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(注)所属・役職および研究・開発、装置などは取材当時のものです。

未来の発電とエネルギーのカタチ

本日も、新エネルギー日和

早稲田大学 理工学術院教授 副学術院長 総合研究所所長 逢坂 哲彌

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持続可能な社会の構築に向けて、自然エネルギーなど、化石燃料に依存しない次世代エネルギーの実用化に向けた研究開発が盛んになっている。
その現状とカギを握る研究を紹介する。

化石燃料依存からの脱却

風車が勢いよく風を切り、日の光を受けて太陽電池が目を覚ます。自動車は排気ガスを出すことなく静かに大地を駆け、廃棄物が熱と電気に生まれ変わり町をやさしく包む――。
クリーンで効率的な未来のエネルギーの創出に向けた取り組みが始まっている。風力発電や太陽電池、燃料電池、バイオマス発電に廃棄物利用エネルギーなど。政府もこれら「次世代エネルギー」の導入を進める企業、団体や研究者に対する支援に乗り出し、国をあげてエネルギーの未来を切り開く流れが生まれつつある。
有史以来、人類は「手近なものを燃やす」ことで、エネルギーを手に入れてきた。化石燃料を使うことを覚えてからは、エネルギーの使用量は飛躍的に増え、電気や自動車などの発明とあいまって快適で便利な暮らしを支えてきた。
だが、その代償は大きく、温暖化ガスという“熱い”雲が地表を覆い始めている。100年後の気温は1.4~5.8度上昇し、海岸線の上昇によりいくつかの国は消滅(IPCC調べ)。生態系への深刻な影響も懸念されている。加えて、その化石燃料も石油は約40年、天然ガスは約65年で枯渇すると言われている。
化石燃料に依存せず、人類の持続可能な社会を支えるため、次世代エネルギーの実用化は急務だ。

電気の地産地消でロスをなくす

すでに日本の太陽電池や風力発電は実用化段階に入っている。特に太陽電池の発電量142.2万kW(2005年)は、ドイツに次ぐ世界第2位。2010年には482万kW、2020年には2870万kWと20倍を超す発電量の達成を目標にしている。
これら自然エネルギーから生まれる電気が、発電量全体に占める割合は、将来予測においても決して高くはないが、CO2排出量は確実に減少し、地球温暖化を食い止める一助になるだろう。
また、次世代エネルギーの多くが、分散型であることも優れた点だ。火力発電所や原子力発電所は、一ヵ所で莫大な電気を製造し、送電線で各家庭に電気を供給するが、送電中に5.3%が失われている。東京都で1年間に使われる電気の実に6割に達する量だ。しかし太陽光や風力発電、燃料電池などは、発電量こそ小さいものの、大規模な施設を必要としないため、消費地に近い場所に設備を建設することができる。いわば電気の地産地消だ。家庭用の太陽電池や燃料電池の普及が加速すれば、ロスの極めて少ない発電が実現できる。

天気まかせにできない電力供給

だが、問題がないわけではない。
最大の問題は、発電量が一定せず、安定供給するのに不向きなことだ。通常の発電所では、電気が使われないときも、タービンは回り続けている。そのため需要が高まったときには、すぐ電気を発生することができる。だが、風車は風がなければ回らず、太陽電池は夜になれば眠りに落ちる。自然エネルギーを活用した発電の多くが、断続的生産であることを宿命づけられている。
電力が足りないからといって電車の運行を制限するわけにもいかないし、電気の供給なしで動くIT機器もない。安定した供給は、何よりも優先すべき課題なのだ。

水より軽い金属の不思議な力

「安定した電力供給のために欠かせないのが二次電池です」
と言うのは、早稲田大学理工学術院総合研究所所長の逢坂哲彌教授。逢坂教授は、電気化学および科学分野で世界的に有名な研究者だ。
二次電池とは、電気を発生するだけの一次電池に対して、電気を蓄積することが可能な電池を指す。いわゆる充電池だ。余剰に作られた電気を一時的に蓄積し、足りなくなったときに放出。地域をネットワーク化して、一時的に電力需要が高まった施設に蓄電池から電気を振り分けることも可能だ。太陽電池や風車で電気を生産する小規模事業者にとっても、安定供給の責任を負う電力会社にとってもメリットになる。 そこで注目を集めているのは、逢坂教授の研究分野のひとつであるリチウムイオン二次電池。携帯電話やノートパソコンなどでおなじみの充電池だ。リチウムは水よりも軽い金属で、しかも還元力が非常に強く、電池の負極として非常に適しており、電池の電圧を高くすることを可能にする。また、軽い金属であるために、重量あたりのエネルギー密度(どれくらい電気をためられるかを示す指標)が大きく、1991年の登場以来、急速に普及。現在では、電池市場全体の生産額の46%を占めるまでになっている(2008年経済産業省機械統計)。
登場からおよそ20年でエネルギー密度は2倍に向上。NEDO((独)新エネルギー・産業技術総合開発機構)では、今後30年でこれをさらに5倍に向上させることを目標として掲げている。逢坂教授の研究室でも、電極の素材や形状、表面加工の方法など、多様な可能性を視野にさらに繊細な工夫を続けている。

半導体と並ぶキーデバイスへ

リチウムイオン二次電池の性能アップの恩恵をもっとも受けるのは、発電よりもむしろ電気自動車だろう。充電池が積めるスペースが限られ、重さは走行性能、燃費に直結するだけに、できるだけ小さくて軽いことが望まれる。
「今の電気自動車の走行距離は、約100km。これが500kmになれば、ガソリン車に十分対抗できます。現在、電池の国内市場は、約8000億円と半導体市場の30分の1程度。しかしこれらが実現できれば10年で、半導体と肩を並べるキーデバイスになりえます」
ボルト(電圧)の語源ともなったイタリアのボルタが1800年に電池を発明して以来、仕組みはそれほど変わっていないと逢坂教授はいう。
「基本原理は非常に単純です。でも技術革新のために、電気、化学、材料工学、物理など、さまざまな分野の知恵を戦略的にくみ上げていかなくてはならない総合科学なんです。研究開発をスムーズにするためにも、島津には、より使いやすく、より高度な機能を持つ分析装置の開発に挑戦しつづけてほしいと期待しています」
古くて新しい電池の技術が、地球を救う切り札となる。

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早稲田大学 理工学術院教授 副学術院長
早稲田大学 理工学術院総合研究所所長

逢坂 哲彌(おおさか てつや)

1974年早稲田大学院理工学研究科博士課程修了。米国留学を経て79年早稲田大学専任講師となり、81年助教授、86年教授に。日本磁気学会、電気化学会、国際電気化学会、エレクトロニクス実装学会など複数の学会長を歴任。めっき技術など電気化学をベースにした新しい材料開発に関する研究を行い、電気化学ナノテクノロジーという新しい研究分野を開拓。数々の革新的成果を上げ、平成20年度文部科学大臣表彰科学技術賞など、国内外の著名な学会賞やFellowの称号を複数受ける。世界の全科学分野における論文引用頻度の最も高い研究者の一人。

(注)所属・役職および研究・開発、装置などは取材当時のものです。