目を浴びているのが、「トモシンセシス」という技術だ。トモシンセシスは一般のX線透視診断装置を使って、断層撮影を行う技術。CTは、輪切りの断面を重ねて画像を再構成するのに対し、トモシンセシスは斜めの画像を複数撮影して、再構成する。再構成後の画像は、CTスキャンに匹敵する解像度を持ち、それでいて被ばく線量は10分の1以下で、患者さんへの負担は少ない。骨を識別して画像から取り去ったり、血管に色をつけて強調したりするのもお手の物だ。
「トモシンセシス画像は、単純X線撮影ではまず見つけることのできない5ミリ程度のすりガラス状陰影も見つけることができます。この程度の大きさなら急激に大きくなることもなく、経過を観察しながら、という判断もできますし、切除するにしてもごく小さな病変ですから患者さんへの負担も最小限に抑えられます」

国立がんセンター東病院で稼働している「SONIALVISION safire II(ソニアルビジョン サファイア)」

臨床には十分な能力がん検診に変革も

しかも、トモシンセシスはX線透視診断装置にアプリケーションを追加するだけで可能になる。がんを識別する能力ではCTには一歩劣るものの、「通常の肺の画像とは異なる」状態を識別するには十分で、初期段階で異常をスクリーニングするには最適と考えられている。
「たとえば、整形外科の医院などで普段は骨折した部位の撮影に使っている装置を、トモシンセシスのアプリケーションを加えるだけで、がん検診の装置として活用することができます。『異常が疑われるかどうか』レベルは町の診療所で検診して、疑いがあれば専門施設で詳しく検査という体制が構築できるかもしれません」と森山センター長は期待を高めている。
現在、国立がんセンターの東病院(千葉県柏市)には、このトモシンセシス機能を備えた島津の「SONIALVISION safire II」が稼働しており、臨床応用へ向けた検証作業や、使いやすさ、検診機能の向上などを目的とした研究が進められている。X線の信号をダイレクトに電気信号に変える直接変換方式FPD「safire」は、間接変換方式に比べ感度が高く、トモシンセシス技術には最適とされている。近い将来、この組み合わせが、がん検診に大きな変革をもたらすことになるかもしれない。
「どんなに優れた検診方法が開発できても、受けてもらえなければ意味がありません。進行がんで来院する患者さんのほとんどは、これまで健康でがん検診など考えたこともなかったという人が多いので、そんな悲劇を生まないよう、ぜひがん検診を受けていただきたい」と森山センター長は警鐘を鳴らす。

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国立がんセンターがん予防・検診研究センター

森山 紀之(もりやま のりゆき )センター長

1973年千葉大学医学部卒業。87年Mayo Clinic 客員医師。92年国立がんセンター東病院放射線部部長。98年同中央病院放射線診断部部長を経て、2004年から現職。

(注)所属・役職および研究・開発、装置などは取材当時のものです。